フラン・ヒーリィ

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FRAN HEALY

今回は、途中で失ってしまったものがなかった

決してセンセーショナルではないものの、そんなこと必要ないだろ? とばかり、マイペースでとにかく心にしみる素晴らしい歌をやりつづけてきたトラヴィス。グラスゴーから登場した90年代後半、オアシスのノエルが彼らをおおいに気に入ってフロントアクトに起用したことなどから人気爆発、R.E.M.やレディオヘッドを手がけたナイジェル・ゴッドリッチがプロデュースを手がけた99年のセカンド・アルバムは、リリース後じわじわとチャートを上昇し、数ヶ月たってからナンバー・ワンを獲得した。「初動」プロモーションを重視するCDビジネスの世界では非常に希なことだ。それ以来UKでは国民的人気バンドとなった彼らだが、2008年には自らのレーベルを設立し、そこからアルバムを発表するなど、挑戦的な活動をつづけている。

そんなトラヴィスの中心人物、フラン・ヒーリィが、ソロ・アルバムをリリースした。バンドで聴けるエモーショナルかつセンシティヴかつ素直なメロディーが、よりダイレクトに楽しめる素晴らしい作品となっている。ノア・アンド・ザ・ホエールのメンバーや、ニーコ・ケースが参加しているというという情報も、なるほど、とうなずかせる作風だ。そのうえ、ポール・マッカートニーまで1曲ベースで参加。うーん、やはり一筋縄ではいかない。ということで、フランに話を聞いた。

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初のソロ・アルバム『Wreckorder』、08年にリリースされたトラヴィスの最新作『Ode To J. Smith』が結構ロックしたアルバムだったのに比べて、こちらはより静かでジェントルな感じですね。『Ode To J. Smith』のあと、また違う方向性のものがやりたくなったけれど、どうせならソロでやってみよう、という流れだったのでしょうか?

フラン・ヒーリィ(以下F):いや、曲を書き始める前には、特に何も考えてなかったんだよ。どんな曲を書こうとか、考えたりすることはなかった。基本的に、トラヴィスの曲を書くのとまったく同じように、ただ一人で座って何曲も曲を書き上げていっただけ。一体どんな形にしたらいいかは、曲自身が書いている中で伝えてくれるものなんだ。アルバム全体を通して、どの曲に関してもいえることだけど、何か特定のコンセプトみたいなものがあって、それについて書かれたような曲はない。ただ、自然に生まれてきただけなんだよ。トラヴィスの前作は確かにロックっぽいアルバムだったけど、それもみんなで同じ部屋に入ってプレイしているうちにああいう形に自然になっただけで、今回もただ自然にジェントルなレコードになっただけなんだ。特にすごいアイディアのもとにやってたことじゃなくね(笑)。

もともと、ソロ・アルバムを作ってみようと思った経緯は?

F:トラヴィスで6枚アルバムを作ってきて、メンバー全員が、ちょっとしたブレイクを必要としていた、ってことかな。6枚アルバムを出すうちにみんな、家族が増えたりしたしね。僕もちょっとソロをやってみたい気持ちがあったから、みんなに電話して、「ソロをやるよ」っていったら、みんな「いいね!」ってすぐいってくれたんで、やることにしたんだよ。

このアルバムには、胸にしみるような歌が並んでいて、これからの季節...秋から冬にぴったり、ですね。これは実際、いつ頃に書かれたものなんですか?

F:去年の秋から冬にかけて(笑)。そうだね、ぴったりかもね。曲を書き始めたのは8月の終わりで、9月10月にかけて曲を書き進めた。確かに、今くらいの季節にぴったりかもね。

「悲しい状態」を歌っているけれど、決して「絶望的」な感じではなく、どこか生きることに対して希望を捨てていないといった内容の曲が多い気もします。いかででしょう?

F:うん、まぁ、ちょっと変に感じるかもしれないけど、それが僕自身のキャラクターなんだよ(笑)。僕はすごく現実主義者。そして、ハードな現実の中にいろんな可能性を見つける。曲そのものはアップな曲っていう方法を取ったりもしてるしね。とにかく、うれしいコメントではあるよ。ありがとう。

『Wreckorder』というアルバム・タイトルは、wreck order...ということですよね。これ...発音は、"レコーダー"でいいんでしょうか?

