イルリメ

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ILLREME

音を出して、レスポンスを受けて、また自分が反応する
そんな音楽の空間を作っていってる感じ


リリースから数ヶ月たったイルリメの最新5曲入りミニ・アルバム「360° Sounds」だが、未だにその新鮮さはまったく色あせないどころか、彼の最近の活動ぶりを見聴きしても(していなくても)、「新しいフェイズ」のスタート地点としての重要度をますます増しているように感じられる。

<夢中になったら始めとけ。その気があるやつ音鳴らせ。次の時代がやってくるぜ。新しい音が見たいんだ>

収録曲「We Are The Sound」の一節。これは、まさにそんな姿勢のトリガー(引き金)となる音源(レコード)ではないか。数ヶ月前、「360° Sounds」リリース直前(このサイトが「プレ・オープン」する少し前)のイルリメに話を聞いた。話の内容としても全然古くなっていない(というか、オープンに際するドタバタによりアップが激しく遅くなってしまい、本当に申し訳ありませんでした...)のみならず、そこで語られている姿勢を捕捉するような、最新情報も添えてお届けしよう。

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ミニ・アルバム...EPという形になった理由は?

イルリメ(以下I):アルバムは出す気がなかったっていうか、シングルで出したいっていうのがありまして。シングルで出そうとも思ったんですけど、ちょっと考えて、5曲入りシングルみたいな感じで。

全部、曲が立ってて力強いです。

I:曲単位で成り立っているというか。アルバム40何分で聞かせる音楽性ではなくなってきている。

今は1曲1曲で勝負、みたいな。

I:そうですね。

歌もの的な部分にしても、パーティー・ラップ的な部分にしても、ふりきれてます。

I:ライヴ用に作ってるっていうのがあるんで。リリースして、ライヴして、みたいな感じですから。

それも含めて、すごく今の時代にふさわしいと思います。3曲目「フィジカルグラフィティ」と4曲目「We Are The Sound」に関して言うと...。ぼくは恥ずかしながら、昨年6月にイルリメさんのライヴを初めて見たんです。単身のソロ・ライヴで、とんでもなく最高でした。この2曲は、そのときの模様も思い出します。「We Are The Sound」で、俺たちが音、みたいなこと歌われてるじゃないですか。そこで歌われているように、イルリメさんが音をふって、リスナーみんながそれに反応して、みんなが音楽になっていくっていうか...。この曲の歌詞にも、すさまじく感動しました。
<俺から見れば、きみらも音。きみらから見たら、俺も音。立場が違うが同じこと。目的はひとつ、高いとこ><音が楽しめば音楽だ。身体が奏でるどんたくだ。やっぱり俺は音に夢中。たった今きみも音に夢中><夢中になったら気づくだろ、身体が軽くなったことを。それが音になった証だ。そこから時間が解けていく>
なにより「音」が重要っていうか...。

I:音楽の聴き方とか楽しみ方って、文化的側面から見ていく方法と、サウンドを楽しむ方法っていうふうにふたつあるじゃないですか。それの両方から楽しめる。文化面というのは...このミュージシャンがいて、この人はどういう感じで生きてきて、どういうものを聴いてきて、どういう生活をしてきって...というとらえ方。自分が音楽を作り始めて、さらによくわかってきた楽しみ方っていうのは、もうちょっと込みいってるというか...。キックひとつの音が楽しかったり、音そのものを楽しむっていうか。

作り手じゃなくても、よくわかります。だからミュージシャン・サイドから<立場は違うが同じこと>と(歌詞で)言ってもらえると、なんかうれしいんですよね。
<盛りあがりすぎて泣きそうだ。音楽が好きで吐きそうだ。思わず本音が出るほどに。音は感動であふれてる><音楽は誰のものでもない。誰かのためだけに鳴ってない。カッコよい音を生みだして、分かちあうだけのものである><俺たちは音が大好きだ><We are the Sound>
これは、リスナーがたとえばライヴのフロアで感じることも代弁してくれていながら、ミュージシャンもそう感じていてくれたら...という理想型だったりします。

