ポール・スミス『マージンズ』(Billingham / Hostess)

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 近年のUK音楽事情にある程度くわしい方であればご存知と思うのだが、ポール・スミスとはいっても、もちろんあの有名ファッション・ブランドではない。00年代初頭のデビュー以来、本国UKでは中堅以上の位置を獲得しているニュー・キャッスルのバンド、マキシモ・パークのリード・シンガー(つづりもまったく同じだから、例えばワープ・レコーズと契約したとき、少し変名にすればよかったのに...。でも、そんなところが彼っぽい:笑)のソロ・アルバムだ。

 その音楽性を微妙に変化させつつあるマキシモ・パークだが(UKミッドウィーク・チャートでレディー・ガガにつづき2位を獲得した最新作にあたる2009年のサード・アルバムでは、ほぼ同時にリリースされたヤー・ヤー・ヤーズのサードと同一のプロデューサーを起用、似たようなベクトルの、いい意味でのポップ化をなしとげていた。どちらも大好き!)、このソロは、またがらりと印象が変わっている。

 ここ日本では、未だに初期の「ニュー・ウェイヴがかった元気なイメージ」が強いと思われるマキシモ・パークの、ライヴでは「欽ちゃんジャンプ...もしくはモンティー・パイソン的な跳躍」でおなじみポールのソロだから、さぞやがちゃがちゃしているだろうと思えば、さにあらず。

 むしろ静謐な空気感と、ベッドルーム的なインティミット(親密)さが印象的な、まさにプライヴェートな作風となっている。

「ぼくは『ソロになる』わけじゃないよ。ジョージ・マイケルがワム!を辞めたのとは違うんだ」(ポール・スミス)

 ワープからのデビュー前からの友人たち...アンディー・ホドソン(ザ・マチネ・オーケストラ:彼は共同プロデュースも担当。録音も彼の家でおこなわれた)や、フィールド・ミュージックのデイヴィッド&ピーター・ブルイス兄弟がバックアップしたこの作品は、マキシモのそれ以上に「インディー・ファン」には入っていきやすいかもしれない。

 というより、以前からボニー・プリンス・ビリーやスモッグが、その歌詞の世界も含み大好きと語っていたポール(ちなみに、その発言は12月16日発売のクッキーシーン・ムック第1弾にも掲載)が、ちょっとだけバンドを離れてやりたいことを思う存分やった感じ。

 現在ポールのオフィシャル・サイトフリー・ダウンロードできるアルバム1曲目「North Atlantic Drift」冒頭では、こんなことが歌われている。

《ぼくのプライヴェートな心情/ここで/映画の一場面にいるかのようにまた考えている/その内面は/なめらかな光沢のある表面にすぎないけれど/自分自身をあてにしながら/変化に向かっている/品種改良ゲームから逃れて/少なくともむこう1年は》
(「North Atlantic Drift」より)

 わかりづらいようで、大変わかりやすい。この曲を作ったときから、1年くらいはマキシモの活動はお休みの予定なんだろうな、とか...。結構シビアなこと(《品種改良ゲーム》)も、意外とズバリ言ってしまっている。そんなところも、すごく好きだ。だいたいアルバム・タイトル『Margins』にしても、「余白、欄外」「(時間、金銭などの)余裕」「(能力、状態などの)限界、極限」といった意味のほかに、「(商業的な)利ざや」という意味もある(ぼくなどは、つい最後の意味がぱっと頭に浮かんでしまった。いや、ぼくはミュージック・ビジネスというものを「研究対象」にしている部分もあるので:笑)。

 こういった「言葉」の使い方のおもしろさも、マキシモ・パークそしてポール・スミスの魅力のひとつ。だから、日本では(非常に残念ながら)あまり人気が出ないのかな...と思ったり...。

 あ、でも日本盤ボーナス・トラックとなっているスモーキー・ロビンソンの超名曲のカヴァー「The Tracks Of My Tears」は、マキシモも含み、珍しいほど「ストレートに良さが伝わる」タイプの試みだし、マキシモ・ファンの方もそうでない方も、是非一度チェックを!

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