昨年の『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』というアルバム「以降」の彼らは相当、峻厳でシビアなフェイズに入ってしまったことを示してしまう結果になったのは、その後のライヴ・ツアーやそのアルバム内容の受容のされ方をして慮ることが出来る部分があったかもしれない。くるりというバンドが"さよなら"を言うのが"ストレンジャー"ではなく、"見知った人(つまり、近しいファンとも換言できる余地はある)"だったところに「捩れ」があり、骨身だけになったバンド・サウンド、B面集のベストでオリコンの一位を取った形態、昨年の京都音楽博覧会での旧メンバーとのセッションを含めて、07年の『ワルツを踊れ』までギリギリまで保たれていた様々な「音楽とのロマネスク」、ロラン・バルト的に言うならば、「自分自身が定義されることを好まないこと」が解体され、09年の『魂のゆくえ』からはくるりとしての切断面から音符が漏れるようになった途端、喪ってしまった要素は確実にあったと思う。
それは、「ばらの花」をいまだ求める古参のファンの慕情なのかもしれないし、「ワールズエンド・スーパーノヴァ」の終わりなき青い時間への希求なのかもしれなかった。それでも、彼らは今でも武道館という大きなステージで『図鑑』というジム・オルークという組んだエクスペリメンタルなアルバムから「青い空」を早弾きで、観客を突き放すように「そんなことは言いたくないのさ」と駆け抜けた。「温泉の中での気持ちの良さのまま、魔法の絨毯に乗って、シャツを洗って、麦茶を飲みながら」、日常に着陸したはずの彼らの続きは異質/忘我の縁のどちらを往くか、しか残っていなかったような気さえするのに、それでも―。そのストラグルする姿勢には複雑な感情が喚起された。
何故ならば、例えば、「さよならアメリカ」の後景には、はっぴぃえんど(HAPPY END)があった訳で、現今、同世代のスーパーカーがリ・モデルされ、中村一義が「愛すべき天使たち」へ向けて歌を紡ぎ、向井秀徳が「ふるさと」を朗々と歌い上げる中での彼らの立ち位置は微妙になって然るべきだったのは自明とも言えた節がある。岸田繁ソロ名義での『まほろ駅前多田便利軒』のサウンドトラックで、ボーナス・トラック的にくるり名義として収められた「キャメル」のクロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤング、ザ・バンドのようなダウン・トゥ・アースの曲も決して新ビジョンを拓くものでもなく、今年明けからのライヴでも披露されていたが、『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』の中に含まれていてもおかしくない肩の力の抜けたささやかに漸進するような曲であり、仄かに胸を暖める叙情性は含みながらも、「行間」の妙が少し粗雑に思えたのは個人的な感慨だった。震災直後に、アコースティック・セットで京都の磔磔というライヴ・ハウスで観た彼らのライヴも奇遇か、前にも後ろに進めない感じが刻印された印象を受け、その曖昧さが良いケミストリーを生みだすバンドだけに、その曖昧さに自縄自縛になっている「気配」に遣る瀬無さをおぼえた。だからなのか、どうなのか、今回、彼らは一部の義捐活動を除き、チャリティー・ソングという形式などは全く取らず、ホームページで岸田氏の原発や震災の現状を憂う日記が綴られ、夏に向けてのイベントやフェス参加の告知が為されただけだった。
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しかし、この「奇跡」は今のくるりの一つの分水嶺になる曲になることだろう。
是枝裕和監督の『奇跡』の主題歌ということで、「キャメル」に引き続き、純然たる新しいくるりの新局面の打ち出しではなく、CMで繰り返し流れている新曲の「旅の途中」でもないのだが、それでも、「奇跡」には、同じく映画主題曲でもありながら、現在でも代表曲の一つでもある「ハイウェイ」に繋がるような、柔らかな希望の予感と詩情に繋がれている。ここでは直接、"奇跡"は歌われてはいないが、《退屈な毎日も 当たり前のように過ぎてゆく 気づかないような隙間に咲いた花 来年も会いましょう》なんてフレーズが挟まってくる。いつになく優しくたおやかな岸田の声とアコースティック・ギターの響き、決して高揚はしないが、淡々と刻まれるリズム、透いたバンド・サウンド。『魂のゆくえ』からベタッとした身体性に訴えかけるサウンド構築を心掛けていたような節もある彼らはここではただ、音楽の持つ透明感に「回帰」しようとしているところが興味深い。この流れのまま、次へと踏み出すという感じではないだろうが、3.11以降ですっかり変わってしまった世の中で《さぁ ここへおいでよ 何もないけど どこへでも行けるよ 少し身悶えるくらい》と今、紡ぐ意味は非常に大きいものがあると思う。
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ここには、くるりの身体的な「痕跡」とともに、「モードへの旋回」がある。そこで、形容される名前は、日常に連結した奇跡とも言える願望のような別名である気がしてならない。すぐに前に進まなくても、ここで来年も会えたらいい。
