October 2010アーカイブ

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brian_eno.jpg 2008年に久し振りにデヴィッド・バーンとブライアン・イーノが組んだ『Everything That Happens Will Happen』は興味深かった。彼等のウイットと知性が程好い緩さで交じり合い、そこには『Remain In Light』的な張り詰め方も強烈なハイブリッド性は無かったものの、確実なケミストリーがあり、奇妙な熱を放っていた。

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 このグローバリーゼーションの世の中で、エドワード・サイードの言うようなオリエンタリズム的視点は有効なのか、疑念を持つ事がある。要は、先進国の人々の「得ぬ場所」への視線が「オリエンタリズム」と特徴づけられるようなものになる理由をどう理解するかという文脈を敷くと、単純に、先進的な人たちにとっての「遠い存在」とはただの「無知」に依拠するのではないか、ということがある。「よく知らない」から、無知ゆえに種々の誤解が発生しても、その発生の過程さえ無視するという悪連鎖。これと比して、先進国と発展途上国の「間」には隣接・交流・対抗の長い歴史があるが故に、その歴史の中では優位/劣位の時期の捩れを「深層」部分で捻じ曲げようという策略性が孕んでいるのではないか、という修整。「過去における劣位の記憶」を対象化するために敢えて位相を曲げてみて、そこで、「オリエント」とは果たして何を示唆するのか、興味深さをおぼえる。グローバル・スタンダードと発語したときの、スタンダードはもしかしたら、もっとシンプルな先進国諸国の強引な価値観の押し付けではなく、旧くに封じ込められた意識の問題としての標準測位としたならば、わざわざシビアな観点から世界を捌く必然性は無い。

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 80年代後半だろうか、「ワールド・ミュージック」という棚が正式にどんどん出来だしたのは。そして、それまで雑多な枠に納まっていた音楽群に一応、「名称」がついた。アフリカ音楽ならユッスー・ンドゥール、サリフ・ケイタやフェラ・クティ、レゲエならスタジオ・ワン、ラテンならカルメン・ミランダ、カエターノ・ヴェローゾにジョアン・ジルベルト、加え、ヒュー・トレイシーなどのフィールド・レコーディングものも「再発見」され、レア・グルーヴとの「共振」を経て、モダナイズされる「未開の地の(実は、高度帝国化に或る程度毒されている)先進的でプリミティヴなビート」は世の中に還元され、あちこちの音楽家の手元に渡り、本当の「民俗音楽」は門外不出のように、また、その場所に行かないと分からない代物に成り果て、雑な「WORLD/OTHER」という棚だけが透明度を増し、誰かの音楽を「誰ものもの「へ橋渡そうという「試み」だけが空転した。言うならば、まだ未然犯罪のようにその棚に並べられているCDやレコード群は誰かを待っているのかもしれない、と思っていたら、配信の時代が来て、世界中の人たちが辺境の国の音楽を掘り下げられる事が出来るようになった。

「1980年代の一枚」によく挙げられることになり、現代ではヴァンパイア・ウィークエンド含め数多のバンドに影響を与え、ワールド・ミュージックのポップ側からの「平準化」の産物のスケイプゴートとして提示さえされているかのような、トーキング・ヘッズの『Remain In Light』とは何なのか、今でも考える。
 
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 アフロ・ビートの拝借、70年代前半エレクトリック・マイルス期のような循環するグルーヴ、DFA界隈に流れ込むような「人力のダンス・ビート」の産物にして、ブライアン・イーノとデヴィッド・バーンの音響工作の妙が最高精度まで高められた白人側からの黒人音楽、第三世界へ向けたオマージュのような、上澄みを掬うように、知識と度胸だけでギクシャク踊ろうとしてみせた当時のデヴィッド・バーンのサイズの合わないスーツで踊る「そのまま」のようなアルバム。

 この作品を巡っては、のちにキング・クリムゾンに加入するギタリストのエイドリアン・ブリュー、エンジニアの一人のジャマイカ人のスティーヴ・スタンリー、元ラベルのノナ・へンドリックスなどがいるように、人種・分野の横断・共同体的な「一枚」のセッションの結果の果ての、アフリカ音楽の白人側の拝借ではない、ニューヨークという土地柄が示す人種のメルティング・ポット、混雑振りを如実に顕したハイブリッドな都市音楽の側面が実は、強い。「肉体性」と「還るべき場所」を持たない(持ち得ない)白人たちが、「肉体性」と「戻るべき場所」を持つ黒人音楽の屈強さへ知識と好奇心でリーチしようとせしめたナイーヴながらも音像化した中でのデッド・キャン・ダンス。
 
