キッド・カディ『マン・オン・ザ・ムーン2:ザ・レジェンド・オブ・ミスター・ラジャー』(G.O.O.D. / Universal) [reviews]

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 カニエ・ウェストが負った亡き母親と別離した当時の恋人への痛みを隠すためにオートチューンで「歌いまくった」センチメンタルな08年の『808s & Heartbreak』において、彼のエゴ・オリエンティッドな要素(新作では見事に露悪的なまでにそれに回帰したが)はE.H.エリクソンの言うアイデンティティの拡散意識に依拠していた部分があった。あらゆるアイデンティティへの同一化を拒否して、敢えてアイデンティティ拡散の状況を選び守り、モラトリアム的なエゴに無期限にとどまろうとする所作。三部作できっちり大学を「卒業」したはずの彼はやはり、まだ宙ぶらりんな自我同一性を持っていた訳であり、それが形成される途中で実験的同一化を統合していく社会的遊びが阻害されて、社会的な自己定義を確立することが出来ないという状態が露呈したからこそ、あの作品は多くの人たちの心を素直に打った。

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 そのアルバムにも客演していたキッド・カディの09年の作品『Man On The Moon:The End Of Moon』における多彩なエレクトロ・サウンドをベースにしたスペイシーで浮遊感のあるトラックの上で歌うようなラップのような、また、どっちともつかない鼻歌的な歌唱法で言葉を乗せてゆくスタイルは当のカニエ自身に大きく影響も与えたことだろうし、カニエのレーベルから出たとはいえ、カニエは彼の存在にかなり引っ張られた形で『808s & Heartbreak』を作った背景は想像に難くない。また、メランコリアの強さも彼の特徴だったが、更に突き詰められた形でセカンドのこの作品『Man On The Moon 2: The Legend Of Mr. Rager』に繋がる。彼自身が「今までで作ってきた中でもっとも暗い作品」と言うのも頷ける重みのある作品になっている。

 ストリングスやギターを用いながらも、基本は前作の延長線上のエレクトロニクスを駆使し、巧みなサンプリングのセンスを活かしたサウンド・ワークもかなり「締まった」ものになっており、尚且つ、《はじめからひとりになる定めだったのさ》など翳りのあるフレーズが要所にある。ダークな通奏低音が貫かれた結果、ヒップホップの持つパーティー、マチズモ、エゴ・オリエンティッド、拝金性といった要素群よりもっとロック・コンシャスな疎外感やドラッグ(「マリファナ」という曲もある)にフォーカスをあてたオルタナティヴな作品になったのは興味深い。

 また、以前に彼が麻薬所持で捕まったとき、「俺は黒人が27歳で死ぬと知っている。俺は今26歳だが、その歳まで生き延びることを約束する。」と言っていた事も自然と作品の後景に浮かぶ(ちなみに、彼は来年の一月で27歳になる)。「27歳」にこだわっているのはいかにも"彼らしい"感覚だろう。27歳で亡くなったロック・アーティストに、ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ブライアン・ジョーンズ、カート・コバーンと居るように、「鬼門の年齢」でもあるからだ。

 カニエ・ウェストが客演したロック・チューン「Erase Me」のPVにおけるジミ・ヘンドリックス、酒や女性といったモティーフに溢れる典型的なロック・ストーリーのパスティーシュからしても、「27歳」を意識している面がこのアルバムにも散見しており、自信に溢れていた男がドラッグに耽溺してゆく過程で「独り」になってしまうという繊細なナラティヴをシーロー、メアリー・J・ブライジ、セイント・ヴィンセントなど多彩な客演で丁寧に紡いでいる。しかし、ドープで重厚な作品でもなく、キッド・カディという人が現今のヒップホップ・シーンで如何に「異端」な場所に居るのかを証左する作品にもなっている。その「異端さ」とは「内側への遠心力」に準拠する。(自意識の)内側への遠心力によるエネルギー変換装置としてのシフト・ポイント、つまり、高次元のエネルギーが収斂する場所というのは、想念の位相の間の結合する場所であり、それは中心でありながらも、「空(から)」であり、そこからエネルギー変換されることで、ある種の「かたち」として発現するようになり、それをしてこの作品内の別人格「Mr.Rager」と名付けることができる。つまり、その発現のあり方が「空」としての「中心へ投げ出される」ということで、そこでこそ、この作品のダイナミクスは視える。

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 最後に、確認しておくと、前作にあった浮遊感と無邪気な要素が極端に減り、彼のヒポコンデリーがより深く刻まれていることが感じやすいように、エレクトロニカのような不規則で不穏なビート、自棄気味な70年代のビッグ・ロックのようなサウンド、ダヴィーで沈んでゆくようなトラックといったサウンド・メイキングと陰鬱なリリック、「マン・オン・ザ・ムーン」という前作から地続きのコンセプトがリプレゼントするのは実はそのままの「等身大の暗さ」ではない。彼自身の抱える切実な、しかし、届くかわからない想いのこもった宛名のない手紙を、郵便箱に投函する行為の表れでもあり、そういう意味では周到な孤独主義者なのかもしれないという要素もある点は留意が必要だろう。そうでないと、このモダンでクールなサウンド・ワークが示す「空っぽさ」は説明出来ないからだ。

 ここで呈示される世界観もまた、厳然たるリアリティーに立脚した「捩れたファンタジー」でもあるとしたならば、蓋然的なのか、カニエ・ウェストの『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』とコインの裏表のような作品に"なってしまった"気もする。

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このページは、伊藤英嗣が2011年1月 3日 19:38に書いたブログ記事です。

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