ブライアン・イーノ『スモール・クラフト・オン・ア・ミルク・シー』(Warp / Beat)

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brian_eno.jpg 2008年に久し振りにデヴィッド・バーンとブライアン・イーノが組んだ『Everything That Happens Will Happen』は興味深かった。彼等のウイットと知性が程好い緩さで交じり合い、そこには『Remain In Light』的な張り詰め方も強烈なハイブリッド性は無かったものの、確実なケミストリーがあり、奇妙な熱を放っていた。

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 このグローバリーゼーションの世の中で、エドワード・サイードの言うようなオリエンタリズム的視点は有効なのか、疑念を持つ事がある。要は、先進国の人々の「得ぬ場所」への視線が「オリエンタリズム」と特徴づけられるようなものになる理由をどう理解するかという文脈を敷くと、単純に、先進的な人たちにとっての「遠い存在」とはただの「無知」に依拠するのではないか、ということがある。「よく知らない」から、無知ゆえに種々の誤解が発生しても、その発生の過程さえ無視するという悪連鎖。これと比して、先進国と発展途上国の「間」には隣接・交流・対抗の長い歴史があるが故に、その歴史の中では優位/劣位の時期の捩れを「深層」部分で捻じ曲げようという策略性が孕んでいるのではないか、という修整。「過去における劣位の記憶」を対象化するために敢えて位相を曲げてみて、そこで、「オリエント」とは果たして何を示唆するのか、興味深さをおぼえる。グローバル・スタンダードと発語したときの、スタンダードはもしかしたら、もっとシンプルな先進国諸国の強引な価値観の押し付けではなく、旧くに封じ込められた意識の問題としての標準測位としたならば、わざわざシビアな観点から世界を捌く必然性は無い。

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 80年代後半だろうか、「ワールド・ミュージック」という棚が正式にどんどん出来だしたのは。そして、それまで雑多な枠に納まっていた音楽群に一応、「名称」がついた。アフリカ音楽ならユッスー・ンドゥール、サリフ・ケイタやフェラ・クティ、レゲエならスタジオ・ワン、ラテンならカルメン・ミランダ、カエターノ・ヴェローゾにジョアン・ジルベルト、加え、ヒュー・トレイシーなどのフィールド・レコーディングものも「再発見」され、レア・グルーヴとの「共振」を経て、モダナイズされる「未開の地の(実は、高度帝国化に或る程度毒されている)先進的でプリミティヴなビート」は世の中に還元され、あちこちの音楽家の手元に渡り、本当の「民俗音楽」は門外不出のように、また、その場所に行かないと分からない代物に成り果て、雑な「WORLD/OTHER」という棚だけが透明度を増し、誰かの音楽を「誰ものもの「へ橋渡そうという「試み」だけが空転した。言うならば、まだ未然犯罪のようにその棚に並べられているCDやレコード群は誰かを待っているのかもしれない、と思っていたら、配信の時代が来て、世界中の人たちが辺境の国の音楽を掘り下げられる事が出来るようになった。

「1980年代の一枚」によく挙げられることになり、現代ではヴァンパイア・ウィークエンド含め数多のバンドに影響を与え、ワールド・ミュージックのポップ側からの「平準化」の産物のスケイプゴートとして提示さえされているかのような、トーキング・ヘッズの『Remain In Light』とは何なのか、今でも考える。
 
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 アフロ・ビートの拝借、70年代前半エレクトリック・マイルス期のような循環するグルーヴ、DFA界隈に流れ込むような「人力のダンス・ビート」の産物にして、ブライアン・イーノとデヴィッド・バーンの音響工作の妙が最高精度まで高められた白人側からの黒人音楽、第三世界へ向けたオマージュのような、上澄みを掬うように、知識と度胸だけでギクシャク踊ろうとしてみせた当時のデヴィッド・バーンのサイズの合わないスーツで踊る「そのまま」のようなアルバム。