I:なんのために作っているのか考えていくと、作っている人間が偉いっていうわけじゃなくて...。どうしてもライヴとかやったり、いざミュージシャンになってみるとけっこうちやほやされるっていうか(笑)。たとえば俺は新体操できないから、してる人をみたらすごいなと思うじゃないですか。で、もっと新体操好きになったら、崇めちゃったり...。そういうミュージシャン像っていうか、そういう見方ってありますよね。でも、実際すごいかっていったら、すごい人もいるとは思うんだけど(ミュージシャンである)自分はどうかというと...。

従来の音楽批評って、どういうわけか文化的側面ばかり強調される傾向があった。それだと、どうしてもミュージシャン崇拝に傾きがちですよね。インタヴューというスタイルでも、わりとそんなふうに...。

I:音楽を作ってる最中は音楽のことしか考えてませんね。キックをこう入れていって、とか、そこにクラップを入れたりとか、音のことしか考えてない。サウンド面で言うと、音のために作ったんだっていう。考えていったら、リスナーがいて、自分が(同じ高さに)いて、その上に「音」そのものがあって、音楽があって、それを共有しているんだと思うんですよ。ミュージシャンが偉いわけじゃなくて、なんか、自分が作った音を出して、レスポンスを受けて、また自分が反応するっていう、音楽の空間を作っていってるって感じがするんで。

いいですね!

I:たぶん俺バンドじゃないんで、そういう発想にいきやすかったと思うんですけど。ライヴもひとりでやってるんで、反応を感じながらやりやすい。

反応を即座に取りいれやすい。自由度が高いというか。

I:DJのまわすクラブに行ったときの衝撃がでかいんで。演奏する人がいなくて、曲がかかってて、勝手に踊るっていう。

DJを...ミュージシャンでもないのに崇め奉る人も多いですが(笑)。

I:わかりやすいですからね、そのほうが。しょうがないですけどね。

そっちのほうがわかりやすくて、受け入れやすいっていうか。与えられるほうが楽だと思ってる人が多い。

I:自分は音楽に固執してるから、っていうか考える機会がいっぱいあるから、そういうふうに考えられますけど...。それ以外の部分で、ソーセージやハムに対して自分は与えられるものだと思ってるんで、ハムに関してはもうあまりこだわりも持たずに売ってるものをただ買ってるだけで、そういうふうにいろいろな物事に関する興味のパーセンテージの問題で、音楽に対して同じように思ってる人がいるっていうのも全然わかるんです。

たしかに。

ただまあ、興味惹かせたほうがいいと思いますけど。そのほうが、ゆくゆく面白いことやる人が多くなってくると思いますね。

次の世代にひきつぐ、みたいな。

I:そのほうがいいですよね。お笑いや絵画等、他の文化に新たな才能を取られたくないってところもありますね。

音楽がんばれ、とぼくも強く思います。

I:であと、作ってる理由は、いままで聞いたことのないものを作りたい。そういう感じの...。ちょっとずつでいいからヴァージョン・アップさせていきたい。

新しい音が見たいんだ、って歌詞のとおり。リスナーであるぼくも同感です。

I:それは音楽好きな人だったら誰だってそうだと思うんですけど、まあ、ライターの人にしても、編集者にしても、ヴァージョン・アップさせたいって目的があるわけじゃないですか。だから全体的に見たら一緒じゃないかっていう。音楽をやる行為、聴く行為は全部ヴァージョン・アップみたいな感じですよね。

何か新しいものを探してるっていうのはホントありますよね。ヴァージョン・アップといえば、「フィジカルグラフィティ」は『Drag And Drop』(イルリメはグラインド・ディスコ名義で、レッドサウンド名義のリョウ・アライと、2009年に発表したスプリット・アルバム)でインストゥルメンタル曲として原型は発表済でした。そして、なにより1曲目「トリミング」。(リリースされた形としては)2度目のヴァージョン・アップとなります(注:最初は2004年の『Illreme.com』に収録。つづいて2008年に本名、鴨田潤名義でリリースされた「ひきがたり」EPに収録)...。

I:それは、単純に最初に出した時期から今までずっとライヴでやってるんで、その間6年間あって...。2007年くらいから「あの曲何に入ってるんですか?」って聞かれるようになって。「前に出たアルバムの最後に入ってる曲なんですけど」って言うと、じゃあ買いに行きますって。で、「今の歌い方のほうがよかった」って言われるんですね。だから、そろそろヴァージョン・アップして出しておこうと。

今回の「トリミング」、もう最高だと思います。

I:ほんとですか?

