ザ・ハンドレッド・イン・ザ・ハンズ『ザ・ハンドレッド・イン・ザ・ハンズ』(Warp / Beat)

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the_hundred_in_the_hands.jpg 漬物が欲しくなる。味噌汁も欲しくなるからしようがない。いわば庶民の味が欲しくなる。いやいや、お前は何を言っているんだという感じだが、08年にTHITHという名義で結成し、現在はザ・ハンドレッド・イン・ザ・ハンズに名義を変えた彼らの、Warpからすでに今年発表されたEPに続く待望のデビュー・アルバムはスマートでエレガント過ぎる。これは無論、褒め言葉だ。しかし、である。ブルックリンを拠点に活動するエレノアとジェイソンからなるこの男女デュオを例えれば、欧米の高級な食材を使ったフランス料理。そんな感じにエレガントなのだけど難を言えば庶民性が足りないのである。

 エレクトロ・ポップスと一口に言ってしまえば話は早いが、音響ミックスもダブの使い方も電子音の扱いもこなれている。楽曲によって何人ものプロデューサーを迎え、作りに作りこんだ楽曲のベクトルはすべてスマート。どの楽曲も綺麗に歌いこなす美人女性ヴォーカリスト、エレノアの歌声も手伝い、音楽理論に長けた研究生がすらすらと書いた論文みたいに聴いていて違和感が全くない。それがこの音楽の良さなのだが、同じくブルックリンを拠点にするダーウィン・ディーズの新譜が過剰に作り込まないことを目的とし、音が荒さや持つ土くささ、埃っぽさによってリスナーをずるずると音楽に惹き込んでいくことに比べると、ザ・ハンドレッド・イン・ザ・ハンズは神聖で神秘的な音楽性が貫かれている。人間臭さはあまり感じない。しかしそれこそが狙いなのだろう。メンバーのジェイソンいわく「他のバンドとの違いはプロダクション・テクニック」とのことだ。つまり、サウンド・プロダクションの技巧を聴く音楽という意味を抜き出せばステレオラブに通じるものがある。ブルックリンを拠点とするバンドはそれぞれの良さを持っているが、この男女デュオはプロダクション・テクニックに個性を見出した。それについては賛否両論だろうが僕は賛同している。ここまでエレガントに数々の音楽要素を綺麗にまとめてしまう手腕には恐怖すら覚えたし、ブルックリンにこういうバンドが一組くらいいることで、音楽シーンは広がりを見せると思うからだ。

 また、前述したように本作がWarpから発表されていることが面白い。Warpとは常に最先端のバンドを世に送り出すレーベルだ。過去にもブルックリンのバンドを送り出してはいるが、ザ・ハンドレッド・イン・ザ・ハンズほどスマートなバンドはいなかった。なんだか僕にはこのバンドの新譜が、Warpなりの、他のレーベルが送り出すブルックリン勢への回答だと思える。Warpは以前にもテクノへの回答としてアーティフィシャル・インテリジェンスと表した音楽性を示した例もあるわけだし、その可能性は低くない。本作は現在のWarpの姿勢を映す鏡に成りうると僕は思う。作り込まれた音楽という意味で、TV・オン・ザ・レディオと聴き比べてみるのも面白い。

 ただ、「期待の新人!」と謳われているわりには、あまり話題に挙がっていないのが現状だ。徹底してエレガントであることを押し出している本作は貴重だと思う。その反面、本作を聴いた後は庶民の味が欲しくなる。つまりは構築したアーティスティックなたたずまいを見せる本作をどのように崩し、ポップ・ミュージックとしての親しみやすさ、庶民性を出せるのかが、今後、課題になると僕は思う。スタイルを曲げることには勇気をともなうが、それも含めて僕は「期待の」という言葉を使いたい。なんだか昭和の民は高級料理を食べた後にお茶漬けが欲しくなるという話を思い出した。課題を克服さえすれば、ザ・ハンドレッド・イン・ザ・ハンズは『Emperor Tomato Ketchup』期のステレオラブみたいなバンドになるよ、きっと。楽しみだ。

(田中喬史)

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