マニック・ストリート・プリーチャーズ

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MANIC STREET PREACHERS

俺たちの音楽には、ポジティヴな憂鬱
とでも呼ぶべきものが入ってると思う


photo by Dean Chalkley
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このすさまじいまでの高揚感は、いったいなんなんだ! 外に出かけたいと思いつつ、ずっと部屋に閉じこもっていた男が、太陽の光をいっぱいに浴びながら広い世界に一歩踏みだしたときのような。20年以上のキャリアを持つバンドが、なぜこんな弾けるようなアルバムを作れるんだ?

90年代初頭以降、彼らは巨大な音楽ビジネスとまっ正面から渡りあってきた。インディー・ミュージックに入れこんでいるけれど、もちろんほかの音楽も大好き。スモール・サークルには安住できない一方で、ショウビズに「飼い慣らされる」ことは拒みつつ、それ自体から無理に目をそらす...つまり「逃げて」しまうことはない。そんな彼らの微妙な立ち位置が、もしかするとこの時代の要請におそろしくマッチしているのかもしれない...なんてことさえ考えてしまった。

『Postcards From A Young Man』。彼ら自身の実年齢がいくつだったとしても、これは、まさにそんなタイトルにふさわしいアルバムとなった(レヴューは、こちら!)。ヴォーカリスト&ギタリスト、ジェームス・ディーン・ブラッドフィールドに聞いた。

ニュー・アルバム、あまりにグレイトです。1曲目「(It's Not War) Just The End Of Love」の雄大なイントロから、ぐっと引きこまれ、そのあとラストまで一気に楽しめました。今まで、マニック・ストリート・プリーチャーズで最もポップな作品は『Lifeblood』(2004年)かな? と思っていたのですが、これはもう最高にポップな作品かと。もちろんその裏に、強烈なエモーションや毒もあるという意味も含めて、素晴らしいポップ・ミュージックのひとつだと思いました。あなた自身がポップという言葉にどういった印象を持っているかわからないですけれど、こんな意見についてどう思いますか?

ジェームス・ディーン・ブラッドフィールド(以下J):"ポップ・ミュージック"っていう言葉の印象自体は、別に悪いものじゃないよ。素晴らしいと思うポップ・ミュージックもたくさんあるしね。でもこのアルバムに関していったら、もっと古典的なロックのアルバムになったと思ってるんだ。確かにこのアルバムには『Lifeblood』よりもメロディが多いっていう意味では、ポップって言われるのもわかる。たとえば『Lifeblood』はとても内観的なアルバムだった。楽器も一つひとつ分けて、積み上げながら録音していったから、レコーディングの方法も全然違ったしね。このアルバムはより自然な形で、みんなで一緒の部屋でプレイしながらレコーディングしていったもの。ある意味では、すごくロックっぽいアプローチだったと思う。ほかにも、『Lifeblood』はそれぞれが分かれていて、別々の時間に録音して、でき上がったものが最初のイメージと違うっていうことも結構あった。でも、このアルバムは自然な形で録音されて、そういうイメージの違いってことは起こらなかった。とにかく、メロディが豊かという意味ではポップだけど、作り方としては今回の方がロックだったってことだよ。

古典的ロックといえば、2曲目に入っているタイトル曲「Postcards From A Young Man」が、またパワフルですね。この曲の最初のヴァースのヴォーカル・ハーモニーの処理などから...怒らないでくださいね、ついクイーンを思い出してしまったのですが...。

J:別に全然悪い気はしないけどね。子供のころはすごくクイーンも好きだったし。初めて音楽が好きだと思った子供のころに、夢中になって聴いていたのは、クイーンとELOだった。このレコードを作る上で、そういうのもアイディアのひとつになってたんだよ。つまり、自分たちがどんな音楽を聴いて影響を受けてきたかを、恐れないでオープンにして作ろうって。ある種の懐古的な雰囲気もあるよね。今回のタイトルは、『Postcards From A Young Man』だけど、実際、このレコードの中で聴ける俺たちの多くの影響は、俺たちが若かったころのもの。そういう意味では、クイーンっていうのも納得だよ(笑)。まぁ、常にマニックスのレコードにクイーンの影響があったかっていったら、そうじゃないとも思うけど、以前にも初期のクイーンからの影響が感じられる曲はあったようには思う。まあ、それに俺のヴォーカルも、フレディっぽいところがあるって、よくいわれるしね(笑)。だから別に、クイーンを持ち出されても不愉快に思ったりはしないよ。

