中村友亮の場合は...

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 今年もこの3日間がやってきた。フジロック・フェスティヴァル。

 1日目。

 朝の5時半。ホテルのベッドで目が覚めた。何をそんなに興奮しているのか...といくらなんでも早すぎる起床に、自分を笑ってしまう。これから始まる3日間を体全身が楽しみにしているのがわかる。仲間たちが起き始め、準備を始める。皆、既に笑顔だ。

 チケットをリストバンドに交換し、ゲートをくぐる。毎年のことながら、この場所を通る時には思わず走り出したくなってしまう。ははは。子どもなんだよ。音楽の前では。

 今年のフジは、アッシュから始まった。「一発目のアクトはグリーンで観よう」という理由以外には特に考えずに観ることを決めたのだが、初日の朝に相応しいアグレッシヴな演奏と、それに応えるように埋まるモッシュピットの光景は、フジへ帰ってきたことを実感させてくれる素晴らしいものだった。その後、友人と合流してからレッド・マーキーでのオウガ・ユア・アスホール。日本人離れしたメロディーと、予想以上の絶妙なアンサンブルに驚いた。ここでは友人の発言を引用しておこう。「下手なUSインディーを聴くくらいなら俺はオウガを聴くね」。

 その後、ホワイト・ステージに移動。通路の両脇から見える草木や、キッズ・ランドではしゃぐ子どもたち。木陰の中の通路が開け、川からの冷たい空気が肌に触れてくる頃にはホワイト・ステージから漏れる音が聴こえてくる。ローカル・ネイティヴスだ。仲間と合流しながら、彼らの持ち味の一つである美しいコーラスを浴び、橋本・F・高橋を覗き(チャットモンチーだもん、そりゃ一度は観てみたいよね)、ブロークン・ベルズから続く、レッド・マーキーのアクトを観るため移動する。グリーンを横切る頃には人がさらに増えているのがわかる。フジの準備体操はもう終わったのだろう。ビールを持つ、たくさんの手が揺れている。

 ブロークン・ベルズは、デンジャー・マウスとシンズのジェームスとのユニットということからの期待を裏切らない、堂々としたアメリカン・ロック。レコード買って聴こう...。そして、エックス・エックス。ステージには大きな「X」のオブジェ。日が徐々に落ちていくその空気の中で、重心は低いながらも軽やかに叩き、弾き出されるビートとメロディー。オリヴァーとロミーの囁くようなコーラス。メランコリアの王国。

 その後、オアシスに夕飯を買いに行く。様々な音がそこかしこから聴こえる。しかし、うるさくはない。フジでは全ての音が素晴らしい音楽に聴こえる。いや、本当に。

 ブロークン・ソーシャル・シーン。本当に素晴らしく、冒頭から涙が溢れ続けるライブだった。大所帯バンドとしてのアンサンブルが十分に活かされているのか、それぞれの音がきちんと聴こえているかという点では少々難がありながらも(PA泣かせのバンドだよなぁ)、彼らの決して飾らない等身大のエモーショナルさは十二分に発揮されていた。最新作の楽曲をメインに、途中で「7/4 (Shoreline)」を「Fire Eye'd Boy」を続けざまに演奏するなど過去の作品からも楽曲を織り交ぜながらのセットだった。最後に最新作からのインスト曲「Meet Me In The Basement」が何度も繰り返して演奏された。いつの間にかモッシュの中にいた僕の周囲も、涙で溢れていた。

 その後、グリーンではミューズが演奏しているのを観ながら移動し、ホワイト・ステージへ。初日のトリ、!!!(chk chk chk)を観に行くためだ。人の流れが続く。みんな彼らの音で思う存分、踊ってやろうとの意気込みが顔に表れている。彼らのステージを待つ間、相次ぐメンバーの脱退や死がバンドやその演奏にどのくらいの影響を与えたのだろうかと、過去に観た際とは明らかに量が減った機材を観ながらぼんやりと考えていた。当然、彼らは変わっただろう。変わらざるを得ないだろう...。

 そんな不安まじりの期待の中で始まったステージで、ニックは変わっていなかった。メンバーもオーディエンスをあおりながら演奏を続ける。リズム隊の音の薄さなど、影響を感じざるを得ない場面は幾度となくなったが、彼らの姿勢は(そんなものが演奏からわかるのかと言われかねないけれど)、少なくとも変わっていないように見えた。「Must Be The Moon」などの前作までの楽曲はやはりオーディエンスの反応が良い。特に前作がいかに彼らをポピュラーな存在にしたかがわかる。確かに僕もよく聴いたレコードだ。実際、売れたのだろう。その中で、最新作の楽曲たちには派手さは無かった。踊りながら、正直に言えばこのような複雑な気持ちをもつ部分はあった。彼らも反応を受けて苦しんでいるのかもしれない。そんな感想すらもってしまった。しかし、ここでは、結論だけを述べてこう。僕は踊った。複雑な気持ちは何もなく、気づいた時にはただひたすら踊っていた。

