エイジアン・ダブ・ファウンデイション『ア・ヒストリー・オブ・ナウ』(Rinse It Out / Beat)

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 凄い。やっぱりエイジアン・ダブ・ファウンデイションは凄い。結成が93年だから今年で18年目になるわけだけど、UKエイジアンとしてのアイデンティティを維持しながら、ここまで世界を刺激し続けることができる存在もなかなか居ない。93年にジャングルという当時の最先端にアプローチしながらシーンに現れたエイジアン・ダブ・ファウンデイションだが、『A History Of Now』でもグライムやダブステップのエッセンスを巧みに取り込んでいて、持ち味のひとつである咀嚼の上手さは微塵も衰えてはいない。しかも作品を重ねるごとに大人の余裕というか、説教臭くならずに主張を伝える術にも磨きがかかっている印象だ。かつての、エゴが前面に出ていたエイジアン・ダブ・ファウンデイションの姿はここにはない。代わりに、見つめるべき問題にしっかり指を指しながら対話を求める姿が窺える。

 銃声みたいな音がした後に「俺は銃を持っている。死にたくなきゃ従うんだ」と言われたら、みんな従うのだろうか? 誰かが「銃を見た」と言ったら、その銃は存在すると思ってしまうのだろうか? しかし、その従う者や存在すると信じている人達は、実際に銃を見たのだろうか? 存在するとしたら、自分の目で確かめろよ。そしてもしその銃があったら、どうすりゃいいか考えようぜ。と、少々乱暴な例えになってしまったけど、今作でエイジアン・ダブ・ファウンデイションが言いたいことは、「自分の目で見つめ、考えて生きろよ」ということ。結構当たり前のように聞こえるかも知れないけど、現代を生きる人でこうした生き方を実践出来ている人は少ないと思う。もし実践出来ている人が多かったら、民主党政権がここまで続くことはなかった...なんてね。でも、情報に脚色を加え、良くも悪くも情報を扱っていたはずの我々が、いつの間にか情報によって逆に脚色されているというのは事実だろう。

 音楽的進化と変化を重ねながら、時代に蔓延る問題を浮かび上がらせることも忘れない。しかも快楽的なノリまである。シリアスと快楽は水と油のようにも見えるが、エイジアン・ダブ・ファウンデイションは戦うために踊るのだ。今作ではストリングスを上手く取り入れていることもあって、どこまでも広がるようなスケール感と、「体ではなく心を踊らせる」音も手に入れている。洗練とエッジを両立させた理想的なアルバムであるのは確かだけど、ひとつ気がかりなのはライナーノーツにおけるチャンドラソニックの発言だ。

「誰かから与えられた考えじゃなくて、自分の頭で考えるようになってほしいね。自分を取り巻く物事の背景とプロセスをちゃんと把握して、理解してほしい。このアルバムを聴いて、世界を別の角度から見て、考えてほしいんだ。俺はそれで十分満足だよ」

 僕にとってのエイジアン・ダブ・ファウンデイションはこんな軟な存在ではなかった。少なくとも「十分満足」なんて言葉は吐かなかったはずだ。世界が混乱すればするほど輝くバンドで、だからこそ『Enemy Of The Enemy』という傑作が生まれたのだから。もちろん世界が安定へと向かっているなら話は別だが、残念ながら世界は複雑になり混迷を極めている。エイジアン・ダブ・ファウンデイションはそんな世界を音楽の力でもって変えようとしていたはずだし、僕もそこが好きなところでもあった。言葉の揚げ足取りと言われたらその通りかも知れないけど、興味深くエイジアン・ダブ・ファウンデイションを追っていた僕にとっては、「十分満足」という言葉が出てくるだけで、少なくないショックを覚えるのもまた事実なのだ。

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