メレンゲ『アポリア』(Warner Music)

merengue.jpg 近年はキリング・ボーイのデヴュー盤のエンジニアをはじめ、多くのアーティストに楽曲提供もしてきた多才なメロディー・メイカー、クボケンジの本バンド、メレンゲの約2年振りの新作、ミニアルバムはギリシア語で困惑を意味するタイトルを冠した『アポリア』だ。

 例えばグラスゴーのティーンエイジ・ファンクラブや国内のバンドではスピッツのように、新作をリリースする度に決して大きくは変わらないが、そのそれぞれに新たな試みが見られる、基本のベースに様々な色の塗り方(時には、それは前の作品に残った色と今の色が混ざっていたりもする)をして更新されながら提示してくれるバンドがあって、メレンゲもそういったアーティストの一つだろう。

 また、クボの豊満なメロディー・センスと恋する心をやさしく繊細になぞっていきながら、でもどこか外からは見えにくい場所にハッキリと爪痕を残していくように刻み付ける歌詞、それらで構成される世界を堅実に支えながらも、よりビビッドに色彩を濃く滲ませるようなタケシタツヨシとヤマザキタケシによるリズム隊...これらは最早、メレンゲ印と呼んで差し支えないだろう。

 そして、盟友であるフジファブリック(クボにとっての親友であった志村正彦が急逝した後に開催された彼らの主催イベント、「フジフジ富士Q」でもフジファブリックをバックにクボがカバー参加していたことも記憶に新しい)から山内総一郎とゴーイング・アンダーグラウンドから河野丈洋、メレンゲのサポートメンバーでもあるプレクトラムから藤田顥(メレンゲと度々共演していたシロップ16gのサポートをしていた経験もある)と曽我部恵一ランデヴーバンドから横山裕章、それに皆川真人、おおはた雄一といった豪華な顔ぶれがゲストに集結した今作でもメレンゲ印はそのまま、彼らが次のステージに進もうとしているのがリアルに伝わってくる作品だ。

 『アポリア』は、まずCDを取り出す前に手に取ってみた時から、そのジャケットと彼らの世界のシンクロ具合に驚かされる。これは、漫画家、浅野いにお(アジアン・カンフー・ジェネレーション『マジックディスク』収録のシングル曲「ソラニン」のオリジナルの作詞者でもある)によるものだが、先日、エロティックス・エフに連載されている新作、『うみべの女の子』の単行本を初めて発売した浅野とデヴュー当初から海や海辺の風景を一つのテーマとも言えるように歌ってきたメレンゲは経歴的にも絶妙にマッチしていて面白い。
 
 午後の海辺の潮の匂いのする曲を多く歌ってきたメレンゲであるが、今作で見える景色は、ジャケットが示すように、夕方(『初恋サンセット』)が終わり、陽が落ちて、辺りが暗くなってきた頃の海が見える家のベランダから見える風景だろうか。

 とは言え、メジャーデヴュー以降の各アルバムの一曲目は「夕凪」、「きらめく世界」、「午後の海」がどれも夕方の景色を、「カメレオン」が夕方~翌朝のそれを描いているのに対して、今作の幕開けを飾る「旅人」は、明確な時間設定を示す言葉がタイトルにも歌詞中にも現れない。ただ、少しベクトルを変え、この1曲目たちをもう一度、精査してみると面白いことが分かる。「夕凪」は僕を映し出す、もう一人のボク、そしてその隣にいるキミとの関係を歌っているが、ここでのキミは虚像としてのボクが持っている清算不能になってしまった弱さである(あるいは、弱さを振り払った偽物のボクに魅力を感じる人物とも取れる)。どちらにせよ、虚実併せ持った存在としての僕が浮き彫りになっている。「きらめく世界」は、一見、タイトル通りのキラキラと輝く《海の見える小さな街》で遊ぶ2人を映し出すキュートな曲に思えるが、《どこにでも落ちてる使い捨ての愛に命を吹き込む午後6時の魔法》という歪んだ一節のおかげで、これがフェイクの恋心に包まれた君と僕の関係であることが浮き彫りになる。採算のつかなくなった僕は、「カメレオン」になって自分を隠し、自身を騙そうとするが、実存さえも失いかけ、慌てて君に会おうと《急いでカーテンを開け急いで僕は外に出る》。「午後の海」では、清算も採算も必要なくなり、<<僕らは永遠じゃない/消えちゃうまで触り合ってたいだけ>>とフェイクの刹那に耽溺しようと試みる。ここで、その先の世界が「旅人」だとすれば、《思い出ばっかで膨らんだ気球/割れないのが自慢/迎えに行くよ/待っててね》という一節が、より鮮やかに響きはしないだろうか。つまり、これまでの虚実や耽溺が報われなくダメになってしまった後、自分自身をもってもう一度、あるいはまだ見ぬ、君と出会う覚悟を決めたのである。

 これは彼らの曲では初めてプレリュード「untitled」と共に収録されている「夢の続き」の一節、《体中の全部で優しかった君だけ思い出そう/忘れるはずがない/そんな夢の続きもある》や、一昨年の彼らのアニバーサリー・ライヴにも同じタイトルを冠されていた、新たなアンセム「アルカディア」の《後ろは見ちゃうけど/かならずそばに居て/なんでこんな僕にも/優しくされるんだな》という一節にも如実に現れている。

 今までの思い出を詰め込んだリュックを背負って、たまにそのリュックの中のフォト・アルバムを眺めてセンチメンタルにもなりながら、戸惑いもしながら、それでも君に出会うこと。『困惑』というタイトルをもった今作は、それを讃えたアルバムのようだ。その点で、今までの夕方の景色からは少し時間が過ぎた、夜が訪れた後の世界を映し出していると言えないだろうか。

 サウンド面を見ても、「旅人」は今までの1曲目との違いが顕著に出ている。「夕凪」を除いて、今までのどの幕開けの曲も、軽快なシンセとギターの豊かなメロディが絡まったアップ・チューンで、(これは「夕凪」も含め)どの曲もシングル曲になるようなポップさを持っているのに対して、「旅人」は確かにポップではあるが、シンセの音は微かにバックで鳴っている程度で、実直なリズム隊のビートが印象的なミドル・チューンである。色鮮やかな幕開けというよりは、むしろゆったりとしたグラデーションのような始まりである。ディレイと揺れるギターが印象的な横ノリの「夢の続き」も、カントリー調の土の匂いのする「ルゥリィ」も、今作では最も緩急がついており盛り上がりも明確な「ムーンライト」も、どの曲も派手さはないけれど落ち着き成熟したサウンドが魅力的だ。またビートたけしと玉置浩二の「嘲笑」の原曲に忠実なアレンジのカバーも収録されており、それも含めて彼らの新たな一面を見ることもできる。

 たった一つ残念なのは、権利等の関係もあったからか、どうしてもアルバムの毛色に合わなかっただろうからか、前アルバム『シンメトリー』の約4ヶ月後にリリースされていた、新垣結衣に提供した名バラードをセルフカバーしたシングル「うつし絵」が収録されていないことではあるが、それがあっても、ネクスト・ストップへ進み出そうとする彼らを追える今作は、あと数年経って以降の作品をリリースしてから見返した時に重要なターム・ポイントになっているはずだ。

 是非、この春の夜は、この海沿いの街の湿った気怠い夜更けを映し出すアルバムを聴きながら、少し湿った夏の風を待っていたい。

(青野圭祐)

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