磯部正文『Sign In To Disobey』(Toy's Factory)

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 例えば恋愛において、長いこと友人関係だった人が恋愛対象に変わる、ということがある。ずっと知り合い程度だった人と時間が経ってから付き合うことになった、ということもある。相手の見方が変わるようなきっかけがあったり、長い時間をかけてその人の良さに気付いたり、様々な偶然やめぐり合わせがあって「ただの友人」や「単なる知り合い」から、いつしか「大切な存在」に変わる...らしい。残念ながらこれまでの経験上そのようなことはなかったので、そんな話を聞いても何のリアリティも感じなかった。が、ついに私にもそんなお相手が現れた。

 その人こそ、イッソンこと磯部正文。出会いは10年以上前になる。ハスキング・ビーの1stから良く知っていたはずで、見に行ったライブやフェスに出演していたり、ゲット・アップ・キッズやジミー・イート・ワールドと共演していたり、当時レコード店で働いていた私は彼らの新譜を漏らさず聴いていたし、見る機会も聴く機会も多くて、本当はとてもとても近くにいた。音楽性が徐々に変化していったことも、メンバーが4人になった時のことも、早くから「エモ」と呼ばれていたことも、日本語の歌詞が増えていったことも、解散後のそれぞれの活動も、とてもよく知っていた。はずなのに、なんとなく近くを通り過ぎながら「単なる知り合い」状態をずっと続けて来た。

 イッソン(と、あえて呼ばせていただきます)の音楽を、ちゃんと、もう一度聴いてみよう、という熱が高まり始めたのが今年のこと。彼がハスキンの後に組んだマーズ・リトミックが活動休止すると知り、いつもなんとなく近くで音楽を鳴らしていた彼がまたひとつの決断をしたことが気にかかっていた。並行してバンドの休止前から不定期的に一人での弾き語りライブを続けていて、会場では宅録したCDを売っていたりと、音楽と離れることなく活動していることに安心もした。けれど、いつでも近くにいるわけじゃないのだ。とにかく彼の歌を聴きに行かなくちゃ。活動の形がどう変わっても、彼の歌う姿を見に行かなくちゃ。日に日にその想いは強くなっていった。

 私にとってそんな絶妙なタイミングでリリースされた本作は、磯部正文ソロ名義での第1作。きっとハスキン後期~マーズ・リトミック、一人弾き語り等々の流れを汲んだ音なのだろうと勝手に想像していたけれど、その予想はまるで的外れで、またそれは嬉しい外れ具合だった。まるでおもちゃ箱を開けたように、ポップでカラフルで前向きでまっすぐ。疾走感溢れる楽曲に彼の声とギターが加われば思わず懐かしさが込み上げるけど、そこへ新しいリズムを土台に、キーボードが重なり、アコギが重なり、歌声は様々に表情を変え、懐かしさだけじゃない「今」の音へと繋がってゆく。しっかりと過去と今が結びついて大きな広がりを持ったサウンドは、「鳴っていることこそが全て」といわんばかりの爽快な気持ちよさがあって、そこには何の思惑も衒いもなくて、彼の音楽を通り過ぎて来てしまった私の長年の後悔も軽く吹き飛ばしてしまった。これまでと違うことをやらなきゃいけないとか、あるいはこれまでと違いすぎることをやっちゃいけないとか、そういうしがらみが一切無く、なにか吹っ切れたようなすがすがしさと、ソロ名義ではあるけれど新しいバンドを思いっきり楽しんでいるようなワクワク感が伝わって来る。「Sound in the glow」や「花の咲く日々に」、「Spontaneous」のサビで聴かせるハイトーンはイッソンそのものだし、2ビートで駆け抜ける「Paper airplane」や「Magic scene」のような曲を待ってた人はきっと多いだろう。加えて英詞が多いことも昔を連想させるけど、歌詞に描かれた空や風や花や鳥たちはいつでもイッソンが歌って来たこと。彼らしい独特の目線と言葉選びはいつだって変わらない。手書きの歌詞カードも。

 プロデューサーを務めたのは元ビート・クルセイダーズ/現モノブライトのヒダカトオル。彼流のポップさを散りばめながらも、前面に打ち出されているのはイッソン節ともいえるメロディーと変わらぬギターサウンド。そこへ、會田茂一(ex.エルマロ/髭(HiGE))、田渕ひさ子(ブラッドサースティー・ブッチャーズ)、原直央(アスパラガス)、中尾憲太郎(ex.ナンバーガール)、戸川琢磨(カムバックマイドーターズ)、有松益男(ポンティアックス)、伊地知潔(アジアンカンフージェネレーション)、柏倉隆史(toe)、恒岡章(キュビズモグラフィコファイヴ)といった現在の日本の音楽シーンに欠かせない個性溢れる面々とバンドサウンドを作り上げていくことで、イッソンらしさと新しさが見事に同居した作品となった。特に印象的なのはキーボード/シンセが自由自在に彩りを添えていること。ほぼ全曲でキーボードを担当しているシモリョーこと下村亮介(シェフクックスミー)は、元々彼の大ファンで終演後にサインをもらいに行くほどだったというから、プラスに作用しないわけがない。(ちなみにソロでライブを行う際のバンド「磯部正文BAND」でもキーボードを担当しており、とにかく嬉しそうにはしゃぎながら演奏してるのが最高です。)