正直、泣けました。

I:年齢の面もありますし、音の面が変わってるし。前はモノラルだったんですけど、今回ステレオになったとか。

すごくポップになったと思いますね。いい意味で。

I:ポップになりました?

受け入れられやすくなったのではないかと。

I:じゃあよかったです。

ライヴでたくさんやって、いろいろな人の前でやって、それが反映されて、いろんな人に向かって届きそうな。

I:そうであるとうれしいですけどね。最初に出してから、地道にアピール活動してたようなものですけどね。演歌的な(笑)。

もしくはボブ・ディラン的な(笑)。途中でもう1回、弾き語りでリリースしていたのはどういう位置づけになるんでしょうか?

I:「ひきがたり」EPは...、出す前くらいにライヴで弾き語りやったことがあるんで、ちょっと入れてみようっていう。

弾き語りライヴは頻繁に?

I:何回かやりましたね。スペシャの番組で司会やってたときもスタジオ・ライヴみたいな形でやったこともありますし、弾き語りでも出来そうって感じなんで。

先日、弾き語りのライヴを初めて見たんですけど、いいですね。歌がすごく中心にすえられるわけじゃないですか、それによって、なんというか...。

I:そうですね。声の出し方もちがいますし、えーと、なかなかむつかしいですよね、弾き語りは。

隠せるものが何もない。歌だけ出すみたいな。素のまま出すというか。

I:あんまりふざけるわけにもいかないし。おさえるのに必死って感じですね。週1回くらい気持ちの落ちついた日があるんですけど、その日に弾き語りがあればいい。あるじゃないですか、そういうの。

ぼくの場合、日によってアッパーかダウナーか、って感じですけど。

(笑)それが弾き語りに合わなかったらそわそわしちゃう。

先日ぼくが見た弾き語りライヴでは、最後にザ・バイト(The Bite:この8月にファースト・アルバム『ポケットにブルース』がリリースされた)と共演されてて、なんか初期のRCサクセションにも匹敵する良さだな、と。

ほんとですか? ありがとうございます。


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2曲目「Hello Mellow」と5曲目「とらべるびいつ」は、ビートはわりとファットというかガッツリしてて、それで歌もの。「トリミング」が大袈裟に言えばニュー・ミュージック的とさえ思える一方、「フィジカルグラフィティ」と「We Are The Sound」がエレクトロニクスも駆使したソロ・ライヴに近いとしたら、「Hello Mellow」と「とらべるびいつ」は、またちょっと違う。この2曲はまとめられないですか?

I:まとめられますよ。「トリミング」とかのほうに近いと言うか。わりとポップス寄りというか。

そうなんですよね。ポップス寄りなんだけど...。

I:前のアルバムの『メイドインジャパニーズ』寄りっていうか、そういう感じですよね。

そして、アレンジがぐっとヴァージョン・アップされていると思います。音楽的により芳醇になっているというか。そういえば『メイドインジャパニーズ』には、「今日を問う」のニュー・ヴァージョンも入ってましたよね(2002年の『Quex』が初出)。「トリミング」がポップさを増したのと逆に、あれは余計うるさくなってたというか(笑)。「トリミング」とは逆の方向性?

I:あの「今日を問う」は、たぶんライヴで使ってるオケ(バック・トラック)があったような...。『メイドインジャパニーズ』出す前に、すでにオケをライヴで使っていたような気がする。

なるほど。ライヴでやってきたことを反映させるという意味では同じなのか。

I:そうです。ライヴ至上主義ってわけじゃないんですけどね。ライヴぐらいしかないんですよね。やること。

お好きなんですね(笑)。ライヴでライヴ、音源(レコード)は音源で、それぞれ別の良さがあるかと。

I:むつかしいですけどね。音源化するときにテイクをどれにするかっていう。

大変ですよね...。

メロディー・ラインがあって、そこからすこし外れた部分を良しとするかしないか、とか。そういうことを考えていくと。

演歌はあえてリズム外して歌ってる部分があったりとか(笑)。

I:...そういう話をしてる人って、すげえ楽しそうですよね(笑)。すげえ楽しんでますよね。いやあいいですね。

音楽の話は楽しいです(笑)。ライヴといえば、それこそ今みたいに音源ビジネスが斜陽とか言われるずっと前に、ボブ・ディランが「もう音源なんかどうでもいい。これからはライヴだ」みたいにがんがんやり出した時期とか思い出します。でも、それをへて、また彼は素晴らしい音源を出したりとか...。先日弾き語りでやられてた、"実家に帰ったときのことを歌った曲"とか、マジで涙が出そうになっちゃったし、それも早く音源化してほしいです。

