メトロノミー 『イングリッシュ・リヴィエラ』(Because / Warner Music)

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 人の「行為」によって「場」が形成される場合もあれば、「場」が人の「行為」を引き起こす場合もある。例えば、さして喉が渇いているわけではなくとも、水飲み場に行けば水を飲みたくなることがこの場合に該当する。

 メトロノミーが前作『Nights Out』で志したものの一つに、当時隆盛を誇っていた「ニューレイヴ」なるムーヴメントへのカウンターがあった。それは「ニューレイヴ」存在下においては、「クラブ」という「場」が人を脅迫的に「ダンス」という「行為」に駆り立て、「踊らなければならない」という空気を形成していたと、彼らが捉えていたからだろう。だからメトロノミーは前作で「踊らなくてもよい」という音楽を提示し、その張りつめていた空気に穴を開け、さらにそこから抜け出てくる空気を音像化した。だからこそ、彼らの音はあんなにも「どこにも向かっていない」のだ。彼らは「踊らなくてもよい」音像を確固たるコンセプトとして提示するために、一つのコンセプトを立てた。それが「報われない夜」というコンセプトだ。前作の1曲目「Nights Out」におけるシンセサイザーの異様な響きがそのコンセプトの始まりと終わりを同時に鳴り響かせる。その音は「報われない夜の予感」と「報われなかった夜」を同時に内包している。そして、その通りに主人公は女性と「報われない」時間を過ごす。そしてこの「報われない物語」はまた振り出しに戻る。彼らは期待と失望が「ループ」するナイトクラビングをこのように「報われない物語」としてまとめあげた。

 そして彼らは新譜『The English Riviera』を上梓する。前作のプログレッシヴなサウンドに古のアメリカのウエストコーストサウンドが溶け込み、宅録作業中心だった今までの方法からスタジオ録音中心の方法へと移行し、今作の音像は全体的に非常にメロウな仕上がりになった。

《この街は僕の一番古い幼馴染 僕らは上がり、落ちて行く いつもこの街を駆けずり回っている そしてこんなうわさを囁かれていたと思いこむ これよりマシなものは得られない》
(「The Look」)

 彼らは前作では「報われなかった夜」に「囚われていた」。前述したようにそのあらかじめ決定されていた運命を彼らは知っていたわけではなく、ただ「予感」としてそれを認知し、そこから抜け出るための淡い「期待」を抱いていた。しかし、その「期待」は打ち破られ、それは「報われない物語」として回収されてしまっていた。このアルバムでは、彼らは「街」に「囚われている」。

《あなたを連れ戻した時は また逃げ出すかと思ったけど まだここにいるわ》(「Everything Goes My Way」)と昔分かれた女性に囁かれ、同曲で《僕はもう逃げ出さない ああ、ここにいるよ どこへも行かないよ》と歌う。彼らが「街」に「囚われている」のはもはや自明である。

 その「街」の中で、「彼」は「彼女」がすやすやと眠る顔を見つめて《疲れるなんて見込みも吹き飛んでしまった》(「She Wants」)と安らぎを感じることもあれば、《僕は出掛けたくない 君は家にいたくない また口論になるだろうな》(「Trouble」)と「街」どころか「家」から出たくない思いに駆られている。時に思い切って《だけど、早く出て行かなきゃ》(「The Bay」)と思うものの、同曲で《この入江はとても快適な場所》であると感じており、結局「街」から出ることはできない。

 このままでは彼らは前作と同様の「報われない物語」から抜け出ることができない。しかし、ここで2曲目「We Broke Free」に注目してみよう。前作では1、2曲目のインストゥルメンタルナンバーが「報われない物語」を明確に表現していた。『The English Riviera』では「物語のはじまり」はどのように表現されているのだろう。

《用意はいいかい 君を街に連れ出そう とても素敵なものが見られるはずさ こんな宝が僕のものだなんてありがたい 僕らが立つこの丘のこの場所で ずっと君のことを思ってきた いつの日か手を携えてここまで登ってくることを こんな宝が僕のものだなんてありがたい》(「We Broke Free」)

 そう、彼らは「物語のはじまり」で「街」という「物語」の中に「君」という「宝」があるということを歌っているのだ。「街」から抜け出ることはできないが、その「街」の中にこそ、最も大切なものが存在しているのだと歌っているのだ。そしてこれも、前作における冒頭の2曲と同じように、「街という物語」の「終わり」も歌っているということは、最終曲である「Love Underlined」を聴けばわかる。

《時に辛いのかもしれない 目を見開いて僕を見つめ続けるのは でも今夜手を握り合っている間は 僕らは未だ際立つ愛の中なのさ》(「Love Underlined」)

 彼らはこのようにして「街」という物語を突き詰めてゆくことで前作では越えられなかった「報われない物語」を内側から食い破った。彼らの音を聴いて、その佇まいを見て、多くの人間は彼らが「どこにも属さないアクト」だと感じたかもしれない。しかし、彼らの素晴らしさは一点に止まり続けることによって「閉塞」を打破したということなのだ。「報われない物語」が、「報われる物語」になったのではなく、「報われるかもしれない物語」になった。この「物語」という言葉は「日常」という名前だったとしても、きっと差支えないだろう。

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