LIARS『Sisterworld』/来日公演に寄せて(Mute)

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「俺たちはダークなレコードを作りたかった。最近は楽観的で花飾りしたような音楽が増えてるよね。まるで祝い事のようなさ...いったいアイツら何を祝うってんだよ!」

 ピッチフォークによる2010年のインタヴューで、背丈が2mを越すことで知られるバンドのフロントマン、アンガス・アンドリューはこんな発言をしている。NYで猛威をふるうサーフ・ロック勢に向けられた言葉である。気がつけば結成から10年が経ち、いつも変わらずダークな音楽を作り続けてきたが、それとともに常にシリアスに構え、その勤勉さをおかしな方向に向けたまま突っ走ってきた。ライアーズはそんなバンドだ。

 かのバンドによる2010年のアルバム『Sisterworld』は、アメリカ人らしい陽気なポジティブ・シンキングに背を向けた人たちの作りだした住処をテーマにしたというコンセプト作となっている。彼らは00年代の半ばに活動拠点としたベルリンを離れ、かつてバンドが学生時代を過ごしたロサンゼルスに移り住んだ。アルバムの特設ページを開くと、画面上に木々や海が静かに広がる。ここに映るロサンゼルスにはグット・バイブレーションした爽やかな波風は存在しない。倒壊したホテル・カリフォルニアの瓦礫が淘汰されたあとの、絶望的な桃源郷とでもいうべき景色。上記のインタヴューでも、LAで連想する面々としてドアーズやラヴ、そしてデヴェンドラ・バンハートを挙げている彼ららしい世界観だ。

 仰々しくおどろおどろしいコーラスのあとに、暴力的でけたたましいバンド演奏と絶叫が鳴り響く「Scissor」でアルバムは幕を開け、そのあとは背筋が凍りそうなストリングスとクラウトロック的なミニマル・ビートがアルバムを支配している。ときにシューゲイザー的なギター・サウンドに目配せしながら(「Scarecrows On A Killer Slant」)、ディーヴォを彷彿とさせる得意の痙攣ビートも披露(「The Overachievers」)する。どことなく『Another Green World』のころのイーノやアトラス・サウンドの近作を思わせるドリーミーな曲(「Proud Evolution」)も含め、アルバムはドラマチックな躁鬱状態を繰り返すが、安易なポップに走る瞬間は一秒も用意されていない。各アルバム・レヴューごとにジャンルや類似アーティストをわかりやすく整理している律儀な音楽サイトTiny Mix Tapeも、本作に関しては「STYLES: rock? Liars?」と匙を投げるほど、ある意味で集大成的な作品ともなっている。

 ムックのほうでも触れたが、"ポストパンクはサウンドではなくアプローチの言葉"という概念を彼らは誰よりも生真面目に体現してきた。結成後初となる01年の『They Threw Us All In A Trench And Stuck A Monument On Top』では時代に適合したNYダンス・パンク勢の一味として名を売り、あのストレイテナーも当時、ライブの入場時にこのアルバムの収録曲を使っていたというほどキャッチーな仕上がりだったが、すでにこの時点で、ラスト・トラックには20分超に及ぶエクスペリメンタル・サウンドが仕込まれていた。次の『They Were Wrong, So We Drowned』でポップなスタイルを簡単に捨て去り、ドイツの魔女物語をコンセプトに騒音ギターと電子音、壊れたリズムによる狂騒的でジャンクな闇鍋サウンドを展開。あまりの悪趣味ぶりにほとんどの媒体から理解されずボロクソにけなされたものの、それをまったく意にも介さず、ベルリン移住後の06年『Drum's Not Dead』ではドローン・サウンドとともにタイトルどおりに太鼓の音を乱舞させ、呪術的でアブストラクトなそのサウンドは過去にも類を見ない強烈すぎる個性を放つ。アーティスト性をこじらしたすえに咲いた大輪の花のようなこのアルバムでバンドは地位を確立させた。今こそ改めて聴かれるべき、鬱蒼とした暗黒ダンス・ミュージックだ。

 黒魔術的なモチーフや一見ポップさの欠片もないサウンドのせいか、この頃から日本では無視されがちになるが、4作目の『Liars』は、アメリカン・ニューシネマ的なPVも印象的な名曲「Plaster Casts Of Everything」を筆頭に、ソニックス~プライマル・スクリーム的なロックンロール作になっている。難解なアート・バンドと思われがちだけども、見るからに野蛮人なルックスそのままのフィジカルな躍動感はどの作品にも溢れているし、聴けば聴くほど感覚的でシンプルに作られてあることに気づかされる。00年代初期に現れた多くのポストパンク・リヴァイヴァル勢が袋小路にはまって消えていったなかで、唯我独尊状態でクレイジーな舵取りとともに音の変遷を重ねつつも、うまい具合に時代に適応しながら追求する快楽性には首尾一貫したものも見える。10年の長きに渡って絶好調ぶりをキープしているバンドなんて、80年代のオリジナル・ポストパンク・バンドでも数えるほどしかいない。ここまでオンリーワンな存在である彼らがまもなく来日するというのは、個人的には大事件なのですが...どうでしょう。

 招へい元のContraredeがご丁寧にライブ映像をまとめてくれているので、もちろん全部観てみた。ここまでくると、難しい言葉を使って語るのはもはやバカらしくなってくる。ノイズと汗を撒き散らしながら、大男が全身をしならせる。ヤバい。カッコいい。優等生が増えてきて、見せものとしてのロック文化が衰退していくなかで、それこそ"化け物"を観察しに行く感覚でライブに足を運べる機会なんていまやそうそうないはず。ヤー・ヤー・ヤーズとともに来日した03年から今日までの空白は日本の音楽ファンにとって確実に損失だった。トム・ヨークもブラッドフォード・コックスも憧れるこのバンド。見逃してしまうのはあまりにもったいない。

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