マーガレット・ディガス『ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ』(Powershovel Audio / OCTAVE-LAB)

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 日本盤は彼女自身が撮り下ろした写真が収められたフォト・ブック仕様になっている。陰翳を活かした写真、ぶれた人間が写ったもの、反面、明瞭に切り取られた青空の下の海、自然の緑をメインに、あくまで輪郭を結ばないアート・コンシャスな構図を保つ。しかし、クレジット前の一枚の写真では何処かのレコード・ショップのヴァイナル・コーナーであろうショットが採用されている。そこには、敢えて目立つように「MICHAEL JACKSON」というレコードを区分けするタグにピントが当てられている作為性もある(インタヴューを読むと、昔から彼のことが好きだったようだ)。
 
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 マーガレット・ディガス(Margaret Dygas)が「今のような音」に辿り着くまでにどれだけの歳月と試行が費やされたのか、想像するに難くない。

 2006年からベルリンを拠点にDJや活動の主体を移すまでの長い紆余曲折―。ポーランドでの出生、ドイツでの生活、その後の1980年代後半のアメリカのカリフォルニア、1990年代初頭のニューヨーク、1999年のロンドンでの暮らし、と都度、オールドスクール・ヒップホップやハウス、テクノといったシーンの持つ音楽の歴史的背景に引っ張られる形で、場所を固定せず、デラシネ的に動き続けた。その中で、現在にも繋がる「ダヴとミニマルテクノのエクレクティズム」を見出したオンリーワンのサウンドを探し当てることになるのはロンドン滞在時のことだ。Fabric、The Keyといったロンドンの主要クラブでレジデントDJとして名を馳せ、その「名前」を持ったままで、ベルリンでより実験を進めた結果、よりドープによりミニマルな音に意識が向いていった事は推察できる。
 
 ベルリンに移ってからは、ドイツの各地のクラブでのプレイのみならず、Crosstown RebelsやCadenzaという著名なレーベルに招かれる形でツアーにも出ることになり、そして、PERLON、OSTGUT TON、CONTEXTERRIORなどのベルリンの名門のミニマル・レーベルから作品もリリースすることになり、世界的にも彼女の名前が知られるようになった。そんな状態の下で、日本でも汎的に知られる事になるだろうこのアルバム『How Do You Do』はそのタイトル通り、彼女がワールドワイドに展開する為の"改めての挨拶状"のようなものでありながら、また、キャリアを一旦、総括した節もあり、現在のミニマル・テクノ、クリック・ハウス、テクノ・シーンに一石を投じる内容にもなっている。徹頭徹尾、ストイックなまでに切り詰められたダヴィーなサウンド。そして、巷間のダブ・ステップなどの流行りの音に一瞥だにしないかのような彫刻美のようにシェイプされた最小限の音と隙間を活かした音響工作。

 トム・ヨークも好きなモードセレクター(Modeselektor)などが属する、レーベルBpitch Controlのオーナーにしてベルリンを拠点にするDJ/プロデューサーのエレン・エイリアン(Ellen Allien)の最新DJミックス『Watergate 05』の中でルチアーノ(Luciano)やロイクソップ、そして、アフィなどとともに選ばれている彼女の曲の「Hidden From View」(今回のアルバムにもミックス違いで入っている)もフロアー・コンシャスで良かったが、アルバム総体を鑑みたときに白眉なのは電子音が細かく刻まれ、時折、漆黒の闇へと吸い込まれるような展開を見せながら、9分強の間にじわじわと熱を持ち、盛り上がってゆく「Salutation」になるだろうか。何にせよ、このアルバムでは、今までにないオーガニックな要素も伺え、ダークながら風通しの良いトラックも増えたせいか、自然とハーバート、マウス・オン・マーズ、リカルド・ヴィラロボス、リッチー・ホウティンの影までちらつくのが微笑ましくもある。しかし、それらのどの音とも違う彼女特有の美意識に貫かれた「重さ」があるのも流石だと思う。その「重さ」はこれまでの来し方を示したものなのか、昨今の表層的に高機能化したクラブ・シーンへの直訴状のようなものなのか、様々な思慮が巡るが、アルバムを聴き通して、インタールードの意味も含む鳥の囀りや自然音を含んだアルバム冒頭の小品「Note Note Note」に戻ったときに、新たな時間の"捻じれ"が起こり、これまでの音の流れが全部、繋がっているような感覚になる。
 
 彼女のこの突き詰められたミニマルな音世界とは、元来、フィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒなどのミニマル・ミュージックで既に雛型が作られてきた。それが、テクノロジーの進歩により、何の誤差もなく"反復"することが可能になり、その反復を活かしたのがクラフトワークであり、更に機能性を突き詰めた骨組みだけにしたものの多くが「ミニマル・テクノ」というジャンル内に犇く。彼女もミニマルテクノの"手続き"を取りながらも、しかし、規律的な反復を選ばず、微妙なフレーズの"揺らぎ"によって対象を捉える。そこにピアノの断片や差異を示す電子音のフレーズが多彩に転がる。その"揺らぎ"がトランシーに受け手の五感に「効く」。
 
 このアルバム自体、1時間程の尺に纏められたコンセプチュアルな側面も見えるものの、それほどの「永さ」も感じさせず、また、それだけの「瞬間性」も無い。つまり、このサウンドスケープ内で永遠と刹那の狭間を彷徨する亡霊は、ドイツの歴史が孕むミニマルテクノの"それ"かもしれないし、世界中を廻った彼女が拾い上げたクラウドの切り詰まった"感性"の集成なのかもしれないのだ。そう考えてゆくと、マーガレット・ディガスという人が何を音に仮託しようとしているのか、明確になるかもしれない。

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