 ロックという「伝統芸能」をパンクが「デッド・エンド」を表明して、相克していた時期、ロックは「未開のグルーヴや未開の音」を求めて、取り敢えず、プレスリーやビートルズやストーンズのレコードは「もう、分かっているから、いい」と横に置いた。非西欧音楽へ魅かれた汎的なノン・ミュージシャンたるブライアン・イーノが混じっての臨床実験は成功に終わったのか失敗に終わったのか、2010年に聴き返す『Remain In Light』は僕にはとてもフラットに新しく聴こえるが、それは何故なのだろうか。30年経ってまだ、光を保っているのかどうか。少なくとも、当時の論争にあった様な「西洋音楽によるアフリカに対する帝国主義」などといった言葉でもう片付けられる事はない事だけは確かな、核心的な表現が此処にはある。

 そして、保たれた光は「残存」している儘、この作品をもってトーキング・ヘッズのプロデュースを離れたブライアン・イーノがなんと2010年にWARPからアルバムを出すという時代を用意することになるという事実は非常に面白い示唆を孕んでいると思う。

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 タイトルは『Small Craft On A Milk Sea』。非常に柔らかなタイトルであり、基本、ここにはブライアン・イーノらしい「知性」を感じさせる以外、過剰なビートもボーカルも入ってこない。しかし、アンビエント調の曲の中に含まれる変拍子のビートを持った曲がもたらす「異化」作用が全体像に歪な印象論をもたらす。Warpから出たから、という訳ではないのだが、何故か僕はエイフェックス・ツインの『Drukqs』的なイメージを持った。それよりも、もっと悠遠でファストな感じは無く、「練り込まれた」様相はあるのだが、ギターにしてプロデューサーの若きレオ・エイブラハムズの影響と、ジョン・ホプキンスの効果もあるのか、もっと即興的な何かがある。その即興性の光の保ち方をして、ブライアン・イーノに関しては「換骨奪胎」と言えないのが彼自身の曲者性を示唆するというのがこの作品の奇妙な着地点を仮設定する。

 究極的に「純然たる音楽」を目指していたはずのブライアン・イーノはトーキング・ヘッズ時代からの都市的なハイブリッドな音楽の坩堝から離れて幾つものフェイズを潜り抜けて来ても、相変わらず「実験室」の中で白昼夢に混じる雑音に耳を傾けていたとすると、これは彼自身の独自の「途中経過報告」なのか、「来るべき新しい実験に向けてのワン・ステップなのか」と想いを馳せたくなるのは古参のファンの仕方が無いところだろうか。

 この、いささか支離滅裂なサウンド・アトモスフィアを示す『Small Craft On A Milk Sea』はいまだに「ポップ」に寄り添っており、また、都市音楽の真ん中で零れる電子音を拾い上げた微かな光が此処にあり、美しい独自の選択と集中によって編み込まれた音響工作は錆びていない。彼はまだ光に囲まれたままで居る(REMAIN IN LIGHT)。

(松浦達)

*日本盤は10月20日リリース予定です。【編集部追記】

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gold_panda_lucky.jpg「暖かいな」。これが、ゴールドパンダのファーストアルバムを聴いて、心に浮かんだ言葉だ。CDショップとかに行くと、「ポスト・ダブステップのニューカマー」として紹介されていたりするけど、よく言われるように、ダブステップではないと思う。そういう意味では、よく比較対象にされる、スクリーム『Outside The Box』と比べるのは、無意味ともいえる。ゴールドパンダ本人は、ダブステップを好んで聴くようだし、アルバムにも影響は見られるけど、それ以上に、シンプルな4つ打ちが、ゴールドパンダの味付けで味わえる。

 僕が思うに、「ダブステップの新しい流れを作り出す」という一部の期待を裏切るアルバムになっている。それは、一部の人の期待を裏切ることになるだろうけど、僕みたいに、端からゴールドパンダをダブステッパーとみなしていない人にとっては、期待通りの痛快なアルバムになっている。すごくパーソナルで、自分のすぐ隣にある音。音のひとつひとつが歌っているような、そのひとつひとつの歌が交わるとき、聴く者の頭に懐かしいような、それでいて、心地良い風景が浮かんでくる。このチープで素晴らしい電子音は、ここではないどこかへと連れて行ってくれる。クッキーシーンに既に掲載されているインタヴューにもあるとおり、まともな機材はTR-808くらいで、あとは名もないチープな楽器や機材で作られているけれど、ゴールドパンダの場合は、そこを本人のセンスでもって、みごとにすべてを調和させている(ゴールドパンダは本当にユーモアのある人で、インタヴューでダブステップの話になったときにジョーカーを例えに出したジョークはかなり面白かった)。

