ロックとファッションの連関性を巡る歴史、またはその論考

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rock_fashion.jpg パスカルは「人間は死と不幸と無知を癒すことができなかったので、幸福になるためにそれらのことについて考えないことにした」と言った。これは簡単に「根源的に、不幸にならないために考えることにした」と翻訳し直すならば、ロックが反射させるファッション性は「幸福を目指す」というより、「不幸を避ける」為の何かに転回する。この場合のファッションは、時代の風俗性を描写する鏡でもあるから、「流行」と捉えるのも、そのまま今様に「服装」と捉えても問題は無いと思う。
 
 この10年、モード・ファッション界隈で「ロック」の文字を見ない事が難しくなり、ジョイ・ディヴィジョンやらキース・リチャーズやラモーンズ、ボブ・ディラン、果てはカート・コバーンからヴェルヴェット・アンダーグラウンドまでネタ「探し」に奔走しているのはそこまで現場を知らなくても、感得出来る。
 
 衣服史的に、昔、「衣装とはその人の生業を示すアウラ」だった。騎士、農民、僧侶諸々を指し示す体現記号として。ただ、1950年代以降において、特に若者の間で、同じ嗜好・思考をシェアするツールとして衣服を纏いだす。
 
 衣服史としてのロックで有名なのは、60年代のモッズだろうか。ジャケットの襟幅に拘り、ボタンの数に執着し、カーキのパーカーにヴェスパ。イタリアの服飾の美しいフォルムや美学を模範した形で、ロウワー・ミドルクラスの人達が「中心」を担い、ロンドンで火がつき、そのまま、富裕なワーキング・クラスにも「自然」とパスティーシュされるようになった。ザ・フー、スモール・フェイセス、そして、ザ・ジャム。また、ザ・ジャム、スタイル・カウンシル、ソロとしてロールし続けるポール・ウェラー。

 元々、モッズの必須アイテムであるフレッド・ペリーの月桂冠マークに強い「思想」が帯びていたのは周知だろう。ロッカーズとの「対立」軸を置いた時に見える差異。ロッカーズとは、今のヘビメタ勢に引き継がれるバイクメンたちの集まりで、イギリスだと北部の地方労働者に当たる訳だが、革ジャン、ジーンズのスタイルをベタに示唆する。モッズの人たちは基本、聴く音楽でもクール・ジャズやスウィングを好んでいた訳だから、「洗練された感性VS日常の野放図さを愛する人たち」の明確な対立図式は「今も」あるのかもしれない。「色彩鮮やかな服」対「黒」。「カラフル・ライフ」対「モノクローム・サンセット」。モッズは「頭も良く、財力もあったりする」ものから、それなりにサヴァイヴの導線とか体制との折り合いを付けていくのだけれども、ロッカーズは「外れ者」の道筋を行った。
 
 そして、ロンドンからはモッズのよりやわらかなものとして、「サイケ」というものが現れる。スウィンギン・ロンドン。サージェント・ペパーズの世界。そう、色鮮やかなスーツや、花柄のシャツに代表されるスタイル。ただ、「サイケ」と音楽の共振は存外なく、それだと、「ヒッピー」というウッドストックから出てきたスタイルの方が、ロックとのユーフォリックな邂逅だったかもしれない。ジェファーソン・エアプレイン、ジャニス・ジョプリン等の示したルーズで、ダラっとしていて、でも、少し褪せた色目の服装。つまりは、「BACK TO THE NATURE」。自然に還ること。今ならば、「森ガール」的なものは違う位相での「自然」を希求したが、それは「自然体」と「自然」の差くらい歴然と離れている。加え、モッズが「消費社会の到来の中で、消費社会を逆手にお洒落に生活をおくろう」としていたのに比して、ヒッピーは清潔性や消費社会なんかスルーして、そもそも人間なんて自由にある「べき」だという流れを汲んでいたと言えるかもしれない。
 
 その後、「ロック的ファッション」は百花繚乱になり、リバイバルに次ぐリバイバルなど、再・分化の波に攫われていくが、セクト化はあまり為されなかったり、「如何にも、ロック」というファッション性はなくなる。その中で、今でもフェスでの服装含め根強いのは、AC/DC等の流れを経てのハード・ロック・メタル・スタイルの「黒・革ジャン・鉄鋲・長髪」かもしれない。ロッカーズなどの流れを踏まえながらも、70年代以降はそれなりに高級志向にも選別思想に走り、逆にそのスタイルを纏う事が選民性を強めた。逆エリーティズムの観点から、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどのNYファクトリー界隈の低温でクールなスタイルは外せない。黒の革のパンツに白いシャツ。今現在でも、これは多く、そのNY発の小綺麗なものを安全ピンで繋ぎ直したのが、ロンドン・パンクと言える。

 90年代、グランジが世を席巻した際、「汚い恰好」と「カーディガン」が流行り、ブリット・ポップにより、フレッド・ペリーのポロやベン・シャーマンのシャツがハイブロウにクールに蘇り、00年代ではリバティーンズやストロークスの絡みで、スリムで洗練的でエッジなファッションが最尖鋭を極め、当時のディオール・オムを手掛けていたエディ・スリマンというカリスマの所為で、ハイ・ファッション界の方が「ロック」的になり、ストリートは古着「以前」のレベルまで落ちてしまったという反転現象が起きたのは奇妙だった。

 今はどうなのか。ロック的ファッションはここに来て、バブル、インフレ状態にある。「モードとしてのロック・ファッション」を競い合うその瀬に、遂には「LOVELESS」という名前のセレクト・ショップが生まれ、独自の目線からのセレクションで、世界中のファッショニスタから注目を受けている。

 最後に。文中では詳しく触れられなかったが、アディダスのスニーカーを履くイアン・ブラウンやアークティック・モンキーズの面々の在り方も「思想」だし、一つのメッセージだ。ファッションの在り方を考え、そこに働いたエントロピーを「確かめる」作業も肝要なことだろう。それこそ、今のロックとファッションとの「繋がり」を掘り下げていくことで、ぼやけていた音楽の鳴り方も明確になり、また、気にしていなかったかもしれない彼等の服装の意味にも視線が行くようになるのは実はとても意義のあることと思う。ロゴ・マークは決して商業的な罠だけではないのだ。

 筆者自身、フレッド・ペリーのポロシャツを着てモッズ・コートを着る意味は決して酔狂ではなく、ロックに受けたスティグマを自分なりに表象するための明確なメッセージでもある。

(松浦達)

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