スタイロフォーム『ディスコ・シンセサイザーズ・アンド・デイリー・トランキライザーズ』(Nettwerk / &)

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styroform.jpg 00年代の初頭~中頃辺りまでに頻繁に見られたエレクトロニカやポストロックにまつわる言説や狂騒の数々を僕は冷ややかに眺めていたものだけど(このスノッブ野郎ども! ってね)、2010年に聴き返したMorr Musicのレーベル・コンピ盤『Putting The Morr Back In Morrissey』(04年作)は思った以上に新鮮で、不意打ちのごとき郷愁に襲われてしまった。(電子音楽における必然で)音自体は経年劣化も多少見られるが、このときレーベルやアーティストが共有していた美学はいつまでも古びず残るのだろう...なんて、腕組み&したり顔で考えてしまったくらいだ。うまい具合にモリッシーを引っ張ってきたタイトルのセンスも、いち早くスロウダイヴの再評価に動いたりもしたレーベルの審美眼も、柔らかでヒンヤリ冷たいシンセの音色も、結構な時間の過ぎ去った今になっても素敵だなって思える。

 あのアルバムに参加していたミュージシャンやバンドもまだまだ元気だ。今年新譜を出した面々だけでも、ラリ・プナ(Lali Puna)は相変わらずメランコリックな光景をポップな電子音と淡々としたフィメール・ヴォーカルで描き出し、ソルヴェント(Solvent)は一時期標榜していた弾けたクラフトワーク的エレポップから『Putting~』の時代にレイトバックするかのように、聴く者を穏やかに包み込むやさしい響きを聴かせてくれた。どちらもやや地味ながら、噛めば噛むほど味の出る好盤だった。

 同じくあのアルバムにも参加し、早い段階でインスト・エレクトロニカに別れを告げたスタイロフォームの新作も長く聴ける作品になりそうだ。04年にリリースされた『Nothing's Lost』はポスタル・サーヴィスやアメリカン・アナログ・セット、ラリ・プナのもつアンニュイな空気やサウンドの影響を汲んだり(実際に各バンドのメンバーも参加している)、Anticonのエイリアスも客演してドープなヒップホップ的要素を取り入れたりと実験的でメロウな作品だったが、Morr Musicを離れて作られた08年の前作『A Thousand Words』がもつ、爽快感と甘酸っぱさを兼ね備えたストレートな歌ものエレポップ路線(こちらにはジミー・イート・ワールドのジム・アトキンスらが参加。ゲストの顔ぶれの違いが端的に作風の違いも現している)を本作も基本的に踏襲している。

 カラフルな色合いの映える自画像がデカデカと載ったジャケット同様に人懐っこい本作は、そのデザインが表わすとおり、ベルギー出身のスタイロフォームことアーネ・ヴァンテン・ペテヘムが基本的にはひとりで長い期間スタジオに籠って作りあげたそうだ。レコーディングの際もプロトゥールスには頼らなかったらしく、ヴィンテージな電子楽器を駆使したアナログな触感がパーソナルな作風を一層色濃くしているが、曲調は今までになくポップだ。アルバム冒頭の「Carolyn」は後期ニュー・オーダー直系のキャッチーなメロディ・ラインが素晴らしいし、続く「Get Smarter」ではアッパーで尖ったエレクトロ・ヒップホップを鳴らす。女声コーラスも絡む「Mile After Mile」や「What's Hot (And What's Not)」をはじめ、躍動感の溢れる気持ちいいエレポップもたくさん用意され、エモく力強いアーネの歌声は聴いていてなんだか励まされる。

 作中の歌詞には近年のベルギーにおける政治危機からインスパイアされたという攻撃的なメッセージも籠められていたり(「Kids On Acid」なんて物騒なタイトルの曲では、"これは何かが起こる兆候だ 目を覚ませ!"と警鐘を鳴らしている)、セックス・ピストルズのポール・クックとディーヴォのアラン・マイヤーズがゲストとしてドラムを叩いていたり(売れっ子グレッグ・カースティンがプロデュースしたディーヴォの新譜と、"(いい意味で)開き直れている"という点では通じるものも)、アッパーな曲調もそうだし外向的でシリアスな面も多々あるが、若手ミュージシャンではジェームス・ユール辺りにも通じるこのポップ・センスはやはり「人懐っこい」と形容するのが正しい気がする。

『Disco Synthesizers & Daily Tranquilizers』という超カッコいいアルバム・タイトルは、エルヴィス・コステロの1978年の名曲「This Year's Girl」からの一節を引用したとのこと。「This Year's Girl」といえば、当時のロック・シーンでもっともヒップな存在のひとりだったコステロが、ファッションの世界で煌びやかな脚光を浴び、同時に消耗していく女性の物語を歌いながら「最先端の流行なんてすぐ忘れ去られちまうぜ」と毒を振りまいた、自虐的/批評的要素を存分に孕んだ痛快すぎる一曲。たしかにディスコテークともいえるシンセ・サウンドも鳴っているし、日々服用する精神安定剤の代わりにもなってくれそうなこのアルバムだが、おまけにアーネ自身も「タイムレスなエレクトロニック・アルバム」を目指したというのだから、これは本当にベストの引用。1978年のコステロがもっていたシニカルな視線に匹敵する、文句なしのクリティカルヒット。

 リミックス・ワークの方でも活発に提供を続け(最近ではブロック・パーティのケリーが今年リリースしたソロ作なども)、本作にも流行への目配りは随所に感じさせられるが、ややオールドタイミーなスタイルに落ち着いている部分もあるし、≪This Year's Model≫と評するには少し無理がある気もする。とはいえ、今日び派手さがウリの楽曲なんて至るところに溢れているわけだし、ふと思い立ったときにこのアルバムを取り出し、静かな高揚感に浸るのはとても有意義だと思う。聴き飽きないという点でたしかにタイムレス。彼の目標はここで十分に達成されている。

(小熊俊哉)

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