クリストファー・コンリー/マサフミ・イソベ/マシュー・プライアー 『スリー・ウェイ・スプリット』(Inya Face)

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 毎日忙しい。慌しく朝起きて、駆けるように駅へ向かい、満員電車で仕事へ。この会社で私はどれほど貢献出来ているのだろうか、誰かに必要とされているのだろうか、なんてことを考える暇もなく、あれこれ雑務を片付けたらもう夜だ。そしてとぼとぼと帰路につく。これが昔思い描いていた「大人」なのかなぁなどと思いながら。そんな日々を過ごしているのは、きっと私だけではないでしょう。そしてそんな日々に必要なのは、きっとこんな音楽でしょう。じんわりと心があったまるような。急いで歩くスピードを少し緩めて、一緒に口ずさみたくなるような。

 日米3人のヴォーカリストによるこのアコースティック・スプリットは、名前だけではピンと来ない人も多いかもしれないけれど、よく知っている人からしたら「待ってました!」という組み合わせ。日本で共演したこともあったり何かと縁のある3人は、バンドで出している音はエモやパンクに分類されているけれど、以前からバンドとは別にアコースティックでのライブを行ったり、作品を作ったりといった活動を続けてきた。そんな共通点の多い彼らがひとつの作品を作ったというだけではなくて、お互いの曲をカバーしあっているっていうのがこのスプリットの素敵なところ。同じ時代に同じシーンで音を鳴らしてきたいわば同志のような3人が、お互いの曲をチョイスしアレンジし個性たっぷりに表現した楽曲はまるで友情の証のようで、しっかりとした繋がりや想いが温度を持ってちゃんとこちらに伝わってくるのが嬉しい。

 最初に歌い出すのはセイヴズ・ザ・デイのクリス・コンリー。1曲目の「Let It All Go」はツアーのみでリリースされているデジタルEP(彼らのショウでダウンロードカードを入手できるそう)にも収録されているセイヴズ・ザ・デイの新曲(myspaceで動画も見られます)。透き通るようなハイトーンは、優しくてすがすがしくて冬の晴れた空にとてもよく似合って、トップバッターの役割を見事に果たしている。セイヴズ・ザ・デイで聴かせてくれる真っ直ぐさそのままに、ひたむきでさわやかにこちらに届く彼の歌には、メンバーチェンジを繰り返しながらも止まることなく歌い続けるというクリスの意志が込められているようだ。聴く人を切なくさせるクリアな歌声の中にはそんな強さも垣間見える。彼がカヴァーしたのはゲット・アップ・キッズでもニュー・アムステルダムスでもなく、マットのソロアルバムからのタイトルトラック(何てニクい選曲!)。ハスキング・ビーからは初期の名曲「Sun Myself」を。どちらもクリスらしいストレートなカヴァーに仕上がっている。

 二番手はハスキング・ビー、マーズ・リトミックを経てソロとしての活動を始めたイッソンこと磯部正文。クリスとはうって変わってちょっとハスキーだけれど奥に熱さを秘めた声にグッとくる。作品中唯一の日本語で歌われる「Have A Nice Day」は、独特なイッソンワードが耳に残る新曲。彼の詞にはいつでもさりげない風景が織り込まれていて、空の色や雲の行方、風の声や花の色、そんな普段見過ごしている何気ないけれど美しい景色をふと思い出させてくれる。現在は磯辺正文BANDとして最強なメンツでのライブも行っているけれど、不定期的に行っている弾き語りライブがこれまた最高に楽しくて幸せで素晴らしいのだ。歌は言葉になるし、気持ちは伝わるし、嬉しくても楽しくても涙は流れるし、素敵な時間はずっと忘れないっていうことを、心から実感出来る濃密な時間。歌が共通言語となり、コミュニケーションツールとなり、そこにいる誰もが歌によって繋がっていく感覚を全身で感じることが出来る。自身の曲だけでなく奥田民生やイースタン・ユース、ビートルズやもちろんゲット・アップ・キッズも、好きな曲なら何でも(時にはお客さんからリクエストを募ったりしながら)歌ってしまう彼を見ていると、歌うことを心底楽しんでるのがたっぷり伝わって、それが聴く人を自然と笑顔にする。その楽しさはこの作品に収録された軽快な3曲からも溢れ出ている。

 トリを飾るのはゲット・アップ・キッズのマット・プライアー。第一声から吸い込まれてしまいそうなほど美しく、深く、生々しく、でもさりげない。ギターの音を極力抑え、マットのヴォーカルがより際立つようなバランスになっていて、まるで隣で自分に歌ってくれているのかと錯覚するほど。ギター1本あれば、そして彼の声があれば、それだけで私たちを深く深く包み込んで、彼の景色の中へと誘なってくれる。とてもプライヴェートな空間で奏でられているような、自分の傍に寄り添ってくれているような彼の音楽は、ずっと変わらずに家族や故郷を大切にしてきた彼の生き方そのもののようだ。虚構ではなく、いつでも手の届くところに存在している。長いこと彼の歌を聴き続けてきたけれど、この人は本当に凄い歌い手なのだとつくづく思わされる。彼の声にはきっと魔法がかかっているに違いない。マットがカヴァーしたのはセイヴズ・ザ・デイの「Freakish」とハスキング・ビーの大名曲「Walk」。どちらもマットの世界観で新しく生まれ変わって、また改めて原曲の素晴らしさに立ち返ることが出来る。ゲット・アップ・キッズとしては2009年に再始動、現在は新作ツアーの真っ最中。バンドとはまったく違う表現方法だけれど、もともとゲット・アップ・キッズ活動初期からアコースティックユニットのニュー・アムステルダムスを続けており、このスタイルはファンにもお馴染みであるし彼にとってもライフワークのひとつ。音楽活動のキャリアも長くなり、私生活では3人の子供の父親となって、彼自身の成熟した面(といってもまだ30代前半だけど!)が少しずつ音に滲み出ているのが感じられる素晴らしい3曲。
 
 メタルが好きでパンクが好きでハードコアが好きで、若い頃はウルさければウルさいほど、速ければ速いほど、重ければ重いほど良かった(もちろん今でも大好きです)。アコースティックなんてツマラナイって思っていた時期すらあったのに、今ではこの作品を繰り返し繰り返し聴くほどに、ウルさくて重いのとは対極にあるこのシンプルな音に魅了されている。これがもし、年を重ねたことによる変化なのだとしたら、「大人」になるってことも悪くないもんだ、と思える。素晴らしいアコースティックサウンドを聴かせてくれている彼らも、スタートはパンクだったというところもなんだか興味深い。

 忙しい毎日の中に、本当に心を預けられる何かがあるということ。それが恋人や家族でも、好きな音楽でも、何かひとつでもそういうものがあるなら、それはとても幸せなことだと日々思う。音楽を聴くために少し立ち止まったって、人生からおいていかれるわけじゃない。またひとつ生涯の友となるような作品と出会えた嬉しさは、大人になっても変わらない。だから明日もまた慌しく忙しい日常を駆けていくのだ、好きな歌を口ずさみながら。
 

*嬉しいことにこの3人によるアコースティックライブが東京で開催されることが決定しました! マットもクリスもソロでの来日は初となるうえ、とても距離感の近い会場で行われるので、彼らの歌をじっくり堪能できるはず。彼らの歌声が持つ力を一人でも多くの人に体感してほしいと思います。【筆者追記】

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