 彼らのステージが終わり、アナウンスが流れる中でホワイトを後にした。オアシスで食事を済ませ、レッド・マーキーへ。深夜のダブステップの祭典が目的である。とは言うものの、結局は疲れてマッドプロフェッサー、そしてラスコで踊った後、ホテルへと戻ってしまった。少ない時間ではあったが、ここでマッドプロフェッサーが呼んだスペシャルゲスト、ホレス・アンディの登場には驚いた。まさか...。そこでマッドのかけるトラックに合わせて歌うホレス。マッシヴ・アタックの「Man Next Door」。泣かない理由が無いよ。金曜のハイライトはこの瞬間と言っていい。続く、ラスコの時もその余韻で僕の心は揺さぶられたままだった。金曜の深夜のレッド・マーキー。人数はまばらだった。多いとは言えなかっただろう。しかし、毎年変わらない空間がそこにあった。あの場にいた狂ったパーティー・ピープルに花束を!

 2日目。

 朝一番でドラゴンドラに乗り、デイドリーミングへ。ヨーグルト&コヤス、そしてPSGを聴きながらのチルアウト。気持ちよく吹き込む風の中で、揺られ、まどろむ。そんな中でのPSGは山椒のように辛いリリックとビートで僕を存分に揺らしてくれた。スラック、ガッパーのフロント2MC、そしてパンピーのDJをしながらのMC。彼らの音楽は(特にフリースタイルのラップ!)はいつもシニカルとユーモアで溢れている。気づけば彼らを囲む輪の中に僕はずぶずぶと入り、音と風に揺られていた。

 その後は、凧揚げや着ぐるみたちと駆け回る。トラやパンダたちとじゃれ合う子どもたち...。ふと、先ほどのステージに目をやればクワイエットストームが回している。この異色さは本当に笑ってしまう。ステージの名前はデイドリーミング。白昼夢。

 下山後、オレンジ・コートに向かう。ホワイトから伸びるボードウォーク、漏れてくるホワイトの音を耳で拾いながら、ゆっくりと冷えた空気に汗を拭ってもらう。途中の木堂亭ではプリドーンが演奏の準備をしていた。迷いながらも、モリアーティを観るためにオレンジへ。

 ゆったりとした空気の中で、一つのマイクにメンバーが集まり歌う。彼らの奏でるブルーズやカントリーを座ってじっくりと堪能したあとは、フィールド・オブ・ヘヴンにてキティ・デイジー&ルイス。まだ10代のメンバーを含むブルース・バンドだが、顔に残るあどけなさとは裏腹の渋い演奏には多くのオーディエンスが踊り、拍手によって応えていた。

 そして再結成後のライブを一目見ようとする人で溢れるレッド・マーキーにて22-20sを観るも足の痛みからホテルにて小休憩を取る。立ってライブを見続けることが多いフジロックでは無理はいけない。雨が降り始める中、ロキシー・ミュージックを観るためにホテルを発つ。

 ロキシーはなぜか僕の心までには入ってこず、教科書的に聴くに終わってしまった。雨ということもあったのかもしれない。フジロックでは天気がライブを大きく左右する。それがバンド、オーディエンスには様々に影響する。天気のせいだったのだろうか。それとも、彼らの音楽が「いま」の僕にはかけ離れたものだったのか。時計を確認し、ホワイト・ステージへ移動する。2日目のトリ、MGMT。

 ホワイト・ステージに着いて暫くの後、入場規制の可能性というアナウンスがされた。注目は高い。周囲にも人が溢れてきた頃に、ライブが始まった。彼らの演奏は、正直に言えば、悪くはなかった。演奏は下手ではない。しかし、十二分に楽曲の良さを引き出しているということは感じられなかった。なんだろう。どこか音が空回りしているような印象を受けた。噂通りにカラオケで歌われる「Kids」はその象徴のような気がしてしまった。

 どこか満たされぬ思いの中での帰り道で、仲間たちはホテルへ戻るという。疲れも溜まってきている。僕もレッド・マーキーにはあまり行く気がせず、同じように道を歩いた。その途中、固く尖ったギターが聴こえ足を止める。仲間には先に帰ってもらい、その音の方向へと歩いていくと、まったく知らないバンドが演奏していた。ルーキー・ア・ゴー・ゴーの会場からだ。がむしゃらに、汗を流しながら、緊張を隠しきれずに演奏するバンドの名前はザ・サラバーズ。しっかりと鳴らそうとする彼らの前で、僕はただ、食い入るように観てしまった。あっという間にライブは終わった。その時には足の痛みと疲れは引いていた。
 
