モービー『デストロイド』(Little Idiot / Mute / EMI)

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moby.jpg モービーというアーティストは、その懐の広さと「浅さ」において世界でブレイクしているアーティストの中でも珍しい類いに属すると思う。ブライアン・イーノのような高尚さにも、ペット・ショップ・ボーイズのような汎的なポップネスにも引き裂かれないまま、エレクトロニック・ミュージックの「真ん中」に立ち、アンビエントにもフロアにも可能なサウンドを作り続けて、今でも世界中では99年の『Play』は勿論、「Porcelain」などはあちこちで「馴染んでいる」。打ち込みベースの中に、ゴスペル、ブルーズ、R&Bのエッセンスを混ぜ込むことで、国境やジャンルの垣根を越えて、多くの人に届いたのは周知のことだろう。

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 09年の『Wait For Me』から2年振りとなる今作では、彼がアメリカの空港に居るときに淡々と流れるアナウンスメントである"Unattended luggage will be destroyed(置いたままの荷物は処分されますよ)"からインスパイアされたタイトルになっており、一時滞在場所である空港やホテルなどに居る時に感じる"destroyed"な気分の催眠性についてのサウンドトラックのニュアンスが強く、ツアーの最中にホテルの真夜中に書いた曲を集めた所為か、アップビートが際立つ訳ではなく、淡々としたビートが印象に残るような、どちらかというと、『18』に寄った様なたおやかなムードがある。もしかしたら、エアポート系のラウンジ・ミュージック枠で括られてもおかしくないくらい、まろやかなサウンドスケープの中で彼らしい人肌通った電子音と音響設計が為され、自身の声以外にも、ふと、ニューヨークを拠点に活動するエミリー・ズジックや美しいソプラノを持つスウェーデン人のアンナ・マリア・フリーマンなどの女性ボーカルがカット・インしてくる。

 僕自身は、彼が昨年にブログで今作のサウンドのインスピレーションになったアーティストにシルヴァー・アップルズ(初期)、OMD、デヴィッド・ボウイなどの名前が挙がっていたことから、ディスコやダンス方面へのシフトではなく、アンビエントな流れに沿い、そう、05年の佳作『Hotel』のディスク2(アンビエント・サイド)に繋がってくるような「何か」を想っていたが、その予想は遠からず近からず、といったところだろうか。例えば、昨今、隆盛しているチルウェイヴ・グローファイが別名として"ヒプナゴジック・ポップ"と言われるように、緩やかに入眠を誘い出すような柔らかさが特徴になっており、それをときに覆すような尖りがふと見えるのもモービーの本懐ともいえる。昨年のロイクソップ『シニア』辺りとの共振も感じるものの、もう少しこちらの方が大味で明らかに風呂敷が広い。その大味ゆえに、世界中の多くの深夜のベッドルーム、また、午前2時以降のクラブで流れるべき音になった気もする。

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 目立った曲に触れると、1曲目の「The Broken Places」は「Porcelain」直系のサウンド・シークエンスが美しいものになっており、引き込まれる。3曲目の「Sevastopal」ではビートが跳ねるベタなダンス・チューンだが、踊らせるという機能性よりは、もう少しチルアウト的な雰囲気を孕む。12曲目の「Stella Maris」は白眉だろう。まるで電子化された讃美歌のように前述のアンナ・マリア・フリーマンの声が加工されながらも、荘厳とした音響空間の中を泳ぎ、流麗な静謐を紡いでいる。

 多くの都市生活をおくるインソムニア、インソムニア予備軍に「効く」音楽のみならず、モービーというアーティストが幅の大きいステップだとしても、"深夜2時のためのサウンドトラック"を作ろうとしたときに、これだけメロウなものになってしまうという証左を示した意味でも興味深い作品になっており、もう、「Go」と言わなくても、「Blue Moon」が待っている境地に彼も辿り着くことが出来たということなのだとしたら、加齢と草臥れは明らかに感じるものの、それ以上に音楽によって還ってゆく場所を「確保」出来たような気概に満ちた美しい作品になったと断言できる。

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 歳を重ねて、ビート・センスやサウンド・メイクの先鋭性は無くても、こういった作品をふとドロップしても許容されるシーンの「成熟」ならば、寧ろ、好ましささえ感じる。「不眠のまま、踊ることもできる」し、「踊りながら、夢を見ることもできる」―そういったアンビヴァレンスを備えた、なかなか良い作品だと思う。

《Oh when  you had  no time to give Oh when I had no life to live But my mind was low(あなたに時間がなく 僕には生き甲斐がなくても 僕の心は平静だった)》(「After」)

「過去形」のアーティストになりつつあったモービーは、今作でほんの少し同時代的な温度を取り戻した。しかし、微妙にズレがあるのも彼らしい。

(松浦達)

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