THE SERGE GAINSBOURG EXPERIENCE『The Serge Gainsbourg Experience』(La Lune Rousse)

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serge_gainsbourg_ex.jpg今年の3月2日でのセルジュ・ゲンスブール没後20年を受けて、にわかに彼の周辺が盛り上がっている。日本でもジョアン・スファールの初監督作品の評伝映画『ゲンスブールと女たち』も公開されることになったり(そのサントラもゴンザレスやPHILIPPE KATRINE等が参加した充実の内容になっている。)、音楽家としてのキャリアを纏めた20枚組ボックス・セット『Integrale 20ieme Anni』も出るなど、俄かに世界的に賑やかしくもなってきているが、その中の一つ、このブラッド・スコットとその仲間からなる6人組の英仏の混成バンドTHE SERGE GAINSBOURG EXPERIENCEは外せない。リーダーの英国人であるブラッド・スコットはアラン・バシュング、ジャック・イジュラン、アルチュールH他でのバッキング・ベーシストなどで活躍し、また、マルチ・アーティストの面からも名を馳せた、生粋のセルジュ・フリークでもある。実際、彼はセルジュの60歳前後の晩年期にテレビ局の楽屋裏で会い、話をしたという逸話も残っている。

 セルジュ・ゲンスブールの曲を「カバー」するというのは容赦なくそのアーティストの才覚が試される。何故ならば、シャンソン、ジャズ、スウィンギン・ロンドン、アフロ・パーカッション、オーケストレーション、ロック、ポエトリー・リーディング、レゲエ、ニューウェーヴ、ヒップホップと多様な音楽様式を表層的にドライヴしてきた彼には都度の「断線」があるからだ。それを繋いだのは、あの気怠い声であり、沈み込むような詩情と、時に軽やかな言葉遊びのリズムだったと言える。それは、セルジュの認証印が押されてこそ成立するものだったからと言えるならば、周縁をなぞるだけでは、より実質から遠くなってしまうというイロニーがあった。稀代のトリックスターであり、ノマド精神を持った彼の残影を「追いかける」にはどんな形にしても、容易ではない。その中で、今回のTHE SERGE GAINSBOURG EXPERIENCEはある程度の緩さも含めて、的確な形での「近接」を果たしていると言ってもいいかもしれない。近接しているからこそ、濃厚な彼自体へ遠心力を持ち、もはや耳馴染みの曲でも新しく感応出来るのは嬉しい。

 バンド名があまりに"そのまま"過ぎて、シニカルな視点を持ってしまう人もいるかもしれないが、演奏スタイルはガレージ・バンドのようなラフでファストなものに終始しており、全く衒いがなく、近年、溢れるセルジュのカバーの中でも比較的、ストレートな"抜けた"ものになっている。女声ボーカルを受け持つセリエ・スコットの声もブリジッド・バルドーやジェーン・バーキンが持っていたアンニュイさとは程遠く、至って朴訥と健全に絡んでくるのも面白い。そこで、どのような曲が選ばれているかというと、1968年の『INITIAL B.B.』から「Comic Strip」、「Initials B.B.」、「Bonny and Clyde」、1961年の『L'Étonnant Serge Gainsbourg』内の「Chanson de Prévert」といったメジャーな曲から、やはり外せないオーケストレーションとポップの折衷で雄大な高みを極めた1971年の『Histoire de Melody Nelson』から「Valse de Melody」、「La Ballade de Melody Nelson」という二曲。また、1962年の『No.4』の 「Requieme pour un twister」、1967年の『Rock Around The Bunker』の「SS in Urguay」といったマニアックな曲など、巷間のトリビュートとは一線を隔したセンスが貫かれているのは流石だともいえる。

 中でも、特筆すべき曲としては、アコーディオンを取り入れた軽快なロック・テイストに生まれ変わった「Chanson de Prévert」、原曲への愛慕に溢れたダークな空気感が纏うダウンビート「La Ballade de Melody Nelson」になるだろうか。06年の『Monsieur Gainsbourg revisited』というトリビュート・アルバムでのジャーヴィス・コッカ―による「Je suis venu te dire que je m'en vais」の英語版「I just came to tell you I'm going」のカバーで、タメのきいたリズムにブラッドの声がこもったトーンで映えているのにも印象深い。近年、リミックス、ダブ、エレクトロニカ、ロック方面など多種多様なアプローチが彼の数多の曲に関しては為されてきたが、それでは掬えない部分がここではフォローされているような感じさえあり、寧ろセルジュ・ゲンスブールという巨像(虚像)に対してはこれくらいの正攻法でこそ新たな意味が生まれてくるような気がする内容になっている。

 フランスの社会学者ガブリエル・タリドの『模倣の法則』に沿えば、「社会とは、模倣によって、あるいは反対模倣によって生み出されたさまざまな類似点を、互いに提示し合っている人々の集合」と言え、セルジュ・ゲンスブールという人は社会への挑発とカメレオンのように多くの要素を取り込み、模倣体としての在り方を繰り返した結果、社会の〈内〉に閉じ込められるようになってしまった悲劇の人物でもあった。「すべてに成功したが、人生に失敗した」と彼が言うのは、結局は「逃げ切ることができなかった」自分へ向けての絶望にも近い何かであったのかもしれないと思う。そうすると、彼の模倣であれ、反対模倣であれ、様々な類似点を互いに提出し合うことで、より彼の思想の模倣は表現の模倣に先行し、目的の模倣が手段の模倣に先行してしまうという危惧を孕んでくる。それに対して、このTHE SERGE GAINSBOURG EXPERIENCEが対象として置くものは、模倣が人間の内側に留まるものではなく、外部へと開放の為の導線を仕掛けてゆくものであるということの証明をしようとするものである気もする。皆の内側に根付いた、セルジュ・ゲンスブールという幻像を引っ張り出し、現代性の文脈下でリアルに額縁におさめたという点は評価できる佳作だと思う。

(松浦達)

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