F:うん、テープ・レコーダー、みたいな感じで。

どんな意味でこのタイトルをつけたんですか?

F:まぁ、ぴったりだな、って思って(笑)。僕は8歳の時に初めてテープ・レコーダーを手に入れてから、ずっといろんなものをそれに録音してきた。...まぁ、別にここにも、ものすごい意図があったわけじゃなく、なんかいいな、って感じたからなだけだけど。

字面("wreckorder→wreck order→決まり事をぶち壊す")のほうを見ると、バンドを離れて別のことをやってみるということの他にも、いろんな意味にとれそうです。普通はやらないことをやってみようとか、命令にさからってみようとか。いかがでしょう?

F:まぁ、そういうこともちょっとはあるかもね。でも、タイトルからは、考えようと思ったらいろんな意味が生まれてくるもの。そこが面白いんだけど。...何ていうか、一番最初に曲を考えて、そこからレコードにしたときに、何かちょっと失われるものがある。そういうものがないレコードにしたかったっていうのもあった。

たしかに、『Wreckorder』からは、なんというか自宅録音...ベッドルーム・レコーディング的な印象を受けます。すごく親密(インティミット)な感じで。

F:去年、録音機材を購入したんだよ。古くて、すごくいい機材なんだけど、それをベルリンに持ってきて、部屋で快適な録音環境を作り上げた。その部屋で作ったんだよ。

やっぱりそうなんですね。ベルリンに移住したのはいつ?

F:2年半前だよ。

その町を選んだ理由は?

F:ベルリンはニューヨークやロンドンみたいに、すごくクールな街。でもすごく平和な雰囲気がある。ベルリン自体にはすごく大変な歴史があるけど、今はすごく平和な雰囲気にあふれているし、子供の成長にもすごくいい街だと思うんだ。子供に対するドイツ社会の対応というものも、すごく気に入ってるしね。

ベルリンといえば、ダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックがおもしろいという印象もありますが、『Wreckorder』のプライヴェートな雰囲気の音空間は、ちょっとそれらに通じる部分は...ないですかね(笑)?

F:うーん...特にベルリンに住んでいることからの影響っていうのは、自分が作る音楽には直接感じないね。とはいっても、もちろんどこかにはあると思うんだけど。ベルリンを一人で散歩したりするところから感じるものもあるし。基本的に僕が書いているのは、僕自身が過去、そして今体験したり感じたりしていることだから。

具体的制作プロセスはどんな感じでしたか?

F:トラヴィスではいつも一人で部屋でデモを作って、それをバンドに持っていってレコーディングする。でも、デモ・テープからスタジオにいって録音するまでに、デモには存在していた魔法みたいな何かが失われてしまうことがある。その代わりにもちろん、加えられるものもあるんだけど、最初に閃いた何か特別な感覚みたいなものは、最終的なレコーディングにはいつも残らない。そういう意味では、今回は、途中で失ってしまったものがなかった。最初から、最終形態のレコードになるようなものを作っていったから。そういうのは、すごく素晴らしいと思った。一番最初のデモに込められた感覚って普通表に出るものじゃないけど、今回はそういうものの良さをそのまま作品に込められた気がして、すごく満足しているんだ。

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なるほど、納得です。アントニー&ザ・ジョンソンズなどを手がけてきたエメリー・ドビンズ(Emery Dobyns)をプロデューサーに迎えています。彼は、トラヴィスの前作『Ode To J. Smith』でエンジニアを担当していましたが、やはりそこでの作業がうまくいったので、彼と組むことにしたという感じですか?

F:うん、彼は僕が知る限り、最高のエンジニアだったから。それだけじゃなく、いっしょに時間を過ごして楽しいいい友人だしね。作品を作るときは、気の合う人と作るっていうのが、すごく重要な要素なんだよ。好きな人と作るのがいい。知らない人ばかりで、何の個人的人間関係もない人たちとレコードを作るようなやり方は、僕は好きじゃない。エメリーは僕がひとりで全体の60~70%くらいまで仕上げたころにスタジオに来てくれて、いっしょに仕上げの作業をしてくれた。すごくいい友達なんだよ。

ノア・アンド・ザ・ホエールのメンバーが参加しているのは、エメリーの紹介ですか?