質問作成者はELOも大好きなんですよ。あなたの発言を伝えたら、きっと喜びます(笑)。

J:そうなんだ。俺たちは、音楽的なソウルメイトかもしれない(笑)。

(笑)でも、さすがにマニックスとELOを比較するところまでは、ちょっと遠慮したのかも...。

J:いや、でも、俺は本当にいろんな音楽を若いころから聴いてきてるからね。子どものころ最初に好きになったのはELOやクイーン、それからモータウン、それからしばらくしてからは、ずっとインディー・キッズだった。一方でガンズ・アンド・ローゼズやパブリック・エネミーなんかも好きだったし、クラッシュのファンでもあったよ。キッズだったころは、本当に手あたりしだいに何でも聴いていたからね。本当に、いろんな違ったタイプの音楽を好きになりつづけていたんだよ。

あなたたちは、音楽プレスから「シリアスに」とらえられる傾向があると思います。でも、そういった場合の「シリアスさ」って、実は音楽そのものよりもバンドのバックグラウンドであったりとか、歌詞を(ちゃんと「歌詞」としてとらえるのではなく)「書かれた言葉」みたいにとらえらてのことが多くないですか? 今回のアルバムは、そういったことに対する強烈な反抗心みたいなものさえ感じられるんです。先ほどあなたがおっしゃっていた「子どものころ夢中になっていたものも、恐れないでオープンにしよう」という姿勢もそれに通じると思いますし、だからクイーンの名前を挙げたというか(笑)。

J:まあ、音楽的なことはともかくとして、歌詞はすごく「マニックス的」なんだよね。たとえば、「A Billion Balconies Facing The Sun」とか、「All We Make Is Entertainment」、「Don't Be Evil」みたいな曲は、俺たちがずっと取り上げつづけてきている、マニックスらしいテーマの曲だよ。他の人たちが書かないことを、俺たちはずっと曲にしつづけている。そういう意味では、俺たちは変わっていない。

たしかに。今回は、それが爆裂的にポップでロックな音楽と、よりうまくマッチしているということなのかもしれません。

J:たとえば以前も、「Motorcycle Emptiness」でそういうクラシックなロックのフォーマットに、すごくマニックス的な歌詞を載せる試みはやってきた。このアルバムは、よりあのレコードよりもそういう部分に一貫性を持たせたものだよ。

ですね!

J:それに、このアルバムは俺たちの10枚目のアルバムなんだ。そして『Journal For Plague Lovers』を出したからこそ、多分こういうアルバムが出せたんだと思う。ずっと心に引っかかっていたものを出せたことで、あれとは全く違う何かを今回やってみようって思えたんだろうな。

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先ほど、「懐古的」という言葉が出ましたけれど、最近の若い人たちは、あまりハガキ(Postcards)を送ったりしませんよね、たぶん。メールですましちゃうというか。そういった若者たちからは、もしかすると「古いロマンティシズム」と揶揄される危険性はありませんかね(笑)?

J:確かにね。すごく変な話なんだけど、このアルバムを作り始まる前にニッキーが、俺たちが若かったころにお互いに送り合っていたポストカードを持ち出してきて、それを読み返してたんだよ。バンドを始めたばかりのころで、ニッキーとリッチーが大学に行って、俺とショーンは取り残されていた。16歳のころのそういうお互いに送り合っていたポストカードを読み返してるってニッキーが言ってたから、俺も自分が取っておいたポストカードを読み返してみたんだよ。俺たちはそういう手紙を、捨てずに全部取っておいたんだ。そのころのそういう手紙やポストカードは、まるでバンドのリハーサルみたいなものだった。ポストカードでのやり取りっていうのは、顔を見合せながらの会話とは全然違う。ポストカードにはたくさんの愛や、嫌悪、アイディアや歌詞...言葉だけじゃなくて、コラージュみたいなアートや色や絵が描きこまれていた。そういうのを眺めながら、あのころの自分にすごく近い気持ちになれたんだよ。その作業を始めたのは、2009年で、そういう手紙が書かれたのは1987年ごろ。つまり、俺やニッキーは20年以上もそういう手紙やポストカードを取っておいたんだ。誰かがメールを20年も取っておくことなんか、想像できる(笑)? 20年後に、「わぁ、懐かしい、このメール見てみなよ」って言うと思う(笑)? 俺は少なくても、メールは取っておかないね。俺たちはこの20年間で、いろんなものを失ってきている。音楽もアートも、いろんなものを失くした。実際に手に取れるモノっていう形態を取らないようになってからのことだよ。そういうものに対して、警鐘を鳴らしたかったっていうのもある。例えそういうことをしたことで、うるさい年寄りに思われたとしてもね(笑)。

(笑)それじゃ、『Postcards From A Young Man』の中の、ヤング・マンというのは、若かったときのあなた自身ととらえることも可能ですか?