 見た目や性格はかなり文系なゴールドパンダだけど、そのなかに潜んでいる熱やセンスというのは、かなりぶっ飛んでいる。特に、「India Lately」の展開なんかは、「僕もう我慢できない!」的な、駄々っ子みたいな展開で、微笑ましくもある。かと思えば、抜けの良い爽やかで繊細な「Snow & Taxis」もある。僕はこの振れ幅の大きさにある種の狂気を感じるのだけど、どうだろうか? ゴールドパンダは野心を抱えているように思う。でもそれは「世界を変えてやる」とか、そういうがつがつしたものではなくて、「目の前の景色を変えていく」という極めて日常的な、まるでベッドルームに根ざしたような夢がある。シーンをひっくり返すとか、そんな大げさなものではなくて、「あなたの隣に住んでいる天才」の誕生を祝う、そんなアルバムだと思う。

(近藤真弥)

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antony_and_the_johnsons.jpg 大傑作映画のクライマックスを最初から見せ付けられるような1曲目にまず私はたじろぐ。緊張を強いる音楽だという固定観念があったのでなおさら。かつてアンダーグランド・カルチャーに魅せられた一人の青年は、ロンドンからニューヨークへと活動の舞台を移し、おそらくアーティーな人たちが多く詰め掛けたであろうアヴァンギャルドなシアターで注目を集めた。そのプロフィールから浮かび上がってくる彼の音楽のイメージは、日常とはまったくかけ離れたものである。それにも関わらず、私は彼の音楽に不思議な心地よさを感じる。前述の緊張ももちろんあり、胸の中に温かい液体が流れ込んでくるような安らぎも感じるのだ。

 最初に解禁されたシングル「Thank you for your love」は、やはりこのアルバムのなかでも際立ってポップ・ソングに近いニュアンスを持つ。ピアノとギターの美しい絡みのなかで徐々にホーン隊が存在感を増してくるところなどは、まさに至高の瞬間だ。それ以外のアルバム曲のほとんどは彼の名前から連想される、そこだけゆっくりと時間が流れる舞台のための音楽のようである。舞台の上ではバレリーナがソロを噛み締める気持ちで華麗に踊る。あるいは孤独な老人が見えない涙を流す。そこには不思議と絶望の概念が見当たらない。私たちはこの世界に光を見出し、自分のなかにあるフィーリングをひとつひとつ確認する。

 ビョークが参加した「Fletta」も大きな聴きどころではあるだろう。やはりこれはピアノ伴奏のみ。ポップという言葉を多用してレビューを済ませてしまえるアーティストでないのはたしかだが、アントニーの音楽は誰も拒絶しないし、狭いコミュニティのなかでひそひそと聴かれるようなものでもない。たぶん、海外の音楽に精通している人はアントニーの新譜なんて聴き逃すわけがないと思う。ぜんぜん、本当はこんな文章なんて必要ないくらい素晴らしいから。でも、もしアントニーの音楽と今まで無縁だった人たちがこのレビューを読んでくれていたら、『Swanlights』をじっくり堪能するために、ちょっと1日の最後の時間くらい空けてもらいたい。このアルバムには愛が溢れていた。今回は恥ずかしげもなくこんなことを書きました。

(長畑宏明)

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neil_young.jpg 僕は『The Bridge : A Tribute To Neil Young』というニール・ヤングへのトリビュート盤がお気に入りだった。このアルバムは、ニール・ヤングと奥さんが運営しているハンディキャップを持つ子供たちの支援施設へのチャリティを目的としたもの。参加していたバンドがとにかく豪華。ソニック・ユース、フレーミング・リップス、ニッキー・サドゥン、ピクシーズ、ニック・ケイヴ、サイキックTV(!)、ダイナソーJr.などなど。発売はグランジ前夜の1989年。ニール・ヤング本人は迷走の80年代を何とか切り抜けて、『Freedom』という傑作で「Rockin' In The Free Worldだろ!」と、再び声を上げ始めていた。

 20年後の今、ニール・ヤングの最新作『ル・ノイズ』が素晴らしい。プロデュースは、U2やボブ・ディランの名作を手がけ、最近ではブランドン・フラワーズのソロ・デビュー作にも参加しているダニエル・ラノワ。アルバム発売と同時にYouTubeにアップされた映像も必見だ。聖堂にも見えるバルコニーで、アルバム全曲を歌とギター1本だけで演奏するニール・ヤング。そして、ジャケット・デザインそのままの陰影を音像化するラノワのプロデュース・ワーク。フランス語っぽい『ル・ノイズ(Le Noise)』というタイトルは、訳すと「喧嘩」という意味もあるらしい。ノイズというには、繊細すぎるフィードバック。喧嘩というには、叫びから程遠い歌声が聞こえる。

