グリフ・リース『ホテル・シャンプー』(Turnstile / Hostess)

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gruff_rhys.jpg 例えば、レディオヘッドは「移動」に伴って喪われてしまう感情や"人間的な、外枠"を「Let Down」という曲で表象したが、アーティストが全世界を対象にしたツアーや取材で疲弊して摩耗してしまうケースは少なくない。また、それがローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリンなどの場合だと行く先々のホテルでの乱痴気騒ぎが「ロック・バンドの神話」として増幅してしまうことになったりしたものだが、ウェールズが誇るオルタナティヴ・バンドのスーパー・ファーリー・アニマルズ(以下SFA)のフロントマンであるグリフ・リーズは疲弊にも乱痴気騒ぎにも振れず、15年以上に渡るツアー生活が「日常」と化した中で、訪れる場所でのホテルのアメニティ・グッズ(主に、シャンプーの小瓶)を収集することを楽しみにし、そのコレクションされたグッズと記憶をモティーフにして、ソロ・アルバムを作ることになったという経緯が興味深い。

 彼によると、ツアーを続けられることは"ラッキー"であると言っているから、元来のノマド体質なのだろうし、その体質がいつも音楽面でも良い波及効果を齎せているのは周知のことと思う。母体であるSFAにおけるサイケデリア、アシッド・フォーク、ソフト・ロック、トロピカリア時期のサウンド、カンタベリー・サウンド、バート・バカラックの手掛けた60年代の大文字のアメリカン・ポップスまでを渡り歩くスマートさと、常に「確信的なステイトメント」を作品の中に潜ませてきたそのセンスはこれまでも高い評価を得てきた。近年では、ブーム・ビップと組んだサイド・プロジェクトであるネオン・ネオンでのシンセ・ポップへのアプローチ、ゴリラズ『プラスティック・ビーチ』の客演でも存在感を示すなど多岐に渡った活動も目立っていたが、四年振りとなるソロ・ワーク三作目『Hotel Shampoo』では、彼の持つ音楽的な語彙の多さが如何なく発揮された懐の深いカラフルな作品になっている。ときに、サイケデリックに傾ぎ過ぎてしまうSFAでの"角"を矯め、トン・ゼーやフランク・ザッパが持っていたようなフットワークの軽さと絶妙なバランス感覚を活かしながら、肩の力の抜けたカジュアルな雰囲気が、心地良い。個人的には、SFA名義でのウェールズ語で作られた00年の『Mwng』辺りの柔らかな温度の人懐っこさを彷彿させるところもあり、過度にシリアスな表現や現実逃避としての音楽がシーンに溢れる中、マジカルな音楽そのものの底力を再定義するようなものになっているのが嬉しい。
 
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 ソロとしての前作『Candylion』の、リラックスした箱庭ポップも良かったが、今作はより拓かれた形でコンセプチュアルに焦点が絞られた構成になっており、FLOOR1(1~7曲目)、FLOOR2(8~13曲目)と分かれているように、"シャンプー・ホテル"のための架空のラウンジ・ミュージック的な側面がある。

 カモメの鳴き声とチューニングを合わせるラジオからザ・サークルの名曲「It Doesn't Matter Anymore」が聞こえて始まる冒頭の「Shark Ridden Waters」は美しいハーモニーと旧き良き時代の大文字のポップスが現代に再帰したかのような佳曲で、「最近のぼくは本当に空中に浮遊しているような気分なんだ」という歌詞とシンクする不思議な柔らかさがある。4曲目の「Vitamin K」、12曲目の「If We Were Words(We Would Rhyme)」でのとろけそうな甘美さにはアソシエーション、ハーパーズ・ビザール、サジタリアス、ミレニアム、フリー・デザイン辺りのソフト・ロックの遺伝子と往年のA&Mの作品の影響も垣間見えるし、それらを含めて、全体を通底するサウンド・メイキングにはエンニオ・モリコーネの映画音楽を想起させるメロウネスがあり、ときに微かな潮風と共にザ・ビーチ・ボーイズの香りもする。また、人によっては、ストリングスの挟み方にはヴァン・ダイク・パークスの影が見えるかもしれないし、ステレオラヴ、ハイ・ラマズ、オブ・モントリオール「以降」の如何にも現代的な音響工作が緻密に練られた作品群と近似する温度も感じられるかもしれない。

 そして、彼の人柄そのものが表れた優しい閃きに満ちたメロディーも今回は冴え渡っており、麗しい。勿論、従来通りのサイケなセンスや、隠喩と風刺に満ちた歌詞も耳に残るが、あくまで核たる部分は、オーケストラル・ポップの幻想的なサウンドスケープと、かつての共通言語だった時代のロック/ポップスの魔法を取り戻そうとするグリフの音楽愛への敬虔さだろう。派手さは決してないが、多くの人たちに届いてほしい芯の通った力作だと思う。

《ひとつの文を取り上げて それを繰り返してほしい 人魚のうたが聞こえるまで》(「Take A Sentence」)

(松浦達)

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