【合評】ビーディ・アイ『ディファレント・ギア、スティル・スピーディング』(Beady Eye / Dangerbird / Sony Music)

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beadyeye.jpg「好きなものは、いくつあったって全然困らないぜ!」そんな当たり前のことを堂々と表現したアルバムだ。

 2009年8月のノエル脱退によるオアシスの空中分解。それから1年ちょっとで、こうしてアルバムが届けられたことに驚いた。そして、とても嬉しかった。後期のオアシスでは、メンバーの手による曲も増えていたけれど、やはり希代のソングライターでありバンドの精神的支柱でもあったノエルの脱退は大きすぎる代償だ。ジョイ・ディヴィジョンがイアン・カーティスを失ったこと、バウハウスからピーター・マーフィーが抜けたこととも違う。良くも悪くもオアシスは大きくなりすぎていた。近年、伝え聞こえたリアムの不遜とも言える立ち振る舞い、ノエルの威光のもと不相応にも見えたアンディとゲムの存在感。ノエルがステージで頭のおかしい客にぶん殴られたり...。アルバムが出るたびに「メンバー全員で頑張った!」って言っても、僕たちの耳と目はごまかせないよ。いずれにしても、オアシスは崩壊していたかもしれない。そうじゃなくても、僕の興味は消え失せていたと思う。"存在すること"だけが目的になったオアシスなんて、見たくないから。

 これはオアシスじゃない。リアムのソロ・アルバムでもない。ビーディ・アイという生まれ立てのバンドが踏み出した初めの一歩だ。『Different Gear,Still Speeding』って、すごく良いタイトルだと思う。今の彼らをそのまま言い表している。オアシス解散(休止?)からアルバムのリリースまでの短いスパン、ボーナス・トラックを含めて全15曲から漲るポジティヴなフィーリング、続々と発表されるツアー日程。そのフットワークの軽さは、オアシスでは考えられなかったこと。今までの功績やら楽曲のクオリティやら、あれこれ...って、考えすぎないのが、リアムの良いところなのかも。アンディ、ゲム、そしてクリス・シャーロックが大賛成しているところが目に浮かぶ。「Beatles And Stones」でリアムが吠えるように《とにかくロックンロールしたいんだ!》って、ただそれだけ。そして、僕たちはそんなバンドを待っていたんだ。

 アルバムは、最高にカッコいいワウが鳴り響く「Four Letter Word」で幕を開ける。このギターはアンディでしょ。アンディがギターに戻ったことは大きな力になるはず。ライド~ハリケーン#1で、アイデアいっぱいのギターと数多くのソングライティングを実践してきた彼本人が、いちばん納得している編成だと思う。誰がどの曲を書いたか、なんて大事なことじゃない。そして今、彼らが立ち向かっているのはオアシスでもない。相変わらずバカ正直にビートルズ、ストーンズ、フー、そしてラーズへと突き進んでいる。スティーヴ・リリーホワイトのプロデュースも大正解。ラーズ『The La's』やポーグス『If I Should Fall From Grace With God』での手腕を期待されての起用だろう。エレクトリックとアコースティック・ギターのバランス、ヴォーカルとコーラスのきめ細かいエフェクトが秀逸だ。ピアノやビンテージ・シンセの響きもいいアクセントになっている。プロデューサーとして、音を作るのではなく、きちんと捉えている。だからサウンドが重たくならずに、メロディが活きてくる。リアムは「The Beat Goes On」で宣言する。《生命はまだ尽きていない。俺の心のどこかで、ビートは鳴り続けている》OK! ギアを入れ直して、スピードはそのままだ。

 そして何よりも僕が嬉しかったのは、リアムのミュージシャン・シップがはっきりと伝わってきたこと。いい曲を書き、歌う。それは当たり前。オアシスの時は、ノエルの書く曲の中で「声」と「キャラクター」で押し切っていた部分が感じられた。僕にはそれが時々、物足りなかった。ビーディ・アイは違う。リアムが愛しているのは、"ロックスターである"ことじゃなくて、ロックンロールそのものだということ。そして、そんなロックンロールを愛してやまない僕たちにも、同じような愛情を注ぐことができるということ。いち早く来日公演を発表したり、サマーソニックへの出演を約束したり。そして、この震災の際に伝えられたメッセージに元気づけられたファンも多いはず。僕もその一人だ。さらにロンドンではビーディ・アイの呼びかけでベネフィット・ライヴが開催された。"声"を上げて、すぐに"行動"すること。いまリアムが何を見て、何を感じているのか、わかるような気がする。