F:うん、そう。エメリーが彼らのアルバムで作業したからね。彼が「頼んでみれば?」って提案してくれたんで、1曲やってもらおうってことになったんだけど、最終的には3曲でプレイしてくれた。彼は僕が今までいっしょに仕事をした中でも、もっとも才能のあるバイオリニストのひとり。しかも、すごく若いしね。素晴らしいミュージシャンだよ。

ニーコ・ケースの参加もうれしかったです。実現した経緯は?

F:僕が彼女のベルリンのライヴに行ったんだよ。彼女の声と僕の声がすごく合うんじゃないかっていってくれた人がいたんで、ショウの後彼女を訪ねて、デュエットしてくれないかって訊いたんだ。彼女は快くOKしてくれた。それで僕が曲を書いて送って、彼女も気に入ってくれたんだけど、彼女が忙しいっていうのもよくわかってたから、あまり彼女に迷惑をかけたくないと思って、彼女が都合がいいときに、僕がベルリンから彼女のいるバーモントに飛ぶから、そこでレコーディングしようって言ったんだよ。それで去年の12月に彼女のところに行ってレコーディングしたんだけど、彼女のヴォーカルは本当に素晴らしいね。彼女も、すごく楽しんでやってくれたし。

そして今回はなんとポール・マッカートニーがベースで「As It Comes」に参加しているんですよね!

F:部屋に座って曲を聴きながらベースラインを考えていて、この曲に最高のベーシストって誰だろうと思ったときに、ポール・マッカートニーが浮かんだんだ。みんななぜか、ポールにはゲスト・ヴォーカルは頼むけど、ベースでの参加って頼まないよね(笑)。でも僕は、彼は最高のベース・プレイヤーだって、前からずっと思ってた。それで曲をメールで送ったら、彼がすごく気に入ってくれていつまでに作業したらいいかな、って訊いてきてくれたんだ。本当にすごくうれしかったよ。ベースラインも最高のものになったと思う。

ポールとは前から面識はあったんですか?

F:うん、10年くらい知ってるね。別に友達ってわけじゃないけど。ポールと飲みに出歩いたりはしない(笑)。でもナイジェル・ゴッドリッチが彼のレコーディングに参加したりしたし、TV番組なんかでいっしょになったりして、知り合いにはなってたんだ。トラヴィスのことも気に入ってくれてたしね。それで。

質問作成者は2001年のトラヴィスのアルバム『The Invisible Band』に入っている「Flowers In The Window」とかを聴いたとき、ポール・マッカートニーっぽいな、と思った記憶があるそうです。

F:すごくメロディーのある曲だからね。ポール・マッカートニーの書く曲も、すごくメロディーのいい曲が多い。僕の書く曲もすごくメロディーを大事にしてるから、そういう意味で共通点があると思うよ。

4曲目「Fly In The Ointment(軟膏の中のハエ、「玉にきず」みたいな存在、楽しみをぶち壊すもの)」の歌詞は、ちょっとファニーな感じもありませんか? ワイアーの「I Am The Fly」という曲(サビで"I am the fly, fly in the ointment"と歌われる)をチラリと思いだしましたが、あなたはご存知ないですよね? すみません(笑)。この、おもしろい歌詞を思いついたきっかけなどを憶えていますか?

F:すごくうまくいってるとき...たとえば、ものすごく楽しいひと時をみんなで過ごしているときに、部屋の隅でひとり、携帯電話ですごくやかましく話をしてるやつがいたら、そいつが軟膏の中のハエ、ってことなんだけど(笑)。完璧な瞬間を台無しにする何か、ってことなんだ。すごく楽しいひと時を台無しにするちょっとしたことってあるよね。まぁ、曲の最後では、僕自身がそういう存在になってるわけだけど。

疲れて休みがほしいと歌われる「Holiday」、老人が孫たちに語りかけているところからはじまる「Rocking Chair」、そしてどこかおとぎ話っぽいところもある「Moonshine」というラスト3曲(日本盤は、このあとにボーナス・トラック収録)の流れが、また素晴らしいですね。ラスト曲に"The cow jumped over the moon"というマザーグースからの引用とおぼしき一節が使われているのも、妙に新鮮でした。このアイディアは、どこから?

