中国のエレクトロニック・ミュージック・シーンのうねり~ME:MO『Peking Scene』を中心に

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 思えば、昨年、くるりの上海公演に行ったとき、何より盛り上がったのが「ワンダーフォーゲル」だった。僕は周囲に居たアート・スクールの学生に「この曲の意味とか分かる?」って聞いたら、「ダフト・パンクみたいで良い。」とよく分からない回答をされたが、どうも中国のポピュラー・ミュージックの歴史を考えてみると、大局観ではアヘン戦争後の1842年以降の中国の状況というものが今でも尾を引いているものがあると思う。終戦後の条約で清は多額の賠償金及び香港の割譲、上海、広東、福州、廈門、寧波の開港が認められることで、一気に欧州の文化侵入が許されることになり、イギリスと清国との不平等なバランスに目を付けたアメリカやフランスの条約締結なども合わさり、半コロニアル化されてしまったような事態の中、特に上海はその「入り口」になったせいか、1920年代半ばからアメリカを初めとして、ヨーロッパのバンドが寄生することになってゆく。30年代に入れば、中国の伝統文化である京劇と西洋のオペラがエクレクティックに合わさった音楽の舞台が用意されるなど、ハイブリッドな音楽が育成されてゆく中で、日本でも御馴染みのテレサ・テンが「戦後」と「天安門事件前」の80年代の中華圏において多く受け入れられたのは、文化の多様性内における自民族文化への誇りを取り戻した、という訳でもなく、世界が高度経済成長をしながらも、まだ「イズム」としてソーシャリズムの網の中でより自由なものへ、民主化へと傾いでいた民衆のマインドへ向けて、例えば、テレサの繊細ながらも、一人ずつの聴取者に歌いかけるような「うた」が大きかったという文脈は敷ける。その「うた」は、いまだバイアスがかかったままで、中華圏内の音楽というと、ピンとこない人も多いのも実状だが、先ごろのボブ・ディランの北京公演然り(あれも相当な縛りの中で行われたが)、規制下でも少しずつ「自由」が育まれていっている。

 その中でも、今回は特に北京、上海という大都市をメインにしながらも、アート・スクール出のアーティストたちが主体となり、各地で盛り上がりを見せているIDM、エレクトロニック・ミュージックの一端を紹介したいと思う。彼らの感性内にはイージーリスニングもワープ・レコーズもゲーム電子音も混在していて、そこに自文化の色が含まれてくるゆえに、面白い音になっていることが多い。

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 まずは、中国のエレクトロニック・ミュージックのレーベルといえば、02年の設立から今に掛けて、世界的に注目を浴びている〈山水(SHANG SHUI)〉だろう。オーナーの孫大威ことSULUMIは吸管楽隊というベーシックなパンク・バンドでギターを担当し、ニルヴァーナ直系のグランジ的な音に二胡などの音楽を取り入れたオルタナティヴ・バンド優質大豆楽隊でベースを担当するなど、ロックの畑から豐江舟の影響を受け、ミニマル・テクノ、チルアウト、デジタル・ハードコアといった引き裂かれた音楽要素を折衷させる活動に入り(例えば、彼に影響を与えただろうクラフトワークの名もMySpaceのフレンドに見受けられる)、イベントのオーガナイズをしてきたが、彼の特徴は端整なIDMからファミコンのようなチープなサウンド・メイキング、柔らかなアンビエントまでスキゾに渡り歩き、日本にも何度も来日しており、人気が高い。そのレーベルからKID606やUSKの作品が出ていることから、ポテンシャルははかりしれることと思う。

 次に、気鋭としてはEVADEも外せない。中国マカオをベースに活動し、Sonia Lao Ka Ian (ボーカル)、Brandon Lam (ギター)、Faye Choi (プログラミング)の3人からなるエレクトロニカ・ユニット。エレクトロニカ、シューゲイザー、IDM、フォーキーな要素、そして中国の伝統音楽の因子を要所に取り入れた繊細でウォームな質感のトラックと、中国語/英語で歌われるSoniaのささやきのように儚げな歌声が絶妙に解け合う美しくて優しいサウンドのドリーミーな温度は心地良い。

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 そして、現在、今後より目立った存在になっていくだろうアーティストとしては、北京を拠点に活動する翟瑞欣(ザイ・リュウシン)の単独プロジェクトME:MO(ミモ)を挙げたい。昨年に出た、最新作にして3作目になる『Peking Scene』で表そうとするものは彼が生まれ育った北京の失われた情景をテーマにしたノスタルジックな回想録は多くの人に受け入れられたのも記憶に新しい。鳥の囀り、バイクの音、子供たちの嬌声などに少しジェントル過ぎるともいえるエレクトロニクスと、揺れるように鳴るアコースティック・ギター、暖かなシンセ、口笛まで全体を通して柔らかい音風景はまるで、コリーンの『Golden Morning Breaks』やムームの初期作群を彷彿とさせる上品なエレクトロニカ作品になっていた。思えば、グーテフォルクの『Tiny People Singing Over The Rainbow』からトランズ・アム『Sex Change』、シー・アンド・ケイク『Everybody』までを好んで聴いていたと2007年の『原景/Acoustic View』のアルバム・インタビュー時に言っていたが、そのサウンド・センス通り、相変わらず優等生ではみ出さない音の紡ぎ方は、キエラン・ヘブデンのワークを思わせるところもある。しかし、翟の場合は彼ほどフットワークが軽い訳ではなく、音の置き方から構成、果ては活動スタイルまでその音は中国のエレクトロニカ・シーンの中でもどちらかというと地味な存在でもある。

 今回の作品はマレーシアの〈Mu-Nest〉と東京の〈Plop〉/〈Nature Bliss〉の共同でリリースされているが、例えば、〈SHAN SUI〉メイトでもあったDEAD JやSULUMI辺りのエクスペリメンタル性もB6のようなセンスの秀でたコンポーザー体質も彼にはない。あるのは、朴訥とした職人気質であり、今回の作品ではそれが吉と出ていると言えるだろう。「幻像としての北京」は僕にはここには見ることは出来ないが、それは別としても、7曲目のとろけるようなアンビエント曲「I Also Yearn」から8曲目「Dream Side」の流れは白眉といえる。ここには、初期のボーズ・オブ・カナダに色濃くあった白昼夢のような淡い音像さえも彷彿とさせる。これは遅れてきたモダニスト、80後(バーリンホウ)の世代(翟は1980年生まれだ)としてのフレキシブルな感性を活かし、既存の価値観に沿いながら、非・アジア圏を目指したグローバルな音楽だ。既に、ヨーロッパ盤のリリースも決まっている。

 ME:MOを始めとして、「80後」の子たちは、改革開放政策後の安定した成長経済のもと育ち、一人っ子政策が本格化したあとの世代であり、自己を取り巻く規律が明らかに以前の世代と比して違う。そして、ネットやコンピューターにも非常に強いというのもあるが、個人主義的でヴァルネラビリティも過度に持ち合わせていたりする。そういった要素まで含めて、巨大な国、中国が一気に近代化(現代化ではなく)を進めたときに掛かった負荷で生まれたクレパスからこのような繊細な音が零れ出てくるというのは興味深い。勿論、中国は広く、地域によっての色も違いすぎるがゆえに、「これ」という括りは出来ないが、各地から生まれてくるエレクトロニック・ミュージックの動向は追いかけていきたいと思っている。

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