I:それは「プロテストソング」という曲でもう既に録ったりはしてるんですけどね。未だリリースは出来てないです。

いい曲名ですねー。是非リリースを! 「Hello Mellow」と「とらべるびいつ」に話を戻すと、メロディーの良さと、オールドスクール・ヒップホップっぽいけれど、どこかプリミティヴなブラック・ミュージックっぽいとも言えるリズムの良さが、うまく併存してるなあって感じました。いろんな要素が、以前にも増して、より凝縮されてるっていうか。

I:「Hello Mellow」はキリヒトのサンプリングで...。サンプリングっていうか、もうサンプラー通してないくらいの(笑)。「トリミング」もそうですし、「Hello Mellow」もそうですけど、知り合いの曲を使わせてもらってて。「トリミング」はラブクライ(Labcry)っていう大阪のバンドで、その曲を使わせてもらって。なんか、そういう、発想でやるのが好きっていうか。普通は、わりと「遠いところのものを使って」っていう発想のほうが多いんですけど。周りをみたらミュージシャンが多い。そこから使うっていうの、俺は昔からやってましたね。そういうほうが、自分の中で現実味がある。

さっき、リスナーと比べてミュージシャンは「すごい」のか? って話になりましたが、サンプリングするにしても、手の届かないような「すごい」ミュージシャンの音源を使うのではない。

I:実際喜んでもらえるっていうか、そういうのもうれしいですけどね。キリヒトもライヴ一緒にやったりバンド一緒にやったり。

「とらべるびいつ」には、ユア・ソング・イズ・グッドの人がギターを弾いてるからなのかもしれないけど、70年代アメリカン・ロックっぽいテイストも感じます。

I:そういうのを聴いて、逆にインスパイアされるみたいなところもありますね。

いろんなタイプの"それぞれが立った"曲が並んでいて「360° Sounds」っていうタイトル、いいですね。ジャケもいつもの感じと違います。

I:ジャケは河野未彩さんていう今まで仕事したことない人がやってて。これ、ニュアンスを伝えるのむつかしいんですけど、自分の想像外を見たいので人に託したくなったんですよ。自分のイメージを。

たとえば、音源に比べてライヴって、魅力のポイントがラフじゃないですか。もっとインパクト出して、トータル的には面白ければいいっていうか...。音源のみならず、そのパッケージであるジャケもライヴの感覚に近くなったのかなって。

I:そういうふうに考える方法もあるのかって思いましたね。今回、なんかね、自分より年下の人に頼んだんですよ。「トリミング」のミュージック・ヴィデオも。で、「お願いしたから、好きなようにしてくれ」って。いままでは自分が出ないほうがいいと思ってた。でも、必要とあれば自分が駒として動くみたいな。年下の人に頼んで。俺ね、年下にはいい格好したいんすよ(笑)。いい格好というか、自分の音楽は許容範囲が広いので一緒にやる時は無限大に広げた風呂敷の上で好きなように才能を発揮してほしい、それでそれを見てまた自分もその自由な感覚を貰うんです。まあ、それ、いい格好ですね(笑)

なんか、わかります、というか共感できます(笑)。

I:自分だけがコントロールできるような体制をつくるのって間口を狭めてる感じがするんで、のびのびやってもらったほうがいいって気がします。逆に自分が指示したことによって訳の分からない方向に行くのはいやですからね。のびのびやったほうがいいんですよ。ジャケもこういうふうに自分が出た。今まで顔見せないようにしてたのは、そういう形に思い入れがあったんですよ。でももう隠すのが疲れた。まあ、でも(そのときどきの)気分にもよりますけどね。

