ザ・ピロウズ『Horn Again』(Avex Trax)

|

pillows.jpg 今年結成22周年を迎えるザ・ピロウズの、フル・アルバムとしては17枚目の作品となる『HORN AGAIN』。

 長年その活動を一人のファンとして追いかけているアーティストの新作を待つときの気持ちは、期待と不安が入り交じっていつも複雑であると僕は思う。それはデビュー・アルバムが最高だったときに感じるような、未来の次回作に対するまなざしに込めてしまう、非常に余計でちょっと失礼な気持ちに似ている。"待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね"と言ったのは太宰治だけど、きっとアーティストもそういった気持ちを皆持っているのではないかな、と想像する。

 本題に入ろう。ピロウズのファンなら誰しもが知っていることだろうと思うが、ピロウズは一昨年の結成20年を迎えた時に初の武道館公演を成功させた。一般的に見れば、よくあるバンドの成長の過程の一部として映るだろう。しかし、これはもう少し前のピロウズを見ていた人からすれば信じられない事態だったのだ(もちろんいつか...とは信じていたけど)!

 ピロウズ魅力のうちの1つに、ソングライターである山中さわおのアイデンティティから伝わってくるメイン・ストリームに対する葛藤、そしてそれと背中合わせにある本流への羨望に近い感情を含みつつも、バンドの信念を貫き通すという姿勢があったと思う。そんなピロウズが武道館公演を行い、セールス的にも波にのってきた...。これはファンとしては嬉しいことこの上ないのだが、いったいこの先のピロウズはどう進んでいくだろうか...という気持ちが沸き上がったのも事実であったように思う。

 そんななか発売された、今作『Horn Again』である。少し昔のような葛藤や絶望をを躍進力にへと昇華するような、魅力的な危うさを持った雰囲気というよりも、シンプルなバンドの好調さからにじみ出てくるような勢いを感じるアルバムだ。ピロウズの十八番とも言える特徴あるビートとポップさとシニカルさを持ち合わせた楽曲に加え、もうひとつのピロウズの武器であるスローテンポなリズムに山中さわおの語りに近いメロディを乗せた「Brilliant Crown」のような重心の低い曲。アルバム全体を通して王道オルタナティブ! と呼べるシンプルに歪んだギターサウンドに、シンプルなビート。そこに乗せられるポップなメロディ。そして、そのポップさに酔っている所へ鋭く切り込んでくる山中さわおの暗くシニカルでセンチメンタルな歌詞。なんだ、間違いなくいつものピロウズじゃないか!! と,つい叫びたくなってしまう。

 アルバムの冒頭を飾る「Limp Tommorow」で山中さわおは《欠けたままでいたいのさ 満ち足りないまま》と歌っている。武道館を一定の成功の条件として見るというのはまた別の問題だと思うけど、少なくともピロウズは"売れていないけど良いバンド"を越えた次のステージに移ったと思う。ファンとしてはあんたすごいよ! と肩を叩きたくなってしまう。でもそんな中、堂々と新譜の一曲目でこの歌詞を歌ってしまうこの感じ! 絶望や葛藤、希望ってある意味とても入り込みやすい感情だと思う。だからこそ絶望や希望と戦ってきたピロウズを見ていると、すごい身近に感じ、勇気をもらったような気持ちになる。そんなピロウズの成功する姿を見て、ちょっとほっとしている自分がいる。でも、ふと気が付けばまたこうやって良い意味で突き放されている(笑)。

 このアルバムの姿勢を見ればピロウズはバンドとして武道館(つまりはセールス的な成功といった意味合いも含めて)を経ても、山中さわおがよく使う言葉を用いれば"ロッカー"としていつまでも、何が起ころうと健在であるんだなということを確信できた。よくあるセールスに対するファンの杞憂を、何事も無かったように流すのではなく、受け止め、そしてもう一度バンドの姿勢、メンタリティを提示してくれたアルバムだと思う。僕は疑ったことを反省した。

 先行シングル「Movement」が発売されたときのライブで山中さわおは、この新曲を演奏する前に、「この歳になっても、良い曲ができると自分でもとても嬉しい!」と笑顔で語っていた。そして「Biography」という曲は《誰にどんな事を言われてもいい キミ自身がどう在りたいかだ》という歌詞で締めくくられている。

 自分がどんなに変わってしまっても、ピロウズは変わらずにいてくれる。そして、聞き手としての在りかたを自分で決めさせてくれる。待つ身として、こんなに嬉しいことはない。

(陰山ちひろ)

retweet