HERCULES & LOVE AFFAIR『Blue Songs』(Moshi Moshi)

|

hercules&love_affair.jpg 「ダンシング・ゾーン・コンセプト」
 
 これは、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアの中心人物であるアンディ・バトラーが唱えたものだ。以降の引用は、彼等彼女達がガーディアンの取材に応じた際に発言したもの。最初にこのコンセプトの一端を語るのは、メンバーのひとりであるキム・アン。

「私達の政治的企みは、否応なしに踊らせること」
 
 そしてこれは、アンディ・バトラーの発言。

「僕は人々の踊ることができる公共の場を作りたい。人々がいる場所で踊ることが重要なんだ」
 
 これは妄想でもなんでもなく、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアは本気で全人類を踊らせることを目指している。
 
 前作『Hercules & Love Affair』は各方面で絶賛された(特にピッチフォークの興奮度は半端なかったと記憶している)。アントニー・ヘガティが言うところの「世界最高のクラブには、最高のセックスとドラッグがあった」ということだ。『Hercules & Love Affair』にもこのふたつがあったし、だからこそ玄人ハウス・リスナーからも評価されたんだと思う。発売されているクッキーシーンのムックでも書いたけど、『Hercules & Love Affair』にはディスコの歴史が詰まっている。具体的に言えば80年代の、「パラダイス・ガラージ」や「セイント」がもっとも隆盛だった時代だ。もちろんヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアは「今」の存在だから、単なるノスタルジーでディスコを鳴らしたわけじゃない。でなければ、ディスコであれだけの強度を持った政治性と音楽性をできるはずもない。ディスコというのはハッピーな煌びやかさ(というイメージ)とは裏腹に、歴史的にはナイーヴなものを内在していて傷つきやすいものだ。ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアの凄いところは、美しいが脆さと儚さもあるディスコという音楽で、あれだけの政治的強度を持った音を鳴らすという矛盾によって評価されたところ。そして、そうした矛盾を孕んだまま評価されたことが、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアを「今」という存在にしている大きな要因のひとつであるのは間違いない。

『Blue Songs』では、前作の作風に90年代前半のNYハウスシーンを混ぜた曲が多い。特に「Falling」以降は「It's Alright」以外ジュニア・ヴァスケスのようなハード・ハウスの要素が見え隠れする(少なくとも「Get Your Hands Off My Man」が聴きたくなるくらいには)。ストリングスがハイなグルーヴを生み出す「Painted Eyes」や、前作に入っていてもおかしくない「My House」「Answers Come in Dreams」「Leonora」にはアクが強い卑猥な部分も残っているが、KLF『Chill Out』を思わせる「Blue Songs」などに代表されるように、いままで以上にダンス・ミュージックのアーカイヴを掘り下げつつも、新たな音楽性を開拓しようと果敢に挑戦しているし、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェア流アコースティック・ソングな「Boy Blue」もあり、ムードに統一感がないぶんバラエティ豊かな内容となっている。一番印象的なのは、すごく流れを意識した曲順になっていることだ。「Painted Eyes」「My House」「Answers Come in Dreams」「Leonora」は前作の延長線上にあり、「Boy Blue」「Blue Songs」がブリッジになって、「Falling」以降でまたアゲる。そして最後は、ロマンティックに「It's Alright」で『Blue Songs』は幕を閉じる。それはまるで、クラブでの一夜を再現しているようだ。おそらく、エロティシズムの次は、非日常の馬鹿騒ぎを取り戻すということなのだろう。

 ゼロ年代に入ると、ダンス・ミュージックは生活のBGMとして機能させることを目指し始める。つまり、日常に寄り添ったものが求められていた。ダフトパンクを筆頭に、アンダーワールドやケミカルブラザーズはポップ・ソングとしての強度を持たせることで。レモンジェリーやロイクソップなどの所謂「ラウンジ」と呼ばれていたものは、アンビエントの思想を参照にしてダンス・ミュージックを鳴らしていた。それぞれ方法論は異なるが、日常にダンス・ミュージックを根付かせようという共通点の元にシーンは動いていた。だがもちろん、ダンス・ミュージックに非日常を求める人が居なくなったわけではない。こうした人々は(アーティストやリスナー全部含めて)、アンダーグラウンドに潜伏していった(蛇足だが、モービー『Hotel』は当時のダンス・ミュージック・シーンの状況を知るサンプルのひとつとしては面白いアルバムだ)。そこでの熱狂が表立って出てきたのが、ニュー・ディスコでありダブステップなんだと思う。

『Hercules & Love Affair』が革命前夜に鳴らされた秘密の乱交パーティーだとしたら、『Blue Songs』とはヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアにとっての始まりである。前述したアクが強い卑猥な部分が薄まった代わりに、より幅広くリスナーを獲得しようとする冒険心が窺える。アンダーグラウンドのエッジを保ったまま広い場所へ出て行くということを、音楽が「趣味」へと向かっている時代にやろうとしているのだ。そう、初期のニュー・オーダーがそうであったように。ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアは、アンダーグラウンドの熱狂を携えながら、政治的な主張と思想でもって大衆を踊らせようとする確信犯であり、ただの愉快犯ではないことを力強く証明しているのが『Blue Songs』というアルバムだ。
 
 ちなみに、「It's Alright」はスターリング・ヴォイドというアーティストが生み出したハウス・クラシックで、ペット・ショップ ・ボーイズがカヴァーしたことでも知られている。そして、この曲の歌詞にはこんな一節がある。

《Cause The Music Plays Forever》

 こうした一節を持つ曲をカヴァーするところに、ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアの明確な志の高さが垣間見れる。

(近藤真弥)

retweet