J:そうとも言えるけど...、怒りとシニシズムは違うってこと。今の時代って、本当に深刻なシニシズムの時代だと思う。俺たちが若かったころの怒りっていうのは、皮肉なものじゃなかった。より現実的な...例えば、政治への自然な怒りみたいなものから生まれてきていた。今の人たちは、どうやって怒りを表現していいかもわかっていない。そういう、ただすべてに醒めてあざわらうような風潮に、俺はすごく憤りを感じるんだよ。今、これだけイギリス国内でも不景気でどこも苦しんでいるっていうのに、それについて歌おうとするようなバンドはひとつもない。信じられないことじゃないか? 戦争がふたつもあって、これだけの不況が続いていて、どうしてクールでいつづけることなんかできるんだろう? これだけの重要な問題が目の前にあって、それを書かずにクールでいられるなんてさ。シニシズムとしか言いようがないよ。俺たちの世代は怒れる世代だったけど、今の世代はシニシズムの世代。こんなに問題が山積みなのにね。

ですね! ヤング・マンというものを、もう少し抽象的にとらえる必要があると思えてきました。さて、質問作成者は昔から...70年代末に子どもだったパンクの時代から、スコットランドやウェールズの音楽が好きになる傾向があります。このアルバム・タイトルから、音楽性うんぬんじゃなくて、つい80年代初頭にスコットランドにあったポストカードというインディー・レーベル(オレンジ・ジュースやアズテック・カメラを輩出)を思いだしてしまいました。ちなみに、以前あなたたちはフェイヴァリットにオレンジ・ジュースを挙げていて、うれしかったそうです。今回のアルバムでも「The Future Has Been Here 4 Ever」は、ホーンの感じとかがちょっとオレンジ・ジュースっぽいとか思ったり...。

J:オレンジ・ジュースは大好きだよ。特に気に入ってるのは、「What Presence!?」と「Felicity」かな。本当にいい曲だよ。エドウィンがプレイしてるのもここ3年ぐらいはよく見ているし、彼の最近のアルバムもすごくよかった。繋がりは結構あるんだよ。たとえば、ツアーにサポートメンバーがふたり参加してくれてるんだけど、そのひとりはエドウィンのバンドでもキーボードを弾いてるんだ。

おお!

J:エドウィンはすごく才能のある人だと思うよ。

そうですよね。実は昨夜は彼に新譜のインタヴューもしたんですよ(編注:その記事はこちら!)。

J:そうなんだ! 彼は元気だった?

はい、元気でした。もうすっかり回復したみたいでうれしかったです。

J:うん。さっきもちょっと言ったけど、彼のライヴを最後に見たのは...1年ぐらい前かな。その時もすごく元気そうにしてたからね。うん。そのときは...「Don't Shilly Shally」をやってたな。あの曲もすごく好きなんだ(笑)。

(シングルでしかリリースされていない)マニアックな曲ですね(笑)。新作には元エコー&ザ・バニーメンのイアン・マッカロックらと並んで(元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの)ジョン・ケイルも参加していますね。キーボードおよびノイズで6曲目「Auto-Intoxication」に参加、とのことですが、彼に参加してもらうことになった経緯は? 彼との共演はいかがでしたか?

J:彼とはずいぶん前に知り合って、これまでも何回か一緒に仕事をしたことはあったんだよ。彼は俺が若かったころのヒーローでもあるしね。彼に関しては、15歳ぐらいのときの忘れられないエピソードがあるんだ。俺たちはバンドを始めて自分たちで曲を書いていたけど、どうやったらウェールズからもっと広い世界に飛び出していけるかって、まったく想像がつかなかった。周りに成功したミュージシャンの例もなかったし、ウェールズじゃどうにもならない、っていうような気持ちでいたんだよ。そんな時に偶然聴いたのが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『White Light / White Heat』だった。そのなかに、「The Gift」って曲があるんだけど、あの曲がすごく好きで何度も聴き返してるうちに、そこに入ってるナレーションに、ウェールズ訛りが入ってることに気づいたんだ。それで、ジョン・ケイルがウェールズ出身だってことがわかったんだよ。何てことだ! 世界一クールなバンドに、ウェールズ出身の人がいるなんて、ってすごく興奮したよ。それで、俺たちにも、世界に出ていくチャンスがあるって思えるようになったんだよ。あれは大きな転機になったね。それから彼のソロを聴き始めたんだけれど、特に『Paris 1919』は好きだった。夢中になって聴いたアルバムだったよ。それから1999年以降に彼と会って、何度か彼と話をするような機会もあったりして、面識ができた。それで今回のアルバムを作っていたときに、彼にぴったりの曲が1曲あると思って、とりあえず彼に訊いてみようってことになったんだよ。でも、実際彼にこういうことを頼むのは、相当緊張したけどね。ジョンは世界で一番尊敬しているミュージシャンっていってもいいほどの人だから。時には俺のことを緊張させる人も、この世にはいるってことさ(笑)。

