マッドハニー at SHOWBOX AT THE MARKET (in SEATTLE), パフューム・ジニアス at HEALTHY TIMES FUN CLUB (in SEATTLE), 共に2010/12/4 (現地時間)

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 秋が終わり、既にそれなりの冷え込みをみせてきている12月のシアトルで、ヴェニューこそ違ったがマッドハニーとパフューム・ジーニアス(Perfume Genius)という2組のローカル・アーティストを同じ夜に観ることができた。グランジ世代の最大の生き残りバンドの一つと、今年の夏に突然現れた、そんなグランジの残り香をかき消すような素朴なアンビエントを同時に味わうことで、ここシアトルの街の今昔を生々しく感じることができた。そんな一夜をレポートしたい。

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マッドハニー

 「グランジなき後のシアトル」という表現を、クッキーシーンでも何回か用いてきたが、この「グランジ」という厄介なジャンル(厳密にはジャンルともシーンとも言えない、何とも不可思議な言葉なのではあるが)の名付け親という説が、まことしやかに囁かれているマーク・アーム率いるマッドハニーが今でもシアトルでのさばっている(褒め言葉:笑)限り、それが幸せな事か否かはさておき、グランジは死んだとは言えないのかも知れない。そんな事を思わせられるパワフルなライヴだった。
 
 この夜のライヴは少し特殊で、言わずとしれたシアトルの顔的なインディー・レーベルであるサブ・ポップ主催の、マークをはじめ多くのサブ・ポップ関係者と親交が深く、不幸にも今年10月にひどい交通事故によって、命を落としたアンディ・コトウィッツなる人物の遺族に対してのチャリティ・ライヴだ。なので、物販にもアーティストのグッズが出されているのではなく、アンディ氏の遺品などが出品されていたり、バンドとバンドの間の転換の時間は、豪華な遺品を巡った福引きなども行われていたりと、哀しくも温かい雰囲気に包まれていた。
 
 マッドハニーが登場すると、そんな空気も彼らのワイルドな風格に煽られて、少し殺気立ってくる。一曲目「The Lucky Ones」が始まるやいなや、マークはボーカル・マイクをスタンドから外し、スタンドを後方に押しやり、狭いステージの上で全身を使って絶唱しだす。ギターのスティーヴ・ターナーも彼らの代名詞と言える、けたたましいファズをフルでかまし、何食わぬ顔で獰猛なサウンドをかき鳴らしている。やはり、こうして観ると、いかにそれが空虚で無意味な言葉であったとしても、まさに彼らは、グランジ・バンドなのだ、と思わせられる。

 MCも無しで「Next Time」や「I'm Now」といった『ザ・ラッキー・ワンズ』収録曲が続けてプレイされる。ガイ・マディソンもここぞとばかり、オーバー・ドライヴが深くかかったベースラインで、吠えている。しかし、さすがと言ったところか、マークはホームタウンでの久々のライヴであるからか、殺気だっていながらも、目の奥からはリラックスした表情がうかがえる。アンディ氏への追悼の意を浮かべているのかも知れない。

 結局、この日は30分しかステージが無く、曲数も少なかったので、彼らの名曲でありグランジ・アンセムの一つ、「Touch Me I'm Sick」が聴けなかったのは残念だったが、(まあ歌詞的にもチャリティ・ライヴでする曲では無いかも知れないが)シアトルの重鎮のみせるライヴは、この街の歴史を感じさせられると共に、まだまだ彼らが現役であることも思わせられた。

パフューム・ジーニアス

 対するパフューム・ジーニアスは、そんなグランジの匂いを感じさせないベッドルーム出身のマイペースさと寂しさを感じさせられるものだった。そもそも、シアトルのアーティストは、現代のシーンの二大インディ・ロック・アイコンとなったモデスト・マウスにしろ、デス・キャブ・フォー・キューティーにしろ、グランジの残り香をほんの少しだけ感じる(とは言っても、もちろん彼らはシアトル・シーンに熱心だからこそ、グランジの匂いも自然に少しだけ染みたのであるが)ものであるが、彼に至っては、この街にいながらも、マタドール・レコーズと契約しているという事実を見てもグランジからの断ち切りを象徴しているように思える。

 このパフューム・ジーニアスのそれもマッドハニー同様、少し変わったライヴだった。なぜなら、この日のライヴの会場に選ばれた、ヘルシー・タイムス・ファン・クラブ(HTFC)は、住所を公表していない、「秘密のヴェニュー」であるからだ。このHTFCの特徴は、それだけではない。ここも、前回にレポートした、ペインズ・オブ・ビーイング・ピュア・ハートのシアトル公演が行われたザ・ヴェラ・プロジェクトと同様に非営利であり、更に素晴らしいことに、チケット会社を通さずにオーディエンスの寄付だけで成り立っているということだ。まずは、直接、HTFCに場所を問う旨のメールを送り、それに返信でされた情報を元に、自分でヴェニューを探し出す。僕は、最初、場所まではほとんど特定できたが、入口のフェイクの劇場のロゴにまんまと騙されてしまい、ヴェニューを前にして、周辺をうろうろしてしまった。それはさておき、入るとそこは地下で、狭いスペースに、手作りの雑貨や地元のキッズたちが作ったのであろうZINEなどが並べられてある、秘密基地のような場所だった。ステージはもちろん、無く、一つの壁に白幕を設けてアンプなどをただ置き、絨毯を敷いただけで、それをステージに見立てている。要するに、完全にD.I.Y.精神に基づいたローカルの音楽キッズたちによる、素晴らしい秘密のヴェニューなのだ。

 そんな場所に、これまたローカルで素朴な活動をしているパフューム・ジーニアスことマイク・ハドリアスがぽてぽてと登場する。セットは至ってシンプルで電子ピアノのみ。セッティングも淡々と自分で行っていたが、いきなりハッとした表情を浮かべたかと思うと、「ペダル忘れちゃったよ、誰か持ってきてる人いたら貸してくれないかな」と呼びかけると、狭い会場内は更にアットホームな雰囲気に。オープニング・アクトでシンセを弾いていた女性が、自分のペダルを貸したところでライヴ・スタート。皆、ステージの無いステージの前で三角座りをしてまったりと聴いている。

「Look Out, Look Out」「Write To Your Brother」と言った曲から、淡々と歌い出されると、ここが秘密のヴェニューであることも相まって、たちまち、アート・テロリズムを起こすための計画を練ってるかのような共犯的な感覚に襲われる。とは言え、マイク自身は淡々とピアノを弾いては歌い、弾いては歌いを繰り返しているだけだ。たまに、曲の変わり目で照れたように「ありがとう」を繰り返す姿が微笑ましい。「Learning」が流れると、まるで本の読み聞かせを行っているかのような、温かく切ない雰囲気に包まれる。さっきまで狂騒のマッドハニーのライヴにいたことなんて完全に忘れさせられるようだ。

「Gay Angels」で無限の時に流れ込んだかと思うと、「Mr. Peterson」に続き、ステージは終了。終止、淡々としながらも優しい空気に包まれた素敵な空間だった。

 マッドハニーに続いて、パフューム・ジーニアスを観ると、この街の持つ多彩な新しい可能性をより垣間みることができた。冒頭に書いたように、まさにシアトルの今と昔をパッケージングしたような一晩だった。

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