 90年代を迎えた頃、ニール・ヤングはグランジの隆盛と共にシーンの最先端で活躍する。クレイジー・ホースを率いたファズの歪みと着古したネルシャツ、マーティンのアコギと美しいメロディは、パール・ジャムをはじめとする当時の若手バンドのリスペクトを一身に集めていた。ソニック・ユースを前座にツアーしていた時期もあった。どんなに分厚いフィードバックを轟かせても、その歌声だけは細く、時に頼りなさげ。それがどこまでもリアルで、僕たちの心を捉えて離さなかった。だけど、94年にカートがニール・ヤングの「ヘイ・ヘイ・マイ・マイ」の言葉を借りてこの世を去った。「錆びつくよりも、今燃え尽きる方がいい」。バカ野郎。

 『ル・ノイズ』はアート・ワークも音の粒子もザラザラでモノトーンだ。燃えカスみたいだ。錆びついちまったみたいだ。でも、あの歌声は今も変わらない。『ル・ノイズ(Le Noise)』ってタイトルは、プロデューサーのダニエル・ラノワ(LANOIS)のダジャレらしい。あんまり笑えないな。カートを失ったあとも、僕たちだってたくさんの時間を生きてきた。911、環境問題、経済不況、政治、戦争、人には言えない個人的なあれこれ。このアルバムの「LOVE AND WAR」という曲を聴いて欲しい。「愛と戦争を歌おうとしても、何て言ったら良いのかわからない」「間違ったコードで正義について歌った。それでもまだ、愛と戦争を歌おうとしている」。今ここにいて、声を出す。ノイズを増幅させる。あきらめてはいない。そう、まだ錆びついていないし、燃え尽きてもいないんだ。

(犬飼一郎)

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styroform.jpg 00年代の初頭~中頃辺りまでに頻繁に見られたエレクトロニカやポストロックにまつわる言説や狂騒の数々を僕は冷ややかに眺めていたものだけど(このスノッブ野郎ども! ってね)、2010年に聴き返したMorr Musicのレーベル・コンピ盤『Putting The Morr Back In Morrissey』(04年作)は思った以上に新鮮で、不意打ちのごとき郷愁に襲われてしまった。(電子音楽における必然で)音自体は経年劣化も多少見られるが、このときレーベルやアーティストが共有していた美学はいつまでも古びず残るのだろう...なんて、腕組み&したり顔で考えてしまったくらいだ。うまい具合にモリッシーを引っ張ってきたタイトルのセンスも、いち早くスロウダイヴの再評価に動いたりもしたレーベルの審美眼も、柔らかでヒンヤリ冷たいシンセの音色も、結構な時間の過ぎ去った今になっても素敵だなって思える。

 あのアルバムに参加していたミュージシャンやバンドもまだまだ元気だ。今年新譜を出した面々だけでも、ラリ・プナ(Lali Puna)は相変わらずメランコリックな光景をポップな電子音と淡々としたフィメール・ヴォーカルで描き出し、ソルヴェント(Solvent)は一時期標榜していた弾けたクラフトワーク的エレポップから『Putting~』の時代にレイトバックするかのように、聴く者を穏やかに包み込むやさしい響きを聴かせてくれた。どちらもやや地味ながら、噛めば噛むほど味の出る好盤だった。

 同じくあのアルバムにも参加し、早い段階でインスト・エレクトロニカに別れを告げたスタイロフォームの新作も長く聴ける作品になりそうだ。04年にリリースされた『Nothing's Lost』はポスタル・サーヴィスやアメリカン・アナログ・セット、ラリ・プナのもつアンニュイな空気やサウンドの影響を汲んだり(実際に各バンドのメンバーも参加している)、Anticonのエイリアスも客演してドープなヒップホップ的要素を取り入れたりと実験的でメロウな作品だったが、Morr Musicを離れて作られた08年の前作『A Thousand Words』がもつ、爽快感と甘酸っぱさを兼ね備えたストレートな歌ものエレポップ路線(こちらにはジミー・イート・ワールドのジム・アトキンスらが参加。ゲストの顔ぶれの違いが端的に作風の違いも現している)を本作も基本的に踏襲している。

 カラフルな色合いの映える自画像がデカデカと載ったジャケット同様に人懐っこい本作は、そのデザインが表わすとおり、ベルギー出身のスタイロフォームことアーネ・ヴァンテン・ペテヘムが基本的にはひとりで長い期間スタジオに籠って作りあげたそうだ。レコーディングの際もプロトゥールスには頼らなかったらしく、ヴィンテージな電子楽器を駆使したアナログな触感がパーソナルな作風を一層色濃くしているが、曲調は今までになくポップだ。アルバム冒頭の「Carolyn」は後期ニュー・オーダー直系のキャッチーなメロディ・ラインが素晴らしいし、続く「Get Smarter」ではアッパーで尖ったエレクトロ・ヒップホップを鳴らす。女声コーラスも絡む「Mile After Mile」や「What's Hot (And What's Not)」をはじめ、躍動感の溢れる気持ちいいエレポップもたくさん用意され、エモく力強いアーネの歌声は聴いていてなんだか励まされる。