(笑)質問作成者も『Paris 1919』は(そしてジョン・ケイルは)最高と思っているそうです。あそこには「Child's Christmas In Wales」なんて曲も入ってて...とか言ってました(笑)。でもって、ストリングスなどを多用した『Postcards From A Young Man』のポップな雄大さは、彼のいくつかの作品に通じるとも思います。いかがでしょう?

J:うーん...確かにたくさんオーケストラは入ってるしね。歌詞としては彼ほど左に寄ることはないけども。彼は常に実験的なものをポップなフィールドに持ち込んで、美しく表現する人だから。『Paris 1919』は本当に美しかったね。でも、彼は本当にユニークなアーティストだし、特に比較できるような部分はとてもじゃないけどないよ(汗)。まあ、オーケストラがたくさん入ってるって以外は(笑)。

(笑)あなたたちの音楽を聴くといつだって、普段の生活には大変なこともあるけれど、がんばって笑いながら生きていこうという元気が出てきます。すべてのアルバムでというわけではないですが。で、今回は、それが最高潮に達しているのではないでしょうか?

J:そうだね...。俺たちの音楽には、ポジティヴな憂鬱とでも呼ぶべきものが入ってると思う。俺が若かったころ読んでた本や見た映画、音楽なんかでも感じることはできたものだけど、すごく暗いなかにポジティヴな部分があるんだ。憂鬱だからこそ前向きになれるっていうか。憂鬱でいるとどんどんネガティヴの深みにはまり込んでいく、みたいなことをいう人もいるけど、そういう問題を他の誰かがテーマにしていることで、そんな状況にいるのは自分だけじゃないって思えると、世界がどんなものでも、そこに共感を覚えることができるようになる気がするんだ。だから俺たちの音楽には、そういうポジティヴな憂鬱がいつもある(笑)。『Holy Bible』と『Journal For Plague Lovers』以外ね。あの2枚は別だった。でも、それ以外はいつも、そういう要素が入るようにって思ってるよ。別にそういうことを口に出して説明しているわけじゃないけどね。いろんな人が共感を覚えてくれると思うんだ。

先ほど言った「シリアスな」質問に近くなってしまい申し訳ないのですが、今回のこの「ふっきれ」ぶりは、さきほどあなたもおっしゃったように(初期の重要メンバーでありながら、90年代なかばにバンドを離脱。その後行方不明となり死亡が報じられた)リッチーが残した歌詞を元に作りあげたアルバムである前作『Journal For Plague Lovers』をへたから、という部分も大きいんでしょうね。

J:あのアルバムは避けては通れないものだったんだよ。いつかは作らなければいけないアルバムだった。感情的な義務感っていうか。でもあれをレコーディングしてツアーしたことで、感情的にすっきりすることができたと思うよ。もうそこにはいない誰かと交わした、絶対に果たさなければならない約束をずっと抱えたままで、これまでやってきたようなプレッシャーからやっと解放されたような気分がしたんだ。そういう意味では、あのアルバムはこのアルバムに大きな影響を与えたアルバムだといえる。そういう重さとは完全に違う、音楽的に自由で、ある種のエスケーピズムを漂わせた作品になったと思うから。

昨年のNANO-MUGEN FES.の突然の出演キャンセルは本当に残念でした。

J:すごくいいフェスだったって聞いたよ。ニッキーの胃の問題で行けなくなったんだけど、おかげあれ以来、ニッキーは禁酒してるんだ(笑)。もう、ファンが楽しみに待っていてくれたのにと思うと、最悪な気分だったけどね。本当に申し訳なかった。

11月の来日公演(編注:ここの11月末ごろの部分をご参照ください)、楽しみにしています!

J:うん。NANO-MUGENに行けなかった分まで、いつもより長くプレイするつもりだよ。楽しみにしていてほしいね。


2010年9月
質問作成、文/伊藤英嗣
取材、翻訳/中谷ななみ

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