ハンネ・ヴァトネ『ミー・アンド・マイ・ピアノ』(Production Dessinee)

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hanne_vatnoey.jpg 僕がポップに何より期待するのは先行きの見えなさ、突飛な行動や展開、スキャンダラスなざわめきとそれに付随する甘美なメロディ。華々しい旋律が浮き沈みの激しい物語に拍車をかけ、現実から聴き手を浮遊させる。いい意味で何度でも期待を裏切ってほしい。振り回してほしい。振り回されたい。その先に発見があり、自分の知らない世界に気づかされる。それくらいパワフルでなければ深いお付き合いなんて出来やしない。人生は短いし、残念だけど手持ちは少ない。せめてレコードを手にするときくらい、いつだって違う景色を見せてほしい。

 キングス・オブ・コンビニエンスやロイクソップなども輩出したノルウェーの都市、ベルゲン出身の新進SSWハンネ・ヴァトネ(Hanne Vatnoey)のデヴュー作は、そんなワガママな期待に120パーセント応えてくれる最高のポップ・アルバムとなっている。音楽ジャンルの狭い垣根を軽々飛び越え、アートワークどおりのガーリーな魅力を内包した、終着点の遠く見えないジェットコースターに乗ってしまったかのような51分弱の(まさしく)マジカル・ミステリー・ツアー。めまぐるしく変わる曲展開と彼女のスウィートな歌声に一発で虜になってしまう。

 11歳で作曲を始め、一度は映像作家を志したというハンネ。両親から最愛の友となるピアノを与えてもらい、歌うことの悦びに目覚めつつも、それから26歳となった彼女はどうもあんまり素直には育ってくれなかったようだ。冒頭の楽曲「Hello」で"ABCすら間違えるおバカな女の子"と自嘲ぎみに歌い、メルヘンチックなオーケストラル・アレンジとともに"言いたいことがあるの、いっしょにいて"と続ける様はたまらず可愛い。イジワルな笑顔を浮かべながら、やさしく腕まで組んでくれそうな人懐っこさとサービス精神も彼女は備えている。とはいえ、ここまでなら(バイオグラフィーも込みで)よくあるSSW作品。彼女の天才っぷりは2曲目から全開となり、そこからは独壇場となる。

 ハンネの妄想世界を好サポートしているのはKato adland。ジャズ・ヴォーカルやパンクなどスタイルの試行錯誤を重ね、やや迷走状態にあった若き俊才ソンドレ・ラルケが一気に突き抜けて天性のポップ・センスを開化させた『Heartbeat Radio』(個人的にも昨年のベスト作!)をはじめ、ノルウェーのインディー・シーンで大活躍している名プロデューサーであり、自身もMajor Seven and the Minorsという名義で活動している人物だ。セルジュ・ゲンスブールを露骨にパロった「Histoire de Melody Olsen」なんて曲を作ったり、自分のアルバムに『Music to Watch Nerds By』なんて名前をつけたりする(内容のほうもタイトルを一ミリも裏切ってない)、ラウンジ・ポップもエレクトロニカもハード・ロックもなんでもこなすジャンル横断型のポップ狂でもある彼は、ヒネくれた妄想を次から次へと膨らますハンネのファンタジーを具現化するため、様々なエッセンスを楽曲に注ぎ込み、『Me And My Piano』というタイトルからもついつい連想しがちな凡百のピアノ・ポップと大きくかけ離れた夢の音世界を作り上げている。

 ミュージカルのプレリュードを思わせるズンタタと鳴る重いリズムから、ストリングスの美しい響きとバリトン・サックスの咽びが楽曲を飛翔させていき、次々と転調を繰り返す「Running Guy」(歌詞中の"Melancholy and Joy"というシンプルなフレーズ、この作品のすべてを表している!)、フルートとグロッケンのやさしい感触から、シンクロナイズされた電子音とトランペットで飾られたファンファーレが鳴り響く「Boo Boo」、80'sシンセ・ポップを思わせる加工された爽やかなオブスキュア・ヴォイスが印象的なイントロからは到底予測しえない終盤の狂想曲っぷりが印象的な、タイトルどおり少女の頭のなかで巻き起こる混乱について歌った「In My Head」など、怒涛のポップ・チューンが一気に続く。

 東京駅でフィールド・レコーディングされた構内アナウンスのざわめきとともに、甘えん坊のように歌うキャッチーな「Take Me To Tokyo」では曲間に8-bit的なシンセまで鳴り響く(そのTokyoへのわかりやすいイメージ、好き)。遊び心満載な"ひっくり返したおもちゃ箱"ソング「Oh La La」ではブリープ・シンセとマリンバがブギーをかまし、「Hasta La Vista」ではフラメンコのリズムまで飛び出し、一気に駆け抜ける。ここまでやりたい放題だと実に痛快だが、「The Green Door」やタイトル曲の「Me And My Piano」では、ピアノ・ポップのマナーに忠実に、軽やかな指運びで鍵盤を弾き、ジャジーでしっとりと歌声を聴かせる。ハスキーな声は表現力に満ち満ちている。

『Me And My Piano』はプログレ的な工夫と芳醇で才気走ったメロディ、何よりハンネがもつ茶目っけタップリな少女性と、複雑な要素をサラっと聴かせる類まれなセンスが存分につまった、本当にカラフルでグルーヴィーなアルバムだ。ハンネ自身もフェイバリットに挙げているノラ・ジョーンズとケイト・ブッシュがそれぞれ持つ魅力の両方を兼ね備え、チルディッシュ風味のエレクトロニカと小洒落たジャズ感覚、端正ながらぶっ飛んだアレンジ...といった、いかにも北欧的なセンスも存分にまぶされたこの作品は、カジュアルに音楽と暮らしたい女の子から口うるさい玄人音楽ファンのオジサマまで、幅広く訴えかける求心力とスケール感をもっている。こんなに素晴らしいノルウェーからの届け物がどこよりも早く日本でリリースされているのは喜ばしいことだし、11月にはベストのタイミングで来日公演も決まっている。うーん。泣きたいくらい嬉しい。自分のためにオーダーメイドしてくれたんじゃないかと言いたくなるような作品だから。最高のポップはいつだって巡り会うたびそんな錯覚を引き起こしてきた。聴いてもらえばきっと、あなたもそう思ってくれるだろう。

(小熊俊哉)

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