F:歌詞は...映画のシーンから思いついたんだ。女の子がベッドルームにいて、男の子が窓に向かって小石を投げると、彼女がこっそり窓から抜け出してきて、月明かりの下をふたりで歩くっていうものなんだけど、すごくロマンティックだと思ったんだ。満月で、他に誰もいないところで、ふたりきり、っていうのが。それに、"Moonshine"って、すごくキツいアルコールの名前でもあるんだよ。ジャマイカのお酒かな...。そういうイメージもあったり。

ソロ・ライヴは予定していますか?

F:うん、まだ今はこれからどうするかを相談している最中だけど、ツアーをするなら、ぜひ日本にも行きたいって思ってるんだ。本当に日本に行くのが待ちきれないよ!

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 よりD.I.Y.な魅力を増した、ひとりトラヴィス。『Wreckorder』本編10曲からは、そんな印象を受けた。そして(インタヴューは「本編」をベースにするという方針もありつつ、もろもろドタバタで)音を聴かせてもらうのが取材に間に合わなかった、日本盤ボーナス・トラック「Robot (Skit For Comedy Song)」を、あとで聴いて...仰天した! ポスト・パンク期のミュート・レコーズあたりを思わせるムーディーなエレクトロニック・ポップ。サブ・タイトルや、"ぼくは80年代に囚われたロボット..."などと歌われる、よじれた歌詞も含み、いい意味でぶっ飛んでる。これでアルバムが終わったら、唖然...と思ったところ、ちゃんとさらなるシークレット・トラックが...(これもちょっと人を食った感じだけど、全体のしめくくりにはふさわしい)。

 フランのこのアルバム、ぼくは歌詞対訳を担当させてもらっている(インタヴューで語られていた、「Moonshine」がお酒の名前でもあるってことは寡聞にして知らず、そのニュアンスを入れ損ねた。うー、不覚!)。当然ながら、歌詞対訳は実際に歌われているものを聴かないと、できない。ただ、とくに日本盤ボーナス・トラックに関しては、制作進行の都合上音を聴けないまま(それはそれで最善をつくしつつ)おこなうことがときどきある。これも、そのパターンだった。でもって「Robot (Skit For Comedy Song)」の歌詞、なんか(自嘲も込めた)皮肉(サタイア)が効いているなあ...エレクトロニック・ポップっぽいアレンジだったらおもしろいけど(フランの過去の作品を聴いてきた経験からすると)まさかね...と思いつつ訳していた。しかし、うわっ、本当にそうだった(笑)! 最高...というか、完全に脱帽だ。

 本編では音のレイヤーのなかに潜んでいる"wreckorder→wreck order"な雰囲気が全開になっていとるいうか、"遊び"と"本気"のあいだの障壁を完全になきものにしているというか。「一番最初のデモに込められた感覚って普通表に出るものじゃないけど、今回はそういうものの良さをそのまま作品に込められた気がして、すごく満足しているんだ」と語るフランの真意を、極端な形で(つまり、デフォルメして、わかりやすく)提示しているようにさえ思えて、さらに興味深い。

 今回も、本国ではトラヴィスの前作『Ode To J. Smith』同様、自らのインディー・カンパニーからのリリースとなる。最初は、それと同じくレッド・テレフォン・ボックス(赤い電話ボックス)・レコーズ名義になるという情報が入ってきていたものの、現物を確認すると、レコード・レーベル(Wreckord Label:わざわざ「Label」の部分を大文字でどでかく印刷)という、ふざけた(笑)名前が使われている。

 トラヴィス、そしてフランの提示する音楽は限りなく耳に優しいようでいて、単に感傷的なわけでは決してなく、その裏に確固たる批評性を備えている。そんなことが、なんとなく(とくに日本盤ボーナス・トラックを加えた形では、かなりはっきりと)伝わってくるアルバムになっているのではないか。もちろん、グレイトなポップ・ミュージックならではの、とてもいい塩梅で。


質問作成、文/伊藤英嗣
取材、翻訳/中谷ななみ


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フラン・ヒーリィ
『レコーダー』
(Wreckord Label / Hostess)

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