 作中の歌詞には近年のベルギーにおける政治危機からインスパイアされたという攻撃的なメッセージも籠められていたり(「Kids On Acid」なんて物騒なタイトルの曲では、"これは何かが起こる兆候だ 目を覚ませ!"と警鐘を鳴らしている)、セックス・ピストルズのポール・クックとディーヴォのアラン・マイヤーズがゲストとしてドラムを叩いていたり(売れっ子グレッグ・カースティンがプロデュースしたディーヴォの新譜と、"(いい意味で)開き直れている"という点では通じるものも)、アッパーな曲調もそうだし外向的でシリアスな面も多々あるが、若手ミュージシャンではジェームス・ユール辺りにも通じるこのポップ・センスはやはり「人懐っこい」と形容するのが正しい気がする。

『Disco Synthesizers & Daily Tranquilizers』という超カッコいいアルバム・タイトルは、エルヴィス・コステロの1978年の名曲「This Year's Girl」からの一節を引用したとのこと。「This Year's Girl」といえば、当時のロック・シーンでもっともヒップな存在のひとりだったコステロが、ファッションの世界で煌びやかな脚光を浴び、同時に消耗していく女性の物語を歌いながら「最先端の流行なんてすぐ忘れ去られちまうぜ」と毒を振りまいた、自虐的/批評的要素を存分に孕んだ痛快すぎる一曲。たしかにディスコテークともいえるシンセ・サウンドも鳴っているし、日々服用する精神安定剤の代わりにもなってくれそうなこのアルバムだが、おまけにアーネ自身も「タイムレスなエレクトロニック・アルバム」を目指したというのだから、これは本当にベストの引用。1978年のコステロがもっていたシニカルな視線に匹敵する、文句なしのクリティカルヒット。

 リミックス・ワークの方でも活発に提供を続け(最近ではブロック・パーティのケリーが今年リリースしたソロ作なども)、本作にも流行への目配りは随所に感じさせられるが、ややオールドタイミーなスタイルに落ち着いている部分もあるし、≪This Year's Model≫と評するには少し無理がある気もする。とはいえ、今日び派手さがウリの楽曲なんて至るところに溢れているわけだし、ふと思い立ったときにこのアルバムを取り出し、静かな高揚感に浸るのはとても有意義だと思う。聴き飽きないという点でたしかにタイムレス。彼の目標はここで十分に達成されている。

(小熊俊哉)

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Im_not_a_gun.jpg オーストリア出身のトラック・メイカー、ジョン・テハーダと日本人ギタリスト、タケシ・ニシモトからなるデュオ・ユニットの通算5作目となるアルバム。ジョンによるトラックの上をニシモト氏の美しくも様々な表情を見せるギターワークが展開していくという基本構造は変わらないものの、以前よりジョン自身による生ドラムが大きくフィーチャーされており、ある種ロック的ともいえる躍動感が生まれている。一方で、言葉がないために一見抽象的な表現に偏りがちな音楽性なのだけれども"私は兵器ではない"というマニフェスト的なユニット名や、「In Sepia」、「Red or Yellow and Blue」といった言葉で彩られた曲名群、そして全体を貫くシリアスなトーンからは(具体的な言葉ではなく音の響きによる)何らかのメッセージの「色」が感じられる。

 あと、本作の幾つかの曲におけるニシモト氏のギタープレイにはヴィニ・ライリーのソロ・ユニット、ドゥルッティ・コラムを想起させる部分も。ヴィニ自身は全身音楽家で、まるでギター好きの少年が演奏に全身全霊を捧げるあまり、少年の心を持ったまま大人になってしまった、という印象がある。一方で、本作には「Music For Adults」というタイトルの曲がある。たしかにアイム・ノット・ア・ガンの音楽は卓越したテクニックと経験を持つ「大人」だからこそ奏でられるものだと思うと同時に、この曲におけるヴィニを思わせる「無垢」な響きからは、ひょっとして(技術だけに偏ることをよしとしないという)反語的な意味合いが曲名に含まれているのかも、なんて勘ぐりをしてしまう。

(佐藤一道)

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World_Penguin's_ Carnival2010.jpg 重量感のあるリズムなのにカラッと渇いたグルーヴに思わず身体が揺れる。サイケデリックやジャズなテイストも味わえる。そんな自由で郷愁な素晴らしい曲たちが収録された、PENGUINMARKET RECORDSの5周年記念コンピ。参加アーティストはsgt.、wooderd chiarie、MAS、middle9、Tujiko Noriko、Screaming Tea Party、egoistic 4 leaves等々。

