アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ『スワンライツ』(Secretly Canadian / P-Vine)

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antony_and_the_johnsons.jpg 大傑作映画のクライマックスを最初から見せ付けられるような1曲目にまず私はたじろぐ。緊張を強いる音楽だという固定観念があったのでなおさら。かつてアンダーグランド・カルチャーに魅せられた一人の青年は、ロンドンからニューヨークへと活動の舞台を移し、おそらくアーティーな人たちが多く詰め掛けたであろうアヴァンギャルドなシアターで注目を集めた。そのプロフィールから浮かび上がってくる彼の音楽のイメージは、日常とはまったくかけ離れたものである。それにも関わらず、私は彼の音楽に不思議な心地よさを感じる。前述の緊張ももちろんあり、胸の中に温かい液体が流れ込んでくるような安らぎも感じるのだ。

 最初に解禁されたシングル「Thank you for your love」は、やはりこのアルバムのなかでも際立ってポップ・ソングに近いニュアンスを持つ。ピアノとギターの美しい絡みのなかで徐々にホーン隊が存在感を増してくるところなどは、まさに至高の瞬間だ。それ以外のアルバム曲のほとんどは彼の名前から連想される、そこだけゆっくりと時間が流れる舞台のための音楽のようである。舞台の上ではバレリーナがソロを噛み締める気持ちで華麗に踊る。あるいは孤独な老人が見えない涙を流す。そこには不思議と絶望の概念が見当たらない。私たちはこの世界に光を見出し、自分のなかにあるフィーリングをひとつひとつ確認する。

 ビョークが参加した「Fletta」も大きな聴きどころではあるだろう。やはりこれはピアノ伴奏のみ。ポップという言葉を多用してレビューを済ませてしまえるアーティストでないのはたしかだが、アントニーの音楽は誰も拒絶しないし、狭いコミュニティのなかでひそひそと聴かれるようなものでもない。たぶん、海外の音楽に精通している人はアントニーの新譜なんて聴き逃すわけがないと思う。ぜんぜん、本当はこんな文章なんて必要ないくらい素晴らしいから。でも、もしアントニーの音楽と今まで無縁だった人たちがこのレビューを読んでくれていたら、『Swanlights』をじっくり堪能するために、ちょっと1日の最後の時間くらい空けてもらいたい。このアルバムには愛が溢れていた。今回は恥ずかしげもなくこんなことを書きました。

(長畑宏明)

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