ハンネ・ヴァトネ

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HANNE VATNOEY

私は旅行しているような気分でプレイしたいの

去年、個人的にもっとも強く心に残ったアルバムはハンネ・ヴァトネの『Me And My Piano』だった。レヴューのほうでも書かせていただいたが、自分がポップ・ミュージックに求めるもののほとんどすべてが凝縮されたすばらしい作品だと思う(ちなみに彼女に強く影響を受けたアーティストを訊いたら、イモージェン・ヒープ、ケイト・ブッシュ、スザンヌ・アンド・ザ・マジカル・オーケストラの名を挙げて、妙に納得した)。このアルバムはリリースから数カ月が経った今日現在でも日本でしか発売されておらず、変に埋もれてしまうのは惜しすぎる才能である。彼女自身 "Colorful Spring"と称するその音楽は、これからの暖かくなってくる季節に聴くのにもぴったりだ。 

詳しくはインタヴュー本文を参照してほしいが、彼女の豊かなバック・グラウンドには驚かされるばかりだし、話を聞いているとノルウェーとは(文化事業的な意味において)なんてすばらしい国なのだろうと思わされる。以下は自身二度目の来日となった昨年11月に取材させていただいたもの(本当に遅くなってすいません...)。彼女はシャイでとても礼儀正しかったが、随所に見せるおてんばっぷりがいい味を出している。この取材のあとにライブもお邪魔させていただいたが、ノルウェーの若手技巧派ジャズ・ミュージシャンを従えてのパフォーマンスは活き活きとした楽曲も合間って迫力満点。チャーミングな面もつぎつぎ飛び出す微笑ましいひとときだった(ちなみに、そのときのようすはYouTubeなどでも観ることができる)。終演後、多くの手作り雑貨といっしょにハンネ・チョコと名付けられたキャラメル(!)を自ら物販していたのも印象的。音楽同様、頭からつま先までガーリッシュすぎる彼女の振る舞いを目にして、改めて虜にさせられたのであった。

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また日本に来てくれて嬉しいです!

ハンネ(以下H):ええ! どういたしまして。

アルバムにも「Take Me To Tokyo」なんて曲も収録されていますよね。前回の来日もあなたのほうから(来日したいと)大使館に手紙を送ったと聞いています。どうしてそんなに日本に思い入れがあるんですか?

H:うーんとね...(はにかみ笑い)、ある日思ったの! でも、その前の日はぜんぜんそんなこと考えてなかった。本当にあるとき突然ひらめいて! 深い意味はまったくなくて、本当にそのときそう思っただけ。

(笑)でも、(ベルゲンにある)ノルウェー教師アカデミーでアジア文化について学んでいるとも聞いてますけど。

H:そうね、私はそこの生徒で、修士論文も書いたわ。

凄いですね...。あなたといえばピアノです。ピアノとの出会いについて教えてもらえますか?

H:両親が音楽の幼稚園に4歳のときに連れていってくれたの。ふたりともピアノを弾くのよ。ギターもアコーディオンもね。それで私は6歳のときにピアノを始めたわ。

音楽一家で育ったんですね。最初のころは映画音楽の作曲家を志していたそうですけど、どうしてポップ・ミュージックの世界に足を踏み入れたんですか?

H:10歳か11歳くらいのときに作曲をはじめて...、映画音楽とかも好きだったの。音楽には必ずしも言葉が伴う必要があるわけじゃないでしょ? でも、曲を書き始めて、歌詞もつけてみて...とやっているうちに、自然と今のスタイルになったわ。

なるほど。ところで曲を聴いて、あなたにものすごくパワフルなイメージを抱いているんですが、小さいときってどんな感じだったんですか?

H:そうね。エネルギッシュでポジティブで...楽観的でいつも前向きだったわ。なにかやりたいことがあったら、かならず一生懸命にそれを成し遂げる努力をしていた。まずはとにかくやってみる。いつも、そうしているわ。弟が三人いるんだけど、彼らに勝つためにがんばっているの(笑)!

