The Strokes『Angles』考

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本日最後の更新はストロークスの新作について。すでにクッキーシーンでも松浦さんによるレヴューが掲載されていますが、待望だったわりには大絶賛の嵐ともいかなかったようすの本作。一方で、こちらの草野虹さんによる原稿はかなりポジティブな捉え方となっています。みなさんはどうだったでしょう?

サマーソニックにもヘッドライナーとして出演が決まっている彼ら。いまだに語らずにはいられない魅力に溢れているのだろうと思います。またご意見お寄せいただけたらと思います(ちなみに僕は、ストロークスってまともに接したことがないんですよね。いまだに『Is This It』を通して聴いたことすらないです。どうもすいません...)。

 

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 いつからロックという音楽は、実験性とポップ性とセールスの3つが剥離してしまったのだろう、ふとそう思うときがある。

 少なくとも、The Beatlesの『Revolver』や『White Album』にはそれら3つが両立しているアルバムであり、今も燦然と輝く名盤とされている。フランク・ザッパやキャプテン・ビーフハートなどはバンド・メカニズムを追いかけるような実験性を伴っていたし、ピンク・フロイドやキング・クリムゾンはクラシックを引用しながら2つの極致点を見出していった。その2つを両立することで巨大なセールスを得る恩恵を貰うことができたのは、1977年のパンク・ムーブメントまでだと歴史は静かに語る。

 僕は、彼らThe Strokesの作品を聞くたびに、まるで絵画展を見ているような感覚に陥る。ギター・ベース・ドラム・ボーカル、それぞれ5つの筆で描かれた絵画は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの活動に関与していた、アンディ・ウォーホルのポップ・アートな作品群に通じるものがある。

 彼の作品に一貫して見出せるのは、「斬新さ」や「ポップ感」を下地にしたジャンルレスに跨る「アーティスティックなセンス」だ。腰のラインを革の手袋で艶めかしく触っている1stアルバム『Is This It』のアルバム・ジャケット、メンバー全員が専門誌に注目浴びるほどのファッション・センスなどなど、The Strokesの5人にはアンディ・ウォーホルのセンスが少なからず受け継がれているような気がしてならない。彼らが、いかに斬新さでアート性ある「ポップ・アート」を届けることができるのか。彼らの魅力はそこに集約されている。

 元々彼らはインディーシーンから現れたバンドである。特に1stアルバム「Is this it」からは、旧来的なロックの熱い自己主張や打算的な戦略性がまったく感じられないし、好きな音楽をなんの衒いも躊躇もなく奏でている姿が目に浮かぶ。ドラムにはコンプとリヴァーブが掛けられリズムマシーン的な音作りを施し、ベースはルート弾きとスライド奏法が耳を引き、カッティングとソロとで分けられた2つのギターサウンドも終止印象深い。それがあのスカスカかつソリッドな音像を生み出し、余白が多くシンプルで質素な真っ白、炊き立ての白米飯みたいなロックンロールだったのだ。ギャング・オブ・フォー、カーズといった80年代ロックの感性がそこに息づいているし、

 名盤扱いされた1stアルバムのプレッシャーの中で作られた2ndアルバムは、よりサウンドに着目。どんな部屋でレコーディングし、マイクをどう置くかまでを考えつつ生み出されたサウンドは、余白を埋めつつもあざとさがない、白米飯にふりかけをかけたような感触。周りの狂騒についていけなくなった5人は一旦活動をスローペースに。3年ほど時間を掛けて作られた前作の3rdアルバムは、ジュリアンに任せきりだった作曲面に残り4人全員が関与、メンバー5人の好みや意図がバンドの音として現れたアルバムでありながら、それまでの作風とあまりに違うためファンは戸惑った。

 そこから5年経って届けられたのが今作、その間に5人のメンバー全員がソロ作品を生み出し、メンバー全員にコンポーザーとしての才があるのが明らかになった。メンバー各々のソロ作のレコーディングと同時進行で、今回のアルバムのレコーディング作業は進められていったらしい。5人全員が顔を突き合わせあれこれ言い合い、ケンカし合い、全員が納得するように模索する、そんな姿を妄想するのは容易だ。アーティストはエゴの塊であり、その類の人間が5人もいるのだから。

 今回のアルバムのタイトルは『Angles』、ジャケットは有名な「ペンローズの階段」だ。この階段は「昇降する」という行為が無意味になる絵画であり、三次元の現実から一歩抜け出し、二次元の世界ででしかありえないものが確かに存在するということを明示する。それはつまり、この絵画の中に自らを置くということから始まる物語であるし、ただ見ているだけではその不可思議さに気づくことが出来ない。そういった観点の問題をタイトルで明らかにしているのだろうか。

 5人の好きな音楽が反映され、5人が別方向に走り出し、その間にできた妙な空間が5人のバンド・マジックとして現れているアルバム、それが『Angles』だ。レゲエ・ファンク・ネオアコ・サイケデリック・シューゲイザー・ハードロック・ポストロック・ニューウェーヴ、10曲が10曲ともに全く違った趣のサウンドにコロコロと変わっていくし、前作で顕著だったひねくれた曲展開は健在、The Strokesというバンド自体が「音楽ジャンキー」な才能を持ち合わせており、それが5人の持ち合わせていたアーティスティックな才能のおかげであるとはっきり証明されている。しかも1stアルバムの頃のような「スカスカでソリッド」な音像の中でそれが繰り広げられているのだから、尚更素晴らしい。

 ポップ性と実験性とセールスとがパンク・ムーブメントによって剥離したのは、後の80年代のロックを紐解けば自ずと見えてくる。セールスはハードロック/ヘヴィ・メタル勢に、実験性はポスト・パンクやニューウェーヴ勢に、と強引に言い換えても良い。ハードロック/ヘヴィ・メタル勢は音楽的テンプレート化が表面化し、ポスト・パンク/ニューウェ-ヴ勢にはセールス的恩恵があまりなかった。そしてこの剥離はそのままインディー/メジャーで区分されがちな今の音楽業界にも地続きになっている。

 だが、アヴァンギャルドで斬新さが先に立った実験性ある音楽であろうと、テンプレート化された産業的な音楽であろうと、その人の耳を否が応にも反応してしまうのはポップ性の有無だと僕は考えている。そしてメロディーラインやコード感、楽曲展開やサウンド・プロダクションなどを含め、このThe Strokesの『Angles』は素晴らしいポップ性を秘めたアルバムであり、彼ら流の『ポップ・アート』と言える作品になった。ポップ性と実験性においては言うことは無い、あとはセールスだけだ、その身の丈にあったセールスを生み出してくれることを僕は切に願っている。

(草野虹)

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