「経済的に潤ってきたからひとが増えた」わけではありません。むしろ、その逆(笑)。
これまでは「少しでも早く、運営費だけはまかなえるように...」ということでがんばってきたのですが、その「少しでも早く」という部分を放棄し、「なるべく近い将来に(なんとか2、3年後には...)」という目標に変更しました。
ただし、このサイトは「個人ブログ」ではありません。あくまで「メディア」として、今まで以上にvolunteeredな姿勢を強めつつ、名実共に(って、別に、認可を申請するつもりはさらさらないですが!)NPO(Non Profit Organization)として活動できるよう、もう少し余裕を持って(?)がんばっていきたいと思います!
新しい編集部員となるのは、まだ大学を卒業したばかり(23歳になったばかり)の近藤真弥、ついこのあいだ30歳になった吉川裕里子(雑誌時代のクッキーシーンで、2年ほどパートタイム編集者として活動してもらったこともあります)、そして輝かしきアラフォー世代の犬飼一郎。これに、ほぼアラフィフ伊藤を加えて、4人。世代的にもいい塩梅のスペクトラムを構成しているかと(笑)。
小熊くん(彼も、まだ20代前半です)、約1年間、本当におつかれさまでした! コントリビューターとして、これからもよろしくです!
近藤くん、吉川さん、犬飼さん、これからいろいろご迷惑をおかけすることもあるかとは思いますが(だいたい、なにより、いろいろ更新が遅れるのは、伊藤の多忙のせい...。ただし、そこにおける精神的苦労の少なくない部分が、サイト主宰者として「いろいろ考えなきゃいけない」ということだったり...)、よろしくです!
そして、なにより読者のみなさん、これからもクッキーシーンを、よろしくお願いします!
P.S. なお、クッキーシーンは「決してエスタブリッシュメントには、ならない」というパンク/ポスト・パンクの姿勢をいまだに継承しているため、わざと「体制」ではなく「態勢」という表現を使ってみました。♪This is a song from under the floorboards...(by マガジン)...みたいな(笑)。














ボサ・ノヴァが緩やかにアメリカのミドルクラス・サイドのラウンジ・ミュージックへと回収され始めた1960年代初頭、本来持っていたブラジル発信の「ボサ・ノヴァ」の持つ先鋭性や反骨の要素因子は如何せん対象化されていたところがあったのは否めない。元来、ボサ・ノヴァはリオの海岸地方に住んでいたジョビンなどを筆頭に台頭した「うたごころ」も備えたものであり、同時期に行き交ったジャズ・サンバは、マンフレッド・フェスト辺りのジャズ側からのアプローチに伴うブラジルのリズム感覚に沿ったモダン・ジャズと言えた。としたならば、いまだに名盤扱いされている63年にレコーディングされた『Getz/Gilberto』という作品は、どのような場所での座標軸を定めるべきなのか、曖昧にされている領域があり、曖昧にされることでマスターピースに成り得ているともいえる。ボサ・ノヴァの歴史のコアを担う錚々たる面々、ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビン、ミルトン・バナナなどに混ざって、白人の当時は少し人気が凋落気味だったスタン・ゲッツがテナー・サックスを持ち込むというボサ・ノヴァとジャズの関係性の複雑さをポップネスに漂白した形で落とし込んだアルバム。世界的にはブレイクし、尚且つ、それまでボサ・ノヴァやジャズ・サンバに疎い多くのリスナーも「巻き込んだ」と言えば、響きはいいものの、この作品によって、ボサ・ノヴァの商業化に拍車化を掛け、必ずしもクールやアンクールでは語られない音楽形式(ボサ・ノヴァは形式ではなく、アティチュードだった)であるはずなのに、70年代に入り、緩やかなアンクールの称号がアメリカを中心にして消費されてしまったのは周知の歴史かもしれない。
『Butter』ではサイボトロンやアウトキャストなど、実に様々な影響を感じさせる音を鳴らして見せたハドソン・モホーク。そんな彼が届けてくれた最新EP「Satin Panthers」には、今まで以上に強烈なパワーが宿っている。
『Haruta EP』は、ダブステップがダブステップを自ら取り込み、進化していることを証明するコンピだ。