大学では演劇も学んで、ミュージカルで演奏したり、自作劇まで手掛けているそうですね。あなたの音楽にはミュージカル的というか視覚的な印象を強くもちました。

H:それってとても自然に出ていることだと思う。言葉だけで説明できないことも多いから、作曲で色づけして描いているってかんじね。

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ベルゲンはとても音楽に溢れた街だと聞いています。あなたにとってベルゲンはどんなところですか?

H:正確にいうと、ベルゲンから30分くらいのところで私は育ったの。あの街のことをとても愛しているわ。日本みたいに人が列にブワーって並ぶ感じじゃなくて、自由な雰囲気で、ストレートでダイレクトな人が多いわ。雨が多いけど、いつも笑っておもしろく過ごしているわ。オスローに住む人たちは他の国とか外部の音楽から影響を受けているみたいだけど、ベルゲンの人たちは自分がやりたいように音楽を作っているわね。文化がとても盛んだけど、20万くらいの人口しかない小さな街よ。

僕がベルゲンと聞いて、真っ先に連想するのはソンドレ・ラルケです。

H:彼もとても素晴らしいミュージシャンよね!

今回のあなたのアルバムも、ソンドレの近作(『Heartbeat Radio』)と同じカトー・アドランド(Kato adland)が手掛けています。彼のことについて教えてください。

H:彼は天才ね! 私を助けてくれるとても繊細でシャイな人で、ビジネスマンじゃなくて生粋のアーティスト。いろんなメロディや状況を作りだすのがうまいし、オリジナリティを生みだすのが上手ね。

そもそも、どこで知り合ったんですか?

H:何年も前に知り合ったの。二枚のEPをつくったあとに、自分の表現を定義づけてくれる人が必要だと思っていて。先にほかのプロデューサーが私を見つけてくれて、その人の紹介でカトーと「ハーイ!」って巡り会って。最初は共同プロデュースでっていう話だったんだけど、そのうちカトー単独でレコーディングすることになったわ。

多種多様な楽器の音がこのアルバムからは聞こえてきます。レコーディング時のエピソードについて教えてください。
 
H:...それがもう山ほどあるのよ(笑)。曲のいくつかは私の家で録ったの。車で移動して、地下にいくと古いピアノがあるんだけど、壊滅的にゴチャゴチャしているところで、カトーも床に座るしかないようなかんじ。外では土木工事が始まってパニックになったけど、チョコレートを持ってきて、ピアノのうえにキャンドルも点けて。そうしたら、ほどよい暗さもあいまっていいムードになったの! そこで目に映るのは私とピアノだけ。それで「Me And My Piano」って曲が完成! たとえばこういう感じね。

すばらしい(笑)!
 
H:「Silence Is The Key」にもエピソードがあるの。そのときはフィルハーモニーの楽団から13人来てたの。人数多いわねって感心してたらやっぱり余計に来ちゃってたみたいで(笑)。コントラバス、チェロ...って数えてたらチェリストがひとり多くて帰さなくちゃいけなくなったり。で、みんな静かに黙って待ってるんだけど、ほら、私って賑やかじゃない? もうー、なんか逆に緊張しちゃって。しかたなくマイクとか設定してたけど、手も震えるかんじ。しかも、カトーは忘れ物して取りに行かなくちゃいけなくなって、スタジオが使えるのはあと1時間! カトーは走って戻って、私は思わず「オー!」って叫んで、でもオーケストラの皆さんはシーンって大沈黙なまま(笑)。で、カトーが戻ってきたと思ったら、今度はスタジオの鍵を忘れてきたの! 次は私が慌てて戻ったら、道の途中でスタジオの人をたまたま見つけて、ようやくなんとかなったわ。結局すべてうまくいったけど、あの静けさはとても...とても耐えがたかったわね。

カトーはオシャベリなほうなんですか?

