ブライト・アイズ『ザ・ピープルズ・キー』(Saddle Creek / Universal)

|

bright_eyes.jpg 「ブライト・アイズの新作が出た!」ってことで、僕がツイッターでフォロワーさんと交わした会話に「あの手コキの歌、好きですよ!」という言葉があった。僕はもちろん激しく同意。その歌は2004年に「Lua」と同時にリリースされたシングル「Take It Easy(Love Nothing)」のこと。"最初は手でやってもらって、その次は..."って、いきなり歌い出すあたりが素敵。この2曲は全米チャートで1位と2位を独占した。ブライト・アイズは当時、ブッシュ政権の再選を阻止することを目的とした"VOTE FOR CHANGE"ツアーに参加。スプリングスティーンやR.E.M.とステージを共にしているが結局、そのときはブッシュが再選を果たしている。ブライト・アイズはその直後、ブッシュ政権を批判する「When The President Talks To God」をiTunesからリリースした。手コキの歌のあとに、真摯なプロテスト・ソングで国家に楯突く。僕はその時からブライト・アイズを本気で好きになった。僕たちにとっては両方とも切実な問題だから。

 前作『CASSADAGA』がリリースされたのは、ブッシュ政権下の2007年。荘厳ともいえるオーケストラ・アレンジと緻密なリズム・アプローチ(ジョン・マッケンタイアも参加)が印象的だった。カントリー/フォーク・ミュージックを現代へと継承するソング・ライティングも本当に素晴らしかったけれど、かつてのような「叫び」は抑えられている。安定感のあるサウンドは、ブライト・アイズがコナー・オバーストのソロ・ユニットからバンドへと変貌したことを印象づけた。その後、ブライト・アイズはデビュー以来初めてコンスタントなリリースを休止し、コナー・オバーストのソロやモンスターズ・オブ・フォークとしての活動へと移ってゆく。そしてブッシュが表舞台から姿を消すまでに、僕たちは2年も待たされることになる。

 2009年のオバマ政権誕生から、さらに2年。ようやくブライト・アイズとしての新作が届けられた。タイトルの『THE PEOPLE'S KEY』とは、クラシックやポピュラー・ミュージックで"Gメジャー"を表す言葉だという。ギターやキーボードを持っている人は、ポロンと鳴らしてみよう。"人々のキー"と呼ばれる理由がわかるかもしれない。アルバムはSF調のスポークン・ワードに導かれて幕を開ける。燃え上がるジャングルのようなアートワークも意味深だ。バンドは前作と同様にコナー・オバースト、マイク・モギス、そしてネイト・ウォルコットを中心に編成されている。曲ごとにカーシヴやザ・フェイント、ナウ・イッツ・オーヴァーヘッドなどから、気心の知れた仲間たちが参加。サウンドは前作よりもシンプルでタイトだ。カントリー/フォーク・ミュージックへと連なるフィーリングは希薄で、ミュートを効かせたギターのカッティングとシンセはむしろニュー・ウェーヴっぽくもある。そして震えるようなあの叫びは、ひと言ひと言を噛みしめる強い歌声へと完全に生まれ変わっている。

 その歌声には、古代の神話、近未来のヴィジョン、ヒトラーとエヴァ・ブラウン、そしてラスタファリアニズム(!)などの象徴的なキーワードがたくさん散りばめられている。特にラスタファリアニズムからの引用が興味深い。「Firewall」では、"Lions Of Judah"や"I And I"という言葉が使われ、「Haile Selassie(ハイレ・セラシエ)」というタイトルの曲もある。でも、不思議なことにサウンドとしてレゲエを取り入れたアプローチの曲はひとつもない。

 エチオピアには、「アフリカをひとつにするのは、黒人の王が即位する時だ」という予言どおりに、ハイレ・セラシエ1世が皇帝に即位したという歴史がある。ラスタファリアニズムの起源となったエピソードだ。その姿をバラク・オバマの登場になぞらえているって思うのは、深読みのしすぎかな。それでも僕はこのアルバムを聞いた後に、ボブ・マーリィの「Redemption Song」を思い出した。アコースティック・バラードとして永遠ともいえる力強さを持った名曲だ。前半では搾取されてきた人々の歴史が歌われ、後半では現代の核兵器を中心とする軍事的な科学へ懐疑的な眼差しが向けられている。過去と未来の真ん中に立った人々の歌だ。それは2011年の今、この世界そのものでもある。そしてブライト・アイズは「A Machine Spiritual (In The People's Key)」(Gメジャーの機械霊歌)で、こんなふうに歌っている。

《歴史がお辞儀をして、脇にどいた/ジャングルの中には紫の光の円柱がある/僕たちはやり直すんだ》

 少しだけ時は流れた。残念ながらもう手コキの歌はないけれど、ブライト・アイズが帰ってきた。きっかけは外国人の違法滞在を取り締まるアリゾナ州法SB1070号への抗議団体"THE SOUND STRIKE"の結成だった。異議を唱えよう。そしてまた、前へ進もう。僕は今、ギターを抱えて"人々のキー"を鳴らしてみる。「Redemption Song」もGメジャーだった。

(犬飼一郎)

*日本盤は3月2日リリース予定です。【編集部追記】

retweet