スーパーピッチャー『キリマンジャロ』(Kompakt/Octave Lab)

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  superpitcher.jpg デビュー時から天才と言われていたスーパーピッチャー。もしかしたら、マイケル・メイヤーとのユニット、スーパーメイヤーなら知っているという人もいるかも知れないけど、ソロでも良いアルバムを残している。前作『Here Comes Love』は、当時のフロアを意識した音が多かった。今作『Kilimanjaro』も、今の音楽シーンを意識した音を鳴らしているのだけど、フロアよりも、チルウェイヴに寄っていて、なかなか面白い。そもそも、チルウェイヴがディスコを強く打ち出した曲が多いから、あくまでテクノ/ハウスを基本とするスーパーピッチャーからすれば、取り入れやすい音楽だったのかも。

『Kilimanjaro』は、前作以上に「歌」が多いのも特徴で、ビートや構成はミニマル・テクノのそれだけど、電子音でさえ、アコースティックな響きを持った、なんとも不思議なアルバムになっている。個人的には、アコースティック・アルバムを作っても、かなりの物が出来上がると思うのだが、どうだろうか? テクノ・シーンから支持を受けているのは当然としても、フォールズなどのインディ・ロック勢からの賛辞もあったりするし、そういう意味では、スクリームの新譜と同様に、「場所やジャンルなんて関係ない」という意味での「ポップ」が、『Kilimanjaro』では鳴っているともいえる。どの曲も、尺は長いながらも、聴いていくうちに、耳が曲に惹きつけられていって、それは、スーパーピッチャーの音の抜き差しの巧みさもあるが、今作が「歌」のアルバムであるように、やはり「歌」が面白いからだと思う。

 僕は昔、ニュー・オーダーの曲で空耳アワーに投稿して、手拭いを貰ったことがあるんだけど、『Kilimanjaro』もそうした空耳の宝庫である。「裁判裁判裁判」とか、「ハゲねハゲねハゲね」とか。僕の英語力で聴く限り、歌詞にたいした意味はないと思うのだけど(だって、「キリキリキリマンジャロ」だからね)、そうした意味の無い歌詞や音楽が残ることもあるわけで、必要以上に「歌」を加護しすぎてない感じが僕は好きです。アルバム全体としては、ストイックという感じではなく、ドリーミーで、心地良く景色が歪んでいく感覚と共に、だんだん日常から浮遊的に離脱していく流れとなっている。空耳もそうなんだけど、音そのものに幻覚が見えたりしてきて、1曲目の「Prelude」のチャイムの音から飛ばされ、次のダビーな「Voodoo」で、完全に向こう側の世界へ。はっきり言って、『Kilimanjaro』は、害のないドラッグです。『Kilimanjaro』を聴けば、半分くらいバロウズやギンズバーグになれるのではないでしょうか? 『Kilimanjaro』を聴きながらやるセックスは、絶対気持ち良いと思う。

(近藤真弥)

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