 ハスキング・ビーというバンドがファンやミュージシャンにとても愛されていたこと、今でも彼らの曲を大事に思っている人がたくさんいることをよく知っている。バンドが変化していく時、知らないどこかへ行ってしまうような不安感に駆られることや、好きだったバンドが解散し新しく個々の活動が始まる時、かつての音と似ているものを聴きたくない、けれどかけ離れてしまうのは淋しい、という気持ちがごちゃまぜになることもよく知っている。ハスキンの音楽性は、いわゆる「メロコア」と呼ばれていたものから、テンポを落とし、日本語が増え、叙情的であったり、日本的であったり、時に切なかったり暖かかったり、と変化を遂げていった。その変化の渦中にあった曲「後に跡」が印象的で、私はその曲を幾度となく思い出しては、その大胆な楽曲の変化と言葉遊びのような歌詞の面白さに魅了され、「どう変わったか」よりも「新たな方向性を打ち出したこと」にハスキンというバンドの強い意志みたいなものを感じた。彼らの軌跡はとても実直で不器用にも思えたけれど、それが彼らが愛された最大の理由だとも思っている。きっとあの大きな変化を受け入れられなかったファンもいただろうし、変化の後に好きになったという人もいるだろう。それはどんなバンドにも起こりうることで、変化の前と後に線を引いてしまうのもよくあること。けれど本当は線引きなど出来はしない。いつだって音の中にはその人の全てが、例え隠れていようとも存在している。この作品はイッソンのどの時代も全て入った、「これまで」と「これから」がとても肯定的に結びついた作品だ。「これまで」を隠すことなく盛り込んで、その音全てが「これから」の未来に向いている。だから懐かしくもあり新しくもあり、とてもすがすがしいのだ。

 彼の今の音楽との付き合い方、リスナーとの距離感や信頼関係、「これまで」と「これから」の音楽活動に対する思いを最も象徴している「符思議なチャイム」は、このアルバムの要と言えると思う。この曲は、彼が音楽を生み出す時、符(不)思議なチャイムが鳴っているような気がする、という感覚を歌ったものだ。頭の中に散らばっていた音符が一つに繋がる時、あるいは降ってくるようにメロディが流れる時、チャイムが鳴っているようだと思うのだという。

《キミの手が僕の手に つながったらメロディーが 咲き誇って流れる
キミの目が僕の目に 合わさってラプソディーが 舞い踊って溢れる》

 そう歌い出されるこの曲は、「キミ」が彼の音楽を聴いているリスナーを指すとしても、一緒に音を奏でるメンバーを指すとしても、どちらにしても「キミ」がいなければ音は響かないという、今のイッソンの思いが凝縮されているように思う。音楽を作り出す時に鳴るチャイムは、自分以外の「キミ」にも鳴っていなければ響き合えないことを、一人でやっていくと決めたからこそ強く感じているのではないかと思う。だからこそ過去も今も隔てることなく、鳴らしたい音、鳴らすべき音を奏でているのだろう。思いがけなく素敵な音楽に出会った時、理由も無く何かに惹かれてしまう時、きっとチャイムが鳴っている。そのチャイムが響き合ってこそミラクルは生まれる。それは誰にでも起こりうる奇跡の瞬間。

 熱心に見に行っていたわけではなかったハスキンだけれど、解散ツアー直前のライブを見る機会があった。好きや嫌いとは別のところでハスキンのことは「いいバンド」だと思っていたから、「もうこれが彼らを見る最後か」と思ったら淋しくないわけはなかった。その日イッソンは多くを語らない中で、「いつか、音楽で」と言った。しばしのお別れの挨拶として、さよならの代わりに言われたその言葉を、私はずっとずっと覚えていた。ライブが終わりに向かうにつれ、これほどのいいバンドを見逃してきてしまった後悔が大きくなっていくのを感じながらも、その言葉のおかげでまた会えると思えた。2つのバンドを休止した後、彼は音楽を辞めることも考えたという。私にはあの言葉がずっと残っていたから、そんな選択肢があったなんて驚きだった。でも今こうして、また音楽で出会うことが出来て、あの言葉は本物になった。

 どんなに「もっと早く出会っていれば」「もっと早く好きになっていれば」と思っても、それは違うのだと思う。私にとっては今がタイミングだったのだと思う。まぁ...本当言うとすっごくすっごく悔やんでいるけれど...、でもそれは違うのだ。きっと私にもチャイムが鳴ったのだ。先日のライブでイッソンはハスキンのことを「一生懸命やっていたバンド」と言った。結果的にバンドは解散したけれど、彼にとって今でも大切なのだと、それは私達となんら変わらない気持ちだとわかって嬉しかった。実際にイッソンはハスキンの曲をとても大切に演奏している。それを複雑な思いで聴くファンもいるかもしれない。その気持ちもよくわかる。けれど過去を悔やむのではなく懐かしむだけでなく、そこから今に繋がる音や思いを紡いでいくことで、これから先の未来を素晴らしいものに変えていくことは出来るはずだ。少し先から振り返ったとき、過去は悔やむべきものではなくなっているかもしれない。だから過去を悔やむことはしないと決めた。(実際はとても難しいことだけれど)

 恋愛も音楽も一目惚れが全てではない。出会いの瞬間だけではわからないことだってある。時間がかかったとしても、自分にとって大切ならば必ず辿り着く。必ず。決して聞き逃さないよう耳を澄ましていれば、きっとチャイムが鳴っているのが聞こえるはず。どうかこの先も奇跡のチャイムが、素敵な音楽が、たくさん鳴り響く世界でありますように。

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