エリオット・スミス『アン・イントロダクション・トゥ・エリオット・スミス』(Kill Rock Stars / P-Vine)

|

elliott_smith.jpg 孤高のシンガー・ソングライター、エリオット・スミスがL.A.の自宅にて「I'm sorry-love, Elliott. God forgive me.」という言葉を遺し、自らの胸にナイフを突き刺して命を断ってから(自殺の説が有力であり、当時も自殺として扱われたが、他殺とする説も少なからず存在する)、随分、時が過ぎた。
 
 世界が、彼を失ったのと同じ7年後の秋にリリースされるこのアルバムは、タイトル通り、彼の音楽への入り口としてふさわしい盤となっている。どうしても、その内容ゆえにベスト盤扱いになってしまうのだろうが、当然ながら、故人である彼自身の知り得ない範囲で選曲されたリリースだけあって「ベスト」というニュアンスを用いるのはできるだけ、このレヴューでは避けたいと思う。もう一度、これは、彼の音楽へ、世界へ、今から歩み入ろうというリスナーのためのアルバムなのだ。従って、このレヴューも彼の音楽を、そしてエリオット・スミスという人物を、まだあまり知らないというリスナーに向けたものにしたい。

 端的な彼の情報は、英語版Wikipediaだけに関わらず、日本語版のそれからも相当なものが得られる(現時点でとても良記事であるので、彼に興味がわいたら是非、チェックしてみてほしい)ので、彼の来歴を長々と書く事も避けたいが、彼の紹介を。
 
 エリオット・スミスは、とても綺麗な人だった。それは、成人してもどこかにあどけなさが残る彼の顔立ちや、その透き通る美声だけに限ったことではない。うつ病などの深刻な精神疾患を抱え、数々の脅威や恐怖に苛まれ、アルコールや薬物に耽溺していても、それでも、エリオット・スミスは決してその純粋さを、美しさを手放す事はなかった。名曲「Miss Misery」でアカデミー賞にノミネートしたにも関わらず、数度にわたる自殺未遂の末に、遂には無惨にもそれに成功してしまった、このポートランド出身(生まれこそネブラスカ州オマハであるが、彼のホームタウンはポートランドと言っていいだろう)の青年は、その死の瞬間まで、彼の心に潜む純粋な少年性を失いはしなかったのだ。
 
 彼自身は否定したがるかも知れないが、それでも、たくさんの傷や欠損を抱えた孤高のアーティストの多くがそうであるように、彼にとっての音楽は、相容れない世界と自己を結ぶ強かな祈りの橋でもあったと言えるだろう。彼のソロ・デヴューは90年代前半。グランジやオルタナが全盛を誇った北西部のシーンにおいて、彼の繊細でフラジャイルな美声と、基本的にはアコギ主体の至ってシンプルながらも強かなサウンドは、グランジ(原意は爪垢)に汚れた世界を浄化し得る存在だった。

 このアルバムは、そんな綺麗な彼の、インディー時代から死後に発表されたアルバムまでの全キャリアを網羅する盤だ。しかし、レーベル元がインディー時代のKill Rock Starsだからか、収録曲の時期には偏りがあり、生前、晩年にリリースされた曲は、3曲程度しか入っておらず、大部分がインディー期のキャリアからの選曲になっているのは、少し惜しいところだ。旧来のファンが「あの曲がない!この曲がない!」と言い出せばキリがないが、とは言え、アルバム全体を通して聴いても、全く違和感がなく聴けるよく練られた曲順は、新たなリスナーにとって、非常に最適な彼への入り口となるだろう。
 
 もっとも、彼の書く澄んだ曲は強かな説得力があるので、再生ボタンを押して一曲目が流れた瞬間から、リスナーの心を掴んでしまえるだろう。そこに、「ベスト盤ではなく」だの「収録曲の時期が」だのといったエクスキューズは不要なのかも知れない。
 
 さあ、だからあなたも早く、このレヴューを読んだらすぐに、再生ボタンを押してみてほしい。そして、アルバムが終わる頃には気付くだろう。彼を亡くしてから、彼に匹敵するくらいに澄み切った世界を鳴らせるアーティストは未だにどこにも出て来ていない事に。

 最後に、このアルバムを聴いた後に、更に深く彼の世界へ入り込めるように、オリジナルアルバムの紹介をしておきたい。M-8は彼のソロとしてのキャリアの始まりになる『Roman Candle』に、4,7はセルフタイトルの『Elliott Smith』に、1,3,5,6,9はデンマークの実存主義哲学者、キルケゴールの著作の名を冠したインディー期の名作『Either/Or』に、2、および14はそれぞれ晩年の名盤『XO』、『Figure 8』に、10,11、ならびに12,13はそれぞれ彼の死後に発表された『From A Basement On The Hill』、『New Moon』に収録されている。
 
 どのオリジナル盤も素晴らしいので、このアルバムで気に入った曲が見つかったら、そこからどんどん聴き入ってみよう。

(青野圭祐)

*日本盤は11月17日リリース予定です。【編集部追記】

retweet