エスベン・アンド・ザ・ウィッチ『ヴァイオレット・クライズ』(Matador / Hostess)

|

esben_and_the_witch.jpg 08年にイギリスのブライトンで結成されたエスベン・アンド・ザ・ウィッチ(Esben And The Witch)。よくもこんな素晴らしいファースト・アルバムを作り上げたものだ。ブライトンだからといって、ファットボーイ・スリムのような陽気でハッピーな音ではない。「ナイトメア・ポップ」なる新語で呼ばれているだけあって、どこまでも深い闇に引きずり込まれそうな音だ。レイチェルの呪術的なヴォーカル、シューゲイザーを思わせる轟音、ミニマルかつ鋭利なビート。人によってはダーク・エレ・ポップと形容したくなるようなところもある。だが、『Violet Cries』においては「ギターの音」といったものを超越していて、すべては『Violet Cries』というひとつの巨大な世界のための音となっている。つまり、すべての音が「楽器」という体から幽体離脱し、『Violet Cries』の匂いや風景として機能しているのだ。はっきり言って、『Violet Cries』に収録されている音を「音」という言葉で表現することにすら、僕は抵抗を感じる。それくらい『Violet Cries』は世界として強く存在しており、ユートピア的ですらある。

「インダストリアルは空にキスする代わりに、宇宙の裂け目を覗き込んだということだった。インダストリアルはさかさまになったサイケデリア、ひとつの長く不快なトリップなのだ」

 これはサイモン・レイノルズ(『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984』の著者)の言葉だが、「インダストリアル」の箇所を『Violet Cries』に置き換えれば、まさしくその通りだ。『Violet Cries』は聴いていて気持ち良くなる音楽ではない。徐々にフェードインしてくる「Argyria」から始まり、MVのメンバー同様聴く者もボロボロになっていく「Marching Song」。そして、3曲目の「Marine Fields Glow」以降になると、周りの景色はがらりと変わっている。そこは暗く雑音だらけの美しい世界。まるでそれは、この世において負とされるものだけで構成されているような世界だ。しかし、僕にとってその世界は清々しく痛快ですらある。それはなぜか?

「吐き気をもよおす非道......いまここで公的資金が、われわれの社会の倫理性を破壊するために浪費されている。この者たちは文明の破壊者だ!」

 また引用になってしまうが、これは76年10月、ロンドンのインスティテュート・オブ・コンテンポラリー・アート(ICA)にて行われた展覧会「プロスティテューション」を糾弾した際に、保守党議員二コラス・フェアバーンが吐いた言葉だ。『Violet Cries』はこの世に存在する倫理が及ばない場所で鳴っているし、だからこそ普段我々が生きているこの世界の景色を変え、常識や価値観を混乱させる力が宿っている。僕はこうした価値観が更新される瞬間の痛快さとスピードが大好きだし、たくさんの音楽を聴ける(「たくさんの音楽を聴いている」ではダメだし、それは嘘になる)ようになったのもだからだと思う。

 エスベン・アンド・ザ・ウィッチを語る際に引用されるバンドはスージー・アンド・ザ・バンシーズやザ・キュアーが多いみたいだけど、僕はスロッビング・グリッスルの精神を感じた。

 僕がこの世に生まれて初めて聴いた音楽はポストパンクだった。特に祖母に教わったスロッビング・グリッスルが大好きで、というのも、よく幼稚園の送り迎えの車内で曲が流れていたし、『20 Jazz Funk Greats』が家で流れた日は、決まって親父とお袋がセックスをしていたからだ。そのせいもあって、スロッビング・グリッスルを多く聴いていた。もちろんそれだけがスロッビング・グリッスルを好きな理由じゃない。一番の理由は、スロッビング・グリッスルの音楽は本能に訴えかけてくる究極のボディ・ミュージックだからだ。メロディやコードなどのありとあらゆる音楽性を排除し、トランス状態の恍惚へと誘ってくれる。これは現在のダンス・ミュージックと似ている方法論だが、スロッビング・グリッスルの精神を「チル・アウト」という形で表現したのがThe KLFであり、現在の音楽シーンにも「言葉とアイディアがたくさん詰まっているもの」という意味において、スロッビング・グリッスルやThe KLFの影響下にあるバンドやアーティストが多いと言える(たとえ意識していなくとも)。
 
 エスベン・アンド・ザ・ウィッチもそうした影響下にあるバンドだと思う。ただ、『Violet Cries』がスロッビング・グリッスルをまんまやっただけなら、僕もこうしてレビューを書きたいとは思わない。エスベン・アンド・ザ・ウィッチは、スロッビング・グリッスルの精神と音楽性(技術や音楽的教養という意味)の折衷に挑んでいるし、『Violet Cries』でもそれは成功していると思う。特に「Eumenides」は最高の成功例だ。数年前にあったポストパンク・リヴァイバルなるものは、結局ポストパンクのスタイルだけを真似たもので、音楽的には張子の虎だった。しかし、エスベン・アンド・ザ・ウィッチは「ポップとしてのポストパンク」の魅力に気付き、それを人々が共有できるアンセムとしても機能する形で表現できた数少ないバンドではないだろうか。ちなみに、僕は「数少ないバンド」のなかにハーツも含んでいるんだけど、エスベン・アンド・ザ・ウィッチとハーツ共にカイリー・ミノーグ「Confide In Me」をよくライヴで披露する。これも面白い偶然だと思う。

(近藤真弥)

*日本盤は2月23日リリース予定です。【編集部追記】

retweet