 3日目。

 最終日は日曜日ということもあってか、参加者の数は前日までのそれからかなり増えている。友人と合流し、オアシスが流れるグリーン・ステージへ。アナウンスが終わり、アジアン・カンフー・ジェネレーションだ。ステージの途中で、ふと、後藤氏が「繋がる」という言葉に拘っているということを少し前にインタビューにて発言していたことを思い出した。フェスティバルという空間で、ステージに立つバンドとオーディエンスという関係における距離をいかにして越えて行くか。演奏する立場とそれを聴く立場という、その間に存在する距離感をどう越えて行こうかということについて、全身でぶつかっていこうとするライブだった。僕の前では外国人のオーディエンスが彼らの音楽に笑顔になっていた。素晴らしいことだと思う。

 オーディエンスと「繋がる」という意味で、ホワイト・ステージに移動してのマット&キムも素晴らしかった。ポップかつユーモラス。2人ともオーディエンスに常に笑いかけ、言葉をかける。応えるフロアも笑顔に溢れていた。その後はイェーセイヤーへ。サポートメンバーを加えた五人編成で、最新作の楽曲を中心に丁寧に、そして甘美に演奏する姿が印象的だった。

 その後、グリーン・ステージでのヴァンパイア・ウィークエンド。ぎっしりと埋まるフロアで、華麗にステップを踏みながらの演奏はまぶしさに溢れていた。強くはないながらも、フロアに差し込む日の光と踊るみんなの姿。酒が思わず進んでしまう。まったく、苗場の山に本当によく合う音楽だよね。

 途中で時計に目をやると、フォールズ(Foals)のステージが間もなく始まることに気づき、ホワイト・ステージへ移動する。さすがに通路も詰まっている。焦らずにホワイトへと急ぐ。彼らのステージは前々回のフジで観ている。その時はボーカルのヤニスはフロアまで降りてきて興奮を隠せない様子だったが、それは今回も同様だった。スピーカーに上ったり、とにかく動き回る。そしてそんなヤニスに応えるように、他のメンバーもどんどんアグレッシヴになっていく。美しく練り上げられたアンサンブルが苗場の山に響き渡っていた。

 終演後、LCDサウンドシステムの機材がセッティングされていくのを観ながら、苗場の空気を改めて吸う。そろそろ日が落ちて行く時間だ。最後のアルバムを出した彼らの(おそらく)最後のステージ。寂しさがどこからか現れてくる。

 個人的なことを言えば、僕の2000年代を振り返れば彼らがいた。彼らの存在と影響はとても大きく、彼らが僕にダンスミュージックを教えてくれた。そんな彼らのステージは、告白すれば、涙なしにはみることができなかった。「Us V Them」が始まった時から涙が溢れる。やっと彼らを観ることができる興奮と、涙、そして踊り、流れる汗。その全てがぐしゃぐしゃになって僕を包んでいた。おそらく、これが彼らを観ることのできる最後のチャンスなのだろう。何かが終わってしまうような、そんな気持ちを抱えながら、僕はひたすら踊り、手のひらを空に掲げていた。

 中盤、仲間が僕の肩を叩く。アトムス・フォー・ピースのステージの時間が迫っているのだ。おそらく移動のために通路は混雑する。グリーン・ステージには辿り着けないかもしれない...。仕方なく、移動を決心する。ホワイト・ステージからボードウォークへと移る時、背後から鳴り響いたのは「All My Friends」だった。涙と興奮のぐちゃぐちゃは再び、僕の前に現れた。

 グリーン・ステージのアトムス・フォー・ピース。トム・ヨークが苗場に現れるということで会場はこの3日間で最も大きいであろう、興奮に満ちていた。うむ、確かにすごいことだ。レッチリのフリーがベースを弾き、またナイジェル・ゴドリッチもメンバーとして参加しているのだから。僕自身もそれが現実に目の前に現れることの興奮を隠せない。待ち遠しく思う中、ステージが始まった。現実に、あの豪華なメンバーが勢揃いしているということは勿論だが、感動したのはトムのソロ作品の数々が、その雰囲気や美しさをしっかりと表現できていることだった。すべての音がその位置をわかっている。すべてが完璧だ、と口に漏らしてしまう程のものであった。また、ダブステップの影響を受けたアトムスとしての新曲が披露されていたが、「The Eraser」のリミキサー陣から多くを学んだのだろう、美しい曲だった。しかし、彼はこのバンドをどのように続けて行くのだろう。途中ではレディオヘッドの「Videotape」を演奏するなどされていたが...。まぁとにかくこれからも彼らには大きな期待をしていたい。そんな気持ちの中で、苗場の山を一瞬で自らの色に染め上げてしまった彼らのステージは幕を閉じた。あっと言う間だった。