 これを書いている今、5月の来日公演が9月に延期されるという知らせが入ってきた。僕たちは、まだ「大丈夫」って言えない状況なんだ。ビーディ・アイがスペシャルゲストとして登場するサマーソニックの無事な開催を祈ろう。9月のライヴも特別なものになるはず。その時はリアムに負けないくらい大きな声で迎えよう。ビーディ・アイに、ロックンロールに「ありがとう」って伝えるために。


(犬飼一郎)

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beadyeye.jpg 3月に旅行で訪れたイギリスで観た彼らのライヴは、それはそれは素晴らしかった。リアムもバンドもポジティヴなヴァイブで満ち溢れていたし、オーディエンスだってオアシスの曲をプレイしてくれとかそういうこともなくて、それどころか「The Roller」や「The Beat Goes On」では大合唱が巻き起こって、ライヴが終わった後も野朗どもは「Liam! Liam! Liam!!」と大騒ぎしながら満足そうに帰っていった。この時点でわたしはたいしてアルバムを聴きこんでおらず、正直「彼らのライヴを生で観られる」という興奮はあったものの、オアシスのライヴに臨むときのような、その日一日が終わることを惜しんで止まないような期待感はなかった。だがそのライヴで明らかになったのは「より強固になったオーディエンスとバンドの結び付き」であり、「ビーディ・アイというバンドが今後のわたしの人生において計り知れない意味を持つこと」であった。

 バンド結成後に最初に解禁になった音源は今作にも収録されている「Bring The Light」だったが、第一印象は決して胸がぞわぞわするような類のものではなく、「こういうのだったらプライマル・スクリームの方がもっとうまくやれるのに」という、むしろ逆のものだった。今ではこの曲のイントロで血流が一気に速くなるが、そのときはオアシスの再結成を待ち望む気持ちがただ強くなっただけだった。リアムががに股で立ち、マイクに喧嘩を売るような姿勢で歌っているのは鳥肌が立つほど格好良い。でもそれだけだったらわたしは彼らのデビュー作「Different Gear,Still Speeding」を何十回もリピートしない。これは特にソングライティングの面から言って、年間のベストの一枚に数えられても不思議ではない傑作だ。

 確かにあまりに単純すぎる箇所もいくつか見受けられるし、あくまでサウンドの話をすれば、オアシスでやってきたこと以上のことは、たぶんない。わたしは彼らに何を期待していたのだろうか。何も期待していなかったのだろうか。そうかもしれない。ただリアムの声がこの世界に響き続けるという一点のみで、ビーディ・アイの動向を追い続けていたのかもしれない。だが、いかにもアンディらしい作風のアルバム随一のバラッド「The Beat Goes On」にも、オアシス時代にステージ上でリアムが1番誇らしげに歌っていたように感じた「Bring It On Down」を思い出す「Four Letter Word」にも、ノエルだったらどうアレンジしただろうかと気になってしまう「The Roller」にも、結局はオアシスの曲以上に依存してしまっている。そう、オアシスやビーディ・アイの曲はどうしても依存してしまう性質なのだ。

 オアシスと一緒にするのは間違いか。彼らは新人バンドなのか。このデビュー作の成功はノエルに対する勝利宣言なのか。違う。おそらくノエルは再びこの4人の元に帰ってくる。それを待ちわびているわけでもない。ビーディ・アイに何か決定的な物足りなさを感じているわけでもない。ただわたしはこのアルバムを聴きながら、オアシスのことをよく考える。このアルバムは良い。ビーディ・アイもバンドとして絶好調だ。リアムの声だって若返ったみたいだ。でもオアシスは近い将来復活する。ビーディー・アイで十分なわけはない。やっぱり後ろ向きな印象を与えてしまうかもしれないけれど、わたしは「いつかはみんながおれたちの歌を歌っているんだろう」という「The Beat Goes On」の歌詞を見て、それがノエルへのメッセージのようにも思えて泣いちゃいそうになる。

 最初に書いた「ビーディ・アイというバンドが重要な意味を持つ」というのは、このアルバムで得た感動のことでもあるし、バンド自体が放つ輝きのことでもあるが、オアシスのことでノスタルジックになっている時期に聴いて余計染み込んだ歌、ということでもある。やっぱり好きなバンドのことになると脈略のないことを書いてしまうが、「アルバムは文句なしに素晴らしい」し、「それでもオアシスのことを文脈から消し去る必要もない」し、「ビーディ・アイとオアシスの違いを必死になって探して、それを愛する必要もない」ということで、このレビューをそろそろ終えたいと思う。

(長畑宏明)

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