(笑)次のステップも楽しみです。

I:シングルでもアルバムでも、ミニ・アルバムでも「作ったのが出る」って感じですから。弾き語り? いや、ちょっとポップスになってきてるのかな? とか、ラップじゃなくてもよくなってきてるかのかな? とか。まあ、好き勝手やってきましたから。

これからも好き勝手に。

I:そうできればと思います。

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 このインタヴューを終えて、そして何度も「360° Sounds」を聴きかえし、ぼくが思ったのは、「イルリメさん、さらにポップス方面への挑戦をつづけてほしい」ということだ。おそらくぼくだけではなく、多くのリスナーが感じたのではないか。そんなぼくらに待望の情報がもたらされた。

 インタヴュー中では話題になっていないが、「We Are The Sound」ではトラックス・ボーイズ(Traks Boys)というデュオ・ユニットの曲がサンプリングされている。K404とクリスタルのふたり組で、2007年に『Technicolor』、2008年に『Bring The Noise』という2枚のオリジナル・アルバムをリリースしている。「We Are The Sound」で使われていたのは、後者のタイトル曲だ。彼らは、曽我部恵一バンド、デ・デ・マウス、アイラ・ミツキらのリミックスも手がけてきた(クリスタルは、3人組"フランキー、ロジャー&クリスタル"の一員として、2009年にクルーエルからもアルバムをリリースしている)。そんなK404とクリスタルに鴨田潤(イルリメ)を加えた3人が、(((さらうんど)))という「ポップス・バンド」を始動した。

 彼ら(((さらうんど)))の公式サイトでは、8月の数週間のみ限定で、「サマータイマー」というできたてほやほやの曲を無料配信していた。彼らの言葉を借りれば(その無料配信は)"お中元"。二度と戻ってこない夏の一瞬を凝縮したような、素晴らしい曲だった。ぼくは、まさに短い"夏休み"の間に、偶然ツイッターで知ることができた(一応リツイートしたけれど...)。

 この夏、それに気づいた人も気づかなかった人も、ともに近々リリースされる予定という(((さらうんど)))のアルバムを楽しみに待とうではないか。

 それが夏だとしたら、「トリミング」は出会いと別れの季節である春に似つかわしかったのかもしれない(インタヴュー中でリンクした、プロモーション・ヴィデオの背景もそんな感じ)。もちろん、オールシーズン、いつでも感動的に聴けることは間違いない。秋だろうが冬だろうが、常に部屋とか車の中とかiPod(と直結した身体)の中で鳴っていてほしい永遠の名曲だ。

 ただ、ぼくは今年の春に、たぶん二度と忘れられない場面を、この曲に与えてもらったから...。

 ぼくには今ちょうど中学生になったばかりの息子がいる。彼には(ぼくのような? いや、そんなことはないと思うけど...:笑)偏狭な音楽ファンにはなってほしくないと思っている。だから、あえて仕事場以外では家であまり音楽を聴いていない。ぼくも死ぬほど音楽/いわゆる洋楽とかに入れこみだしたのは中学校の後半くらいからで、子どものころは歌謡曲とか(ラジオから普通に流れてくるような)ニュー・ミュージック(や普通のヒットした洋楽)ばかり聴いていた。彼も、J-Popだろうがなんだろうが、とりあえず普通に流れてくる音楽を聴いてればいいじゃん、みたいな...。

 でも、車を運転するときは(当然!:笑)ぼくの好きな曲をかけている。そういった曲がいいのか悪いのか、普段息子はほとんど反応しない。

 それがこの春、ちょっとした小旅行に出かけたとき、「トリミング」をひどく気に入っていた。「これ、いい曲だね...」と。

 彼もそろそろティーンエイジャー。自分の世界を作りはじめるころだ。いつまで、こんな関係でいられるか、わからない。だからこそ、だろうか、"ぼくらが誰かと旅に出るときの気持ち"そのものといったリフレインの歌詞と呼応して、涙が出そうになってしまった。

<見せておきたい景色が、ずっと、つのって。写真じゃ切りとりきれないから、話せば白々しくなるから、連れていきたい、気持ちになります>

 そして、この一節は、イルリメがライヴにこだわる思いにも、つながっているのかもしれない。


2010年4月
取材、文/伊藤英嗣


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イルリメ
「360° サウンズ」EP
(Kakubarhythm

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