 その後、軽くオアシスにて食事をとるも、すぐさまグリーン・ステージへと戻る。ホワイト・ステージでのベル・アンド・セバスチャンを泣く泣く諦めなければならないが、マッシヴ・アタックのステージが待っているからだ。雨が降り始める中、暗いステージに続々とメンバーが集まり、そして暗く、黒いジャケットを着た3Dが現れる。そして演奏が始められていく。

 初めて目にした彼らのステージは暗く、黒かった。しかし、そこには希望が赤く渦巻いていた。彼らの背後に設置された電工のモニターにはこの瞬間にどれほどの資源が世界で消費され、世界でどれだけの人びとが殺されているかなどの情報が流されていく。重く、ダビーな演奏の中でその全ての情報が胸に刺さる。雨はやまない。苗場が闇に包まれて行く。ダディGが現れる。演奏はさらに続けられていく。そして、次にさまざまな思想家、革命家の言葉が移される。ジョン・ロック。ローザ・ルクセンブルク。幾つの言葉が流れて行ったのだろう。その全てが日本語で書かれ、オーディエンスの目の前で次々と流れていく...。

 今回、マッシヴ・アタックというバンドを、改めてパンク・バンドだと認識した。反抗や反体制、そんな言葉では表すべきではない。ただ、自分たちが言いたいことをきちんと言うこと。これを彼らはこの20年以上、最前で言い続けてきたのだ。言いたいことを言う自由。そんな自由さえもが脅かされているという危機が存在していること。僕は何ができるだろう。周囲のオーディエンスはどのように感じているのだろう。彼らのステージの後には希望が残った。

 グリーン・ステージにはシザー・シスターズが残っている。しかし、ここでレッドに移ろう。ホット・チップのアレックス、そしてジェームズ・マーフィーのDJが控えているのだ。アレックスのDJの時点から、ホット・チップ、LCDのメンバーがステージの上に集合している。ははは、ここはNYかよ。アレックスが古いハウスを中心にスピンし、ジェームズに繋がっていく。両者とも徐々にフロアの温度を温めていく、素晴らしいDJプレイだ。ジェームズも変わらずフロアの心を掴んで離さない。レコードが次々に変えられて行く中で、僕はまだ想像の中にしか存在してしないNYに思いを馳せた。そして、終わりゆくフジを思った。

 最後のアクトは「まりん」こと、砂原良徳のライブだ。スクリーンにメッセージが映され、音が鳴り始める。音の細かな粒が体の隅々に行き渡る、繊細で丁寧な、そして力強さを確かに伝えてくれるライブだった。前作から長い間、彼の新しい音が届くのを待っていた。その待望の音が、フジの終わりに優しく鳴り響いていく。最高のフィナーレになった。思い残すことは何もない。ゲートを潜る頃、大きな疲れが身体を襲った...。

 フジロック・フェスティヴァルについて、さぁ書こうか...と思った瞬間に、オウガの出戸氏のMCでの一言、「ここは天国ですね」という言葉を思い出した。

 今回のフジロックの期間中、この空間は一体なんなのだろう、ということを考えることが多かった。一言でいえば、冒頭の出戸氏の発言のように「天国」だろう。自然の中でたくさんの音楽に囲まれ、それが昼から明け方まで続くのだ(狂っているとも言えるけど)。こんなことは苗場の山を下りた現世ではあり得ないことだし、文字通りの非日常的空間である。

 まったく自分でも笑ってしまうのは、夢を見ているのかなとも思う瞬間すらあることだ。苗場の山に三日間だけあらわれた夢の世界。夏の日差しの中でみんなが笑って、自然が与える苦労すら楽しんで過ごしている光景は本当に美しい。それは夢なんかじゃない。最高の現実である。多くの見知らぬ人と笑って、話して、遊ぶ。最高に自由な空間がそこに広がっている。

 フジロックが「大衆のガス抜きの場」として消費されてしまう可能性について触れられたレビューがあった。その部分を含む文章全体が何を言いたいのか、僕には難しくてその書き手の意図は完全には理解できなかった。しかし、なるほど、もしかしたら僕たちは何かに、誰かに踊らされているのかもしれない。楽しむという行為を、自由な空間というものを買って消費するだけの存在なのかもしれない。ただ、僕はあの場所にいた限りなく全ての人びとについて、このような存在だとは言い表したくない。あの場所ではすべての人びとが繋がっていた。そして苗場を降りたいま、あの天国で授かった何かがみんなの中で生きている。あの場で繋がるために、そしてあの場以外で僕らが繋がっていくこと。僕らが誰かに「繋げられる」のではなくて、繋がることの大切さを教えてくれる場所、それがフジロック・フェスティヴァルなのだと思う。また来年会いましょう。「All My Friends」。

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