 変則的なウネリが心地良いダンス・ミュージック、カラフルなエレポップに融合する声のない歌(ペンギンマーケットはインスト・バンドを中心に運営するインディーズレーベルなのです)は甘い響きを魅せる。そして、ソウル溢れるホーンセクションに、パンチのあるリズムと温かいメロディが優しく空間を包み込んでくれるのだ。緩やかに陽が沈み、素敵な仲間たちとの賑やかな夜が始まる...そんな気分が味わえるアルバム。それぞれのバンド、それぞれの音が個性を放っているのに、一体感のある〈現在〉の音が圧巻。

(粂田直子)

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miles_davis.jpg スピノザは、多重言語内の中で「人間精神を構成する観念の対象は存在する身体である」と言った。敷衍して、彼が示す「自由意思」について考えてみると、能動性とは「外部」からの力の作用を受けず、人間が自分自身の力のみによってなす行為であり、受動性とはその反対に、外部の力に作用されてなす行為であると言い換えられ、能動には精神の能動もあり、身体の能動もあるが、精神の能動は理性と呼ばれ、身体の能動は伸びやかな「自然な運動」を指すとしたならば、反対に精神の受動は「パッション」と称されるような心の情動を指し示し、身体の受動は心の命令によって為される運動を指すと換言出来る。その「パッション」が強烈にこの『Bitches Brew』には感じる事が出来る。観念、精神的に潜航していく情熱のような何かとサブライムな逸脱の意思に支えられた自由。


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 1960年代のマイルスを現在の視点から見直すと、面白い発見が幾つもある。

『In Stockholm 1960』でのジョン・コルトレーンとのエゴの張り合いからジョン・コルトレーン以後のサックス奏者を探す中で、ハンク・モブレーに出会ったものの、『Someday My Prince Will Come』では2曲でジョン・コルトレーンが参加しているという流れ。ただ、この作品で「意味が大きかった」のがテオ・マセロの手腕だということ。ここで鮮やかに見せつけられるテープ編集の妙、オーヴァーダビングの技巧は既に「サンプリング」とか「リミックス」の先駆けと言ってもいいのかもしれない。

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 ちなみに、1962年にはUKではビートルズがデビューして、1964年にはUSにも上陸している。また、ボサノヴァの隆盛もあった。アントニオ・カルロス・ジョビンの流麗なレヴェルは軽快に、多くの人に響いた。マイルス自身、負けん気の強い人だったので、1960年代、前半はそういったものに目配せしていたが故に、と言おうか、メンバー探しの苦闘下で、半ば休止状態にあり、『At The Blackhawk』、『Miles Davis At Carnegie Hall』のライヴ・レコーディング作品、ジョビンのボサノヴァに正面から挑んでみせたギル・エヴァンスとの1963年の『Quiet Nights』はレコード会社の「無理強い」だったのもあったのか、化学反応は起こらず、内容は特筆すべき要素は無い。

 そのような中、ロック界では1966年にはビーチ・ボーイズのマッドな音響工作の果ての極北とも言える『Pet Sounds』、1967年にあのサイケデリックなコンセプト・アルバムの至高作『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』がリリースされ、1969年のウッドストックに「向けて」のラブ・アンド・ピースを標榜し、何よりもヒップなものがロックだという認識がユース・カルチャーに定着しつつあるという時代の中、マイルスは「黄金のクインテット」として、テナーサックスにウェイン・ショーター、ピアノにハービー・ハンコック、ベースにロン・カーター、ドラムにトニー・ウィリアムスといった風情で『Miles in Berlin』、『E.S.P.』、『Miles Smiles』、『Sorcerer』、『Nefertiti』と怒涛のレコーディング体勢に入ってゆく。ここらの作品は非常にアグレッシブで<非>ジャズ志向に根差している。また、1967年以降の作品には、愈よエレクトリック要素が強くなってくる。そして、クインテットでのスタイルを終わりにして、ジョー・ザヴィヌルが書いた「In A Silent Way」で或る意味の「沸点」を迎える。テオ・マセロの執拗なテープ編集により、解体と構築の狭間を行くサウンド・コンクレート。それはもはや、ジャズでもなく、ロックでもないものとも言え、同じ演奏パートが複数回出てくるにも関わらず、全くの違和を感じさせない。

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 ウッドストック・フェスティヴァルの開催の翌日から録音が開始され、3日間に渡るレコーディング・セッションはほぼノーカットでマスターテープにおさめられることになり、これを100分という内容に再構成したテオ・マセロと、マイルスの想像力と想像力のピークラインが巨大なキャンパスにぶちまけられたとも言えるパッションが溢れた作品が1969年の『Bitches Brew』になる。