 この作品を巡っては、のちにキング・クリムゾンに加入するギタリストのエイドリアン・ブリュー、エンジニアの一人のジャマイカ人のスティーヴ・スタンリー、元ラベルのノナ・へンドリックスなどがいるように、人種・分野の横断・共同体的な「一枚」のセッションの結果の果ての、アフリカ音楽の白人側の拝借ではない、ニューヨークという土地柄が示す人種のメルティング・ポット、混雑振りを如実に顕したハイブリッドな都市音楽の側面が実は、強い。「肉体性」と「還るべき場所」を持たない(持ち得ない)白人たちが、「肉体性」と「戻るべき場所」を持つ黒人音楽の屈強さへ知識と好奇心でリーチしようとせしめたナイーヴながらも音像化した中でのデッド・キャン・ダンス。
 
 ロックという「伝統芸能」をパンクが「デッド・エンド」を表明して、相克していた時期、ロックは「未開のグルーヴや未開の音」を求めて、取り敢えず、プレスリーやビートルズやストーンズのレコードは「もう、分かっているから、いい」と横に置いた。非西欧音楽へ魅かれた汎的なノン・ミュージシャンたるブライアン・イーノが混じっての臨床実験は成功に終わったのか失敗に終わったのか、2010年に聴き返す『Remain In Light』は僕にはとてもフラットに新しく聴こえるが、それは何故なのだろうか。30年経ってまだ、光を保っているのかどうか。少なくとも、当時の論争にあった様な「西洋音楽によるアフリカに対する帝国主義」などといった言葉でもう片付けられる事はない事だけは確かな、核心的な表現が此処にはある。

 そして、保たれた光は「残存」している儘、この作品をもってトーキング・ヘッズのプロデュースを離れたブライアン・イーノがなんと2010年にWARPからアルバムを出すという時代を用意することになるという事実は非常に面白い示唆を孕んでいると思う。

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 タイトルは『Small Craft On A Milk Sea』。非常に柔らかなタイトルであり、基本、ここにはブライアン・イーノらしい「知性」を感じさせる以外、過剰なビートもボーカルも入ってこない。しかし、アンビエント調の曲の中に含まれる変拍子のビートを持った曲がもたらす「異化」作用が全体像に歪な印象論をもたらす。Warpから出たから、という訳ではないのだが、何故か僕はエイフェックス・ツインの『Drukqs』的なイメージを持った。それよりも、もっと悠遠でファストな感じは無く、「練り込まれた」様相はあるのだが、ギターにしてプロデューサーの若きレオ・エイブラハムズの影響と、ジョン・ホプキンスの効果もあるのか、もっと即興的な何かがある。その即興性の光の保ち方をして、ブライアン・イーノに関しては「換骨奪胎」と言えないのが彼自身の曲者性を示唆するというのがこの作品の奇妙な着地点を仮設定する。

 究極的に「純然たる音楽」を目指していたはずのブライアン・イーノはトーキング・ヘッズ時代からの都市的なハイブリッドな音楽の坩堝から離れて幾つものフェイズを潜り抜けて来ても、相変わらず「実験室」の中で白昼夢に混じる雑音に耳を傾けていたとすると、これは彼自身の独自の「途中経過報告」なのか、「来るべき新しい実験に向けてのワン・ステップなのか」と想いを馳せたくなるのは古参のファンの仕方が無いところだろうか。

 この、いささか支離滅裂なサウンド・アトモスフィアを示す『Small Craft On A Milk Sea』はいまだに「ポップ」に寄り添っており、また、都市音楽の真ん中で零れる電子音を拾い上げた微かな光が此処にあり、美しい独自の選択と集中によって編み込まれた音響工作は錆びていない。彼はまだ光に囲まれたままで居る(REMAIN IN LIGHT)。

(松浦達)

*日本盤は10月20日リリース予定です。【編集部追記】

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