ヴァイオレンス『エイモラル』(Friendly Fire / Static Recital / Rallye)

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violens.jpg ≪60年代のハーモニーと80年代のサウンド・プロダクションを持ち合わせた彼らの楽曲は、先の見えない未来に向かって漂っている。ゾンビーズと比較されることもしばしばであるが、彼らはプリファブ・スプラウトからも影響を受けているに違いない。≫

 これは本作に対する英NME紙のレヴューからの抜粋。十数年前にリリースされたギターポップのレコードを掘っていたころ、帯や店頭のPOPなどでこういう類の文章を眼球にまで印字されそうなほど目にした記憶がある。≪キンクスを彷彿とさせる~≫、≪バカラック印の~≫、≪ペイル・ファウンテンズの流れを汲んだ~≫、など、など、など...。

 嫌味っぽく書いてしまったが、そういう作品が自分の大好物なのも事実だ。こういう文章を見かけると条件反射で涎が出そうになる。外れも詐欺もペテンも多いキャッチだが、とにかく引っかかるものが少しでもあれば、勇気を持って、まずは自分の耳で確かめることにしている。というわけで、さっそく聴いてみよう。

 道徳観念のない...という意味の『Amoral』と冠したこのアルバムは、「The Dawn Of Your Happiness Is Rising」、"君に幸せの夜明けがやってくる"と題された曲の陽気に跳ねるベース・ラインで幕を開ける。なるほど。この軽快さとコーラス・ワークはゾンビーズの「Care Of Cell 44」にも通じるものがあるし、メランコリックに煌めくギター・フレーズといっしょにバンジョーも絡めてみたら、プリファブの「Faron Young」みたいにもなるかもしれない。とてもメロディアスだ。続く「Full Collision」はストーン・ローゼズからMGMTまで経由し、太陽の光にやられて突然変異したスミス、あるいはモノクローム・セット...といった趣のサイケ・ギター・ロック。歌詞の冒頭は"常識に降伏するのは / 完ぺきな防御だね"で、曲の終盤には錯乱状態を思わせるバーストしたサウンドが広がる。

 この二曲だけでもこのバンドがタダ者でないのがなんとなくわかるが、続く「Acid Reign」は...。おいおい。小刻みなシンセの連射とハードなドラム・ブレイクが叩きつけるように放射されるエレクトロ・パンク。抜群にカッコいいけど、これはもはや、ゾンビーズでもプリファブでもなんでもない。もちろん、ここで「ふざけるな!」と、NMEに向けてちゃぶ台をひっくり返したくはならない。このアルバムへの好奇心はますます膨らんでいく。

 ヴァイオレンス(Violens)は2007年に結成されたブルックリンのバンドで、現在は3人組。もともとは映像制作などアート全般に熱心で、さらに中心メンバーを含める何人かは過去にランジング・ドレイン(Lansing-Dreiden)というバンドで活動していたそうだ。そちらもmyspaceで聴いてみたが、なるほど。80'sの耽美派シンセ・ポップを思わせるサウンドである(この結成に至るまでの流れは、ザ・ドラムスとも少し似ている。彼らもエルクランドやホース・シューズといった、どちらかといえば耽美路線のシンセ・バンドを経由して結成された)。

 その「前歴」を思わせるのが「Are You Still In The Illusion?」で、それまでの曲調から一転し、教会のオルガンを思わせる重いメロディとリズム、泣き咽ぶサックスによるデカタンとゴシップの世界へ。「Until It's Unlit」は(もはや、来年度版の「現代用語の基礎知識」にまで掲載すべきタームであろう)チルウェイヴの空気を汲みとった緩いディスコだが、これまた曲終盤にシューゲイズなギターが畳みこんでくる。「Violent Sensation Descends」は世界の終わりを思わせる狂乱のノイズと、そこからの再生を思わせる讃美歌っぽいハーモニーが交互に押し寄せる忙しいナンバーで、かたや「Could You Stand To Know?」は、オアシスらUKロックの王道のようなアンセミックなメロディを讃えた大陸的なアリーナ・ロック...。ここまでしつこく書けばもうおわかりだろう。これは単なるヴィンテージ・ロックの愛好家やフォロワーによる仕業ではない。様々なスタイルに挑戦しながら、いずれの楽曲も高い完成度を誇り、さらには瑞々しく新鮮な光沢まで放っている。

 国内盤の解説によると、彼らが意識しているバンドはウィーンだそうだ。ウィーンといえば、そのキャリアにおいても時期ごとに様々なジャンルを横断しながら悪意を振りまいてきたが、アルバムという枠組みのなかにおいても、闇鍋の要領で多種多様な型の曲を詰め込み、グロテスクな作品群を完成させてきた。わかりやすい例として、94年のアルバム『Chocolate And Cheese』を聴いてみよう。ダーティなロッケンロールも端正なカントリー・ブルースも、HIVをおちょくったローファイ・ポップまでそこには詰まっている。一昔前ではこういうスタイルは「変態」とか「奇天烈」とかいった接頭語とともに、その下品なケバケバしさが持て囃された。『Chocolate~』のジャケもデカ乳(しかも半分見えてる)が強調されまくった、しかめっ面するしかないデザインだ。もう少し昔ならフランク・ザッパなどもこれに該当するだろう。しかし、ヴァイオレンスも相当やりたい放題ながら、彼らと比べると格段にスタイリッシュである。独特の優雅な美意識は決して小奇麗にまとまっているわけではないが、一方でスマートさも失われていない。このバランス感覚が今っぽいといえばそうなのかもしれない。

 彼らはMGMTとも交流があり、ツアーを共に回ったり楽曲のリミックス(「Time To Pretend」!)を手掛けたりもしている。かといって最近のMGMTのようにサイケデリック一辺倒にも陥らず、自分たちのシングルに(チルウェイブの代表格である)ウォッシュド・アウトを担ぎ出したり、国内盤のボーナス・ディスクに収録されたリミックス曲もそうだし、クラブ・シーンなど外への目配せもきちんと行き届いている。2010年もまもなく終わってしまうが、来年以降の近い将来に向けたあるべきバンド像として、理想的な志向性をデヴュー・アルバムの時点で獲得してしまっているようだ。

 ここ数年で名乗りを挙げた他の多くのバンドと同様に、知識の収集と吸収に長けたネット世代による、シンプルな名称をもったこのバンドが今後どういう方向に歩を進めるのかは気になるところだ。ちなみに、このアルバムのラストを飾る「Generational Loss」は、緩いギター・ストロークが徐々に熱を帯びて轟音と化して爆発し、最後は静かに雨が降り注ぐ音が鳴り響いてフェードアウトしていく。その演出は曲名とともに確信犯的に意味深で、彩りに溢れた賑やかなアルバムのラストとしては少し侘びしい気もする。その侘びしさにほどよく感情移入しながら、この雨が何を憂いているのかについて思いを巡らせてみる。

(小熊俊哉)

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