 ドラムスを複数にして、パーカッションを加え、リズムをより多彩に複雑にすることにより、ロック的なリズム・パターンからポリリズミックなアフロ・ビートが行き交うアルバムになり、これがその後の「フュージョン」のベーシックな部分を担い、また、現代においても常に何かの際の参照点にされる作品だと言われるのはその美しいまでの渾沌だと言える。この「渾沌」は当時のビートルズ、ローリング・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックスなどと「共振」していたとも思える部分があって、興味深く、ユース・カルチャーがロックにお株を奪われていた時代に、『Bitches Brew』が示した深い渾沌はジャズと呼ばれるジャンルさえも越境させたし、当時の旧いジャズ・ファンからは誹りも受けた。兎に角、時代より進み過ぎていたのか、ジャンルなんて括りなんてそもそも無視していたのか、よく分からないが、今年、40年目をセレブレイトしてか、再評価の波を受ける一端を担ってか、いや、現代的にもまだ通用するものとしてなのか、スペシャル・パッケージとしてリリースされた。

 このレガシー・エディションには「Spanish Key」、「John McLAUGHLIN」の初出となるオルタナ・テイク、「Spanish Key」、「Miles Runs The Voodoo Down」、「Great Expectations」、「Little Blue Frog」のシングル・エディット・ヴァージョンがボーナス・トラックとして追加されている。少し残念なのが、これは「Sanctuary」でこそ終わる「べき」作品だと個人的に想うだけに、そこにそれらを付け足した点は気になる。出来れば、別CDとしてセパレートして欲しかった。またプラス・アルファとして『Bitches Brew』発表後の1970年8月18日のマサチューセッツ州ボストン郊外のタングルウッド公演CDが付加されている。これは凄まじいライヴで、バンド離脱直前となるチック・コリアと、Wキーボードのもたらす昂揚感は特に痺れるものがある。更に、DVDには1969年11月4日デンマークのコペンハーゲンにおけるステージが入っており、ウェイン・ショーター、チック・コリア、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネットという所謂、「ロスト・クインテット」と呼ばれる時期のアグレッシヴなパフォーマンスが収められている。約70分の演奏は、オリジナルのスタジオ録音を大きく編曲しているので、殆どフリーでまるで「曲」が「曲」なのかも分からないくらいのインプロが繰り広げられている。

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 この2010年に『Bitches Brew』が好事家やコレクターだけに回収されるのは勿体ない、と思う。僕自身としては、マイルス・デイヴィスとしては『Kind Of Blue』しか知らない、とか、名前だけで何となく敬遠していたと言える人たちやユースにこそ手に取って欲しいと希っているし、このダイナミクスの力学が働いた音像に触れる事によって、ジャンルの細分化の果てにムラ化が激しいロックやジャズといったものの境界線を跨ぐステージ・パスになるような気もしているだけに、「レガシー・エディション」といった、如何にもな「大人のコレクターズ・アイテム的名称」の部分は除いて、本テイクやオルタナ・テイクなどを楽しみ、DVDでの映像の格好良さに痺れるのは単純に良いと思う。例えば、「Spanish Key」など緻密な構成のままで17分を越えるスリリングな展開を見せるのは昨今のジャム・バンドやインスト・ロック・バンドを想わせる何かがあるし、昨今のトータスやフライング・ロータス等の持つビート・センスやプログレッシヴな面を別位相から照射している光が宿っていると思えてならない。

 まだ、この作品に対する明確な「回答」は出ていないが故に、その問題に向き合う為に、この不気味なまでの自由に向き合ってみるのは今こそ大事な気がする。「聖域(Sanctuary)」は踏み込まれる為に在る。

(松浦達)

*日本盤は11月17日リリース予定です。【編集部追記】

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kataoka_tsurutaro.jpg 1909年のルーセルの『アフリカの印象』という作品を知っている人も多いだろうが、話はこうだ。南米に向かうヨーロッパの客船がアフリカの沿岸で座礁して、黒人の国であるポニュケレのタルーという王様に捕らえられ、身代金が到着するまで軟禁される。

 客船の中には、歴史家、名ダンサー、カウンターテナーの歌手、科学者、フェンシングのチャンピオン、発明家、彫刻家、銀行家、喜劇役者、オペラ歌手、魚類学者、医者、チター奏者、サーカス芸人など多々なる人が居て、軟禁されている間、暇潰しの為に有志で「無比倶楽部」というサークルを創る。そのサークルで戯れている間に、タルー王は敵国との戦争に勝ち、二つの国の王様になり、戴冠式の際に余興として無比倶楽部の面々が奇妙な出し物を披露する。頭蓋骨の中に灯りがつくカントの像、チターでハンガリーの舞曲を奏でる巨大な蚯蚓、丸薬を水に投げ込むと水面にメドゥーサの顔が浮かぶ水中花火...主にこの式内での処刑の模様と余興の描写が全面を占める。最後、人質は無事解放され、フランスの港で別れる。

