ねごと「カロン」CDS(Kioon)

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negoto_k.jpg 結論から言うと、2011年の飛躍を確信させるには十分過ぎるシングルとなっている。まず「カロン」は、ねごとがグルーヴと確かな音楽的力量で勝負ができるバンドであることを証明している曲だ。当初4つ打ちだったこの曲はしかし、音楽的野心と遊び心溢れる面白い曲になっている。それは「初めて人に聴いてもらう、聴いてもらいたいという思いで制作とりかかった曲」だからかも知れない。確かに聴いていても試行錯誤の跡が窺えるし、この曲の完成に至るまでの道のりがドキュメントとしてしっかり曲になって表現されている。未だに、ノリがある曲を作るときは安易な4つ打ちに頼るバンドが多いなか、音楽的進化を目指しながらもポップ・ソングとしてリスナーを意識した曲を作り上げる才能は凄いとしか言いようがないし、メンバーはソニック・ユースやフィッシュマンズなどが好きらしいけど、実際はもっといろんな音楽を幅広く聴いていて、それらを上手く咀嚼する能力にも長けている。そこにロック的なヒリヒリとした不協和音や脱線も隠されているし、この要素がねごとの個性としてしっかりアピールされている。

 それとやはり歌詞も重要だ。音楽評論家のなかには、極論として「音楽は音を楽しむものだから歌詞なんて必要ない」という方もいるが、声も楽器として捉えている僕からすれば、歌詞は重要な要素のひとつだ(もちろんインストものも好きだが)。というのも、五十音ひとつひとつにしても違う音なわけで、それらを組み合わせて「歌詞」という形にするのも立派な「音楽的行為」のはずだ。つまり、音楽とは言葉であり、言葉はそれ自体にメロディというものを内包している。その「言葉という音」から聴く者が感じたことも、立派な言葉であり音だ。

 そういう意味では、「カロン」における蒼山幸子の歌詞も制作当時の空気や感情が上手く反映されていて素晴らしい。意識的なのか無意識なのかは分からないが、バンド全体のスキルと共に、蒼山幸子の言葉選びのセンスも一段上のレベルに達した印象だ。『Hello!"Z"』に収録されていた曲群よりも抽象度は下がってより具体的になってはいるが、「ここではないどこか」を描いたような世界観は変わっていない。分かりやすい方向性の変化や深化はないが、前述した「初めて人に聴いてもらう、聴いてもらいたい」ということを意識しての歌詞としては好感が持てる。それと「フレンズ」の「ぼくらは間違えない」という不敵な? 言葉も好きだ。蒼山幸子は、言葉で音楽を作ることができる才能があると思う。

 それにしても、ファーストシングルの時点でここまでバンドのグルーヴを完成させて披露してくるなんて思いもしなかった。しかも「カロン」は本来『Hello!"Z"』に収録されるはずだったことを考えると、「カロン」での進化は偶然ではなく元々持っていた素質による必然だということだ。間違いなく、ねごとは日本のロック・シーンのポールポジションの一角を占めている。

(近藤真弥)

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