ゆらゆら帝国『ゆらゆら帝国 LIVE 2005-2009』(Sony Music)

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yura_yura_teikoku.jpg 例えば、ジョン・ケージの「偶然性の音楽」は、従来の古典的な音楽を聴くような態度で接すると、分裂した不可解で滅裂なものでしかないが、聴取姿勢を変えてみることで、別位相から豊穣な音楽として発現する。要は、聴取という解釈学から聴取という詩学への「実存転調」によって、より深奥に潜り込む事が出来る訳だ。

 2010年3月31日をもって解散をしたゆらゆら帝国の近年の作品は聴取側の実存転調によって、漸く呼応出来るほどのストイック且つミニマルで隙間を活かした内容になっていたのは周知だろう。ただでさえ、03年の『ゆらゆら帝国のめまい』と『ゆらゆら帝国のしびれ』の二作品でスタジオ・ワークとしての細部への下降と3ピース・バンドとしての実験の限界に挑んだような点があったにも関わらず、その後にフィジカルな要素を少しずつ減らしていった『Sweet Spot』、「つぎの夜へ/順番には逆らえない」、『空洞です』といった作品群の照射していた景色はより雄弁に「無」を語っていた。足し算のサウンドではなく、有り余る音から引き算の末、シェイプされたサウンドが映す歪んだ鏡越しの現実。そこに「非・意味」を連結する事によって、意味のイメージ枠を広げるような歌詞が乗り、アシッドでトリッピーな世界像を作り上げる所作はサイケデリアの極北へ針を振り切っていた。

 そもそも、彼等の作品には日本語のロックに必然的に付きまとう強烈な自意識を感じない。反転した構造の内にある鏡像内の自我がかろうじて可視化できるくらいであり、その可視化する主体側がそれを自らの像と混同し、写しによって同時に想像的に騙し取られてしまうような要素がある。即ち、主体が自らをその音像に「差し出す」ことで決めた自分の像の内に疎外されている、ということ。加え、根源的に欠けた主体はその疎外について無知であり、こうして自我の慢性的な誤認が形成されることになる。結局、主体は他者の欲望の対象の中にこそ、漸く自らの欲望を見定めることができる(他者の欲望の中にしか自らの欲望を当て嵌める事ができない)、といったラカンの提示したような構造を当て嵌める事が出来る。だからこそ、彼等は"さしずめ俺はちょっとしたくぼみさ/特別邪魔になっていないつもりさ"(「あえて抵抗しない」)と歌えてしまう。

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 彼等のメジャーでのデビューアルバムは98年の『3×3×3』であるが、それ以前に10年近くの活動歴があった。その98年以前は、東京の深いアンダーグラウンドの繋がりの中でメンバー変遷がありながらも、濃厚な情念と不穏さをラフな音に込めていた。象徴的なのは92年のモダーン・ミュージックのレーベルPSFの『Tokyo Flashback 2』というオムニバス・アルバムで、WHITE HEAVEN、HIGH-RISE&灰野敬二、などの中に「バカのふり」という曲で参加していることだろうか。しかし、その「バカのふり」からスタジオ・アルバムとしての最終作となった『空洞です』で、再度、初期衝動にメタ批評的観点を加え、独自の温度を抜き取ったストイシズムの美学は不思議なことに「あたま山の花見」のようなうねりで繋がっている。サウンド・スタイルは変われども、参照点として大きかっただろう、三上寛、ジャックス、裸のラリーズなどの持つ独特の日本語ロックの明るい翳りと、前衛的なサイケデリアはキャリア全体を通底しており、例えば、92年のインディーズとしてのファースト『ゆらゆら帝国』での「狂っているのは君の方」という視座から07年の「空洞です」における「意味を求めて無意味なものがない」というスタンスまで大きく変わっているようで、実は時間軸が捩れただけで80年代以降のポストモダンの瀬で消費された幾つもの物語群、メタ・テクスト群への徹底した「拒否」の核心が浮かぶだけなのが興味深い。

 その核心を軸に周縁を「ひとりぼっちの人工衛星」が廻りながら、「つぎの夜へ」行く事が出来ず、彼等は発展的に活動を終えた訳だが、自分たちが創造した「ゆらゆら帝国」内で、想像し得る「ゆらゆら帝国」を再構築してみるという所業により、最終的に純度の高い虚無に還っていったというのは美しかった。その虚無はミニマル・ミュージックのような「素材の簡素性と反復」を特徴としており、つまりは、「作品」という概念がプロセスに取って変わられ、「時間芸術」の下でプロセスの補填する時間と、作品の持つ時間との差異の位相をスライドしてみることで、「そこ」は「そこではない、どこか」になる彼岸にあるものだった。また、ウィム・メルテンが示唆するミニマリストたちの考える時間の空虚さはゆらゆら帝国が常に持っていた「時間」だった。ゆえに、彼らの音楽には「現実の変化」は起きてこない。そして、音楽的時間の静止と隙間に非・意味が独自のコンテクストが敷かれながらも、視界を捻じ曲げる空間の揺らぎだけがあった。

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『ゆらゆら帝国 LIVE 2005-2009』には、07年、09年のライヴから程良く曲群を抜粋したCD、『空洞です』を07年~09年のライヴ音源群から選択し、曲順をアルバムの通りに再構成したライヴ版『空洞です』ともいえるCD、09年の日比谷野外大音楽堂でのライヴとボーナスとして07年のライヴの一部、05年~07年の作品のビデオ・クリップを入れたDVD、の2CD+1DVDの形式になっており、3曲の未発表曲も入っている。未発表曲の中でも都々逸とルンバの合わせた、いわゆる、ドドンパのようなリズムの拍子と「ほら 振り払おう」という歌詞が印象に残る「お前の田んぼが好き」、「次の夜へ」に微睡みとセンチメンタル性を入れたようなサイケデリックな「いまだ魔法がとけぬまま」など"ポスト『空洞です』の地平"を見渡すことが出来るような曲などは、完成度も悪いものではないだけに、残念にさえ思うが、彼等自身は模索過程で、これらの曲が結実する着地場所が見えなかったということなのだろう。

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 この作品に触れることで余計に想いを新たにしたが、ゆらゆら帝国とはやはり、特異なバンドだった。サイケ、ネオGS、オルタナティヴ、アングラ、ニューロック、ポストパンクなどの名称が彼等の周縁を行き交いながら、どれにもカテゴライズされる事も無く、ファンは日々刻々増えてゆき、遂にはDFAからもCDを出してしまうという所まで行きながらも、全く異端の存在性を放っていた。その異端性は、孤高でも孤立でもない、違和感の塊としての「それ」だった。想い出してみるに、大型フェスやイヴェントでも彼等のパフォーマンスは、他アクトと比較して、などではない、一旦「断絶」をもたらすようなものだった。その「断絶」の本質は、一回性と反復性に帰納されるものだと言える。

 身体に還元されることのない精神と自分「だけ」が引き受ける一回性としての死を巡る「私」。その「私」を幻像化するかのようにイメージが散逸するフレーズとスタジオ作品とは違う肉感的なライヴ・パフォーマンスが一層、攪乱させるのは感性ではなく、もっと深層心理内の各自の散らばった記憶の破片をだとしたら、こういったライヴ・アーカイヴスは色褪せることはなく、各々の心が隠し持っている生傷を抉るのかもしれない。そこには、チャールズ・ブコウスキーが言った"You have to die a few times before you can really live."(貴方が本当に生きる為には、まず何度も死ななければならない)という台詞が似合う。

(松浦達)

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