 ピカビア、デュシャン等お歴々を虜にした、総てを「解放させる」非・意味の物語。

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 もし、「この客船に片岡鶴太郎が居たらどうなっていたのか」、考えることがある。故・ナンシー関やリリー・フランキーやら諸氏に突っ込まれるまでもなく、「鶴太郎・的人間」だけはややこしい。若しくは、僕はそういった「心性」や「人間の在り方」に対して、徹頭徹尾「抗っていく」つもりの覚悟だけは揺るがないのは「自覚」している自分のイメージと巷間との誤差値の補整を試みていない所に尽きる。要は、ひょうきん族での「おでん芸」で名を為したのに、それを葬送したかの「ように」振る舞って、ボクシング、絵描き、俳優、文化人としてどんどん「素敵な自分」を彩っていく様態、人生の在り方そのものが奇妙な「上昇」に見えるフェイクにしか思えないのだ。

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「芸能人」というのは儚い稼業で、また「イメージ」で成立しているとは言え、あの鶴太郎の筆文字や絵、そして、時折、物好きに組まれる「情熱大陸」的なドキュメンタリーをして、その裏に重厚な(ような)人生に想いを馳せる人たちもたまには居るとは想うのだが、そんなに人間という生物、なんて「重厚」でも「裏がある」訳でも無く(寧ろ、それぞれにドラマはある)、幾らスタイリッシュにダチョウ倶楽部がおでんの鍋を前に、芸をキメてみても、それを「伝承させた顔」で高みから観ている鶴太郎こそがが、今でも、「熱熱のちくわぶや大根を口に入れられるべき」だと思っている。「素敵な加齢」でブレイクスルーしたつもりで、谷村新司的にナイス・ミドルを気取っている「余白」は実は彼には無いのだ。

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 たけしが、あれだけの立場になっても相変わらず扮装して「下らない芸」をやる限り、タモリが「昼間のお茶の間で、空虚にボケ続ける」限り、後進者にとっては壁は厚く、敵わないな、という嘆きに変容する中、彼だけは鮮やかに素敵に「全身芸術家」として体現する。全身を賭して文化人を演出する「鶴太郎という空虚な存在体」のもはやこの長年に及ぶ「裸の王様」振りを糾弾する者も居ない。いや、面倒だから「しない」のかもしれない。

 地方の百貨店や温泉街で見受ける鶴太郎作品展、コメンテイターでスーツに身を固める姿、お笑い番組で「坂上二郎の物真似」をしてみせながら、「いや、もう本当は、こんなのやらないんだよ。」と言いたげな顔、総てを対象化して、「おでんの鍋」を今すぐ、彼の前に用意しないといけないとさえ思うのだが、もはやそういった余地さえ彼の前では無いのか、彼が許されないのか、暗黙の内に「芸人→俳優→文化人→藝術家」という螺旋階段を昇っていった(下っていった?)様の、結果論を周囲や視聴者たちは享受はしない、拒絶している筈なのに、当の鶴太郎は「素敵」を纏う。その「素敵」は詐術としてのそれも孕む。

 しかし、鶴太郎的な存在に「思考停止」をしてゆく監視側こそが本当は重要で、それらがスルーしたイメージ分、当事者の過剰な自意識はどんどん肥大してゆくのだ。肥大していった自意識は「本体」を喰い尽す。だから、彼は「自分の描く、素敵な"俺"像」の追及のループの中で、必死に筆を執るのだが、周囲は別に彼の「自意識」に対して値札を貼ろうともしないからこそ、「おでんの鶴太郎」は永遠に、「誰もいない砂漠」に置いてけぼりになるか、YouTubeでの再生回数のみが膨れ上がっていくことになる。矢沢永吉みたいに「自分で自分を笑えて、アルバムに"ロックンロール"と名付けることが出来る」くらいは可愛いのだが、ボクシング、絵画、文化人、と手を出していく鶴太郎を視てきたこの10年以上、僕はどうにもうんざりさせられることが多かった。

 その「うんざり」は、オルテガ的に衆愚社会を憂うとかじゃない、自己批評精神の欠如や評論界の頽廃と近似してもいて、僕はまた彼が熱いおでんを食べて、リアクションが出来る世界に戻らない限り、どこかで見切りを付けるつもりでいる。どうでもいいよ、は罪だ。彼の「素敵な今」にナレーションは付けなくてもいい。今すぐ、おでん鍋を置くべきだ。

(松浦達)

2010年10月11日

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