H:ノー。もちろん、話すことはできるけど、私が100個言葉をしゃべって、やっと一言口にするかんじね。

「In My Head」あたりに顕著ですけど、ひとつの曲に三つか四つぶんの曲のアイディアが詰め込められているようですよね。歌詞についてもそうですけど、曲作りで意識していることはありますか?

H:やりたいことをやっている感じね。つくった曲を自分で演奏するときに楽しみたいし。いつも同じだとつまんないでしょ。私は旅行しているような気分でプレイしたいの。ルールは一切なし。「1曲で3曲分作れるよ」って言ってくれる人もいるけど、とにかく特徴のある曲を作りたいの。
 
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Live at KOBE

どの楽曲も強い物語性が感じられます。曲について解説してもらってもいいですか?

H:オーケー。どの曲にもストーリーがあるのよ。まず「Hello」。誰かと会ったらふつう、こんにちは、はじめましてって挨拶するわよね。でも、特別好きな人に会うときはハローだけじゃなくて、もっといろいろなことを伝えたくなるわよね。でも、いい関係を保つために謙虚になる。そんな歌詞。「Running Guy」はチャーミングな男についての曲。ジョークが得意で、女の子に冗談を言ってその子の心を鷲掴みにするけど、すぐいなくなっちゃう。で、次の女の子にも同じ話をして、またなびかせて、すぐいなくなる。彼は遊び人で、女の子は犠牲になっちゃう。私はそういう男は嫌い(笑)。愛のゲームは複雑で、どんな場所でも勝者もいれば敗者もいるってことね。

(笑)

H:「Boo Boo」。夏に泳ぎに行ったふたりは特別な瞳をもっているの。水のなかで1秒間だけ見つめ合って、笑顔を浮かべる。そんな記憶がいつまでも残り続ける。「Silence Is The Key」。何かを解決するためにあれやらなきゃこれやらなきゃって走り回って。でも、ゆっくり座って一息ついてボーっとしているときに解決策が見つかることもあるわよね。「In My Head」は...私の頭のなかについて(笑)。頭のなかはロジカルなのに、それを話して伝えようとするとゴチャゴチャして、途端に論理的でなくなってしまうものよね。「Take Me To Tokyo」ね。とにかくここへ来てみたかったの(笑)。やりたいことをやりたかった。「When The Music Keeps Playin'」は音楽を聴くとあるイメージが浮かんで、その音楽に浸りたくなるの。「Oh La La」はチョコレートがほしいってことを歌ってるわ。すごくほしいの! 食べたいチョコレートをロッカーに隠しておいて、誰にも食べられないようにする。それくらい私はチョコ大好き(笑)! インスピレーションの大きな源になっているわ。「The Green Door」はオスローにあるドアについて。このドアはどんな人が通るんだろうって考えて、そこからどんどん想像を膨らませていくの。マイケル・ジャクソンやマドンナみたいな有名人もいるけど、名もなき人だってみんなそれぞれ物語をもっているわよね。でも、そういう物語は誰にも知られずに終わってしまう。「Captains Little Miss」は、女の子がキャプテンにキスしたい。ただそれだけの曲。「Hasta La Vista」はローマのスペイン階段で掃除をしている女性が、誰か私を連れ去ってくれないかなぁってロマンスを夢見ている。王女になって手を振るの。「また逢う日まで(Hasta La Vista)」ってね。

アルバムとライブで目指しているところが違う気がします。ライブで心がけていることについて教えてください。
 
H:レコーディングでは何カ月もかけて作り上げていくので、ムードが大事。ライブはどこにいるのかが大事。お客さんにインスピレーションや望みを与えて、音楽に浸って笑ってほしい。この経験を楽しんでほしい。ケーキを食べて感動するような感じでね。私は音楽をどんどん作りたいし、同じ時間を共有していきたい。CDはお土産のように持ち帰って家で聴いてほしい。でも、ベストはライブね!


2010年11月
取材、文/小熊俊哉
通訳/大沢知之



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ハンネ・ヴァトネ
『ミー・アンド・マイ・ピアノ』
(Production Dessinee)

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