OF MONTREAL『False Priest』(Polyvinyl / KSR)

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of_montreal.jpg ジョージア州アセンズのレーベル名(インディー・バンドの小さな音楽コミュニティ、と表現したほうがピンとくるかも)で90年代を代表するムーブメントの代名詞のひとつともなり、日本でも愛されたエレファント6を離れ、かつてのローファイ・ポップからエレクトロ・グラム・ファンクとでも形容すべき音楽性にモデル・チェンジを遂げ、広く世界に名を轟かす契機となった2007年の大傑作『Hissing Fauna, Are You the Destroyer?』以降、ケヴィン・バーンズは己の自我をどこまでも膨らませながら、ビートルズやキンクスの流れを汲んだキャッチーなソング・ライティングとトッド・ラングレン的なサウンド・コラージュを得意とした自身の先天的な資質を、ブラック・ミュージックへの憧憬という名の靴スミで黒く上塗りしているみたいな音楽を作りだしてきた。

 ファンク・ミュージック的なマナーに則ったドラム・マシーンがアルバム全編を支配し、不自然で強引な転調がめまぐるしく続き、曲間は塞がれ息をつぐ余裕さえ奪われた、大仰でパラノイアックなノンストップ・ロック・オペラとなった前作『Skeletal Lamping』はひとつの極北というか、ふだんは部屋のベッドにうずくまって返事もしない男の子が大風呂敷いっぱいに広げた妄想をトイレもない部屋で聞かされているような、どうにも胃のもたれる作りだった(そこが良かったのだが)。おまけにステージでは忍者や虎を従え本物の白馬を乗り回すなどド派手すぎるショウを展開し、破天荒すぎるその雄姿に共感しワクワクさせられつつ、さすがにこの路線もやり尽くしてそろそろ一区切りだろう...と思いきや、本作『False Priest』でも彼はその妄想と黒人音楽への愛を拡張させていく道を選んだようだ。作を重ねるごとに(ケヴィンの弟・デヴィッドが担当している狂ったアートワークとともに)過激に変貌していくオブ・モントリオール。だが、本作にはポップ・レコードとして素直に歓迎できる取っつきやすさが復活している。

 本作は『Hissing~』で生まれたケヴィン・バーンズのペルソナ、Georgie Fruit(デヴィッド・ボウイにおけるジギー・スターダストみたいなもの)を巡る物語の第三章である。「熱烈な恋→らぶらぶ→別れるぷんぷん→いじいじ→開き直る→私清くなんかないもん→強制終了」(的確でわかりやすすぎるので、Twitterでの@emoyamaさんのツイートをそのまま引用させてもらった)という実に現代的な恋愛ドラマのラインに沿いながら、歌詞におけるセクシャルな表現やタブーを恐れぬ居直りっぷりは変わらず。

 この作品が"開かれた"レコードとなっている最大の要因はジャネル・モネイ(Janelle Monae)及び、彼女の音楽仲間であるワンダランド・アート・ソサエティ(Wonderland Art Society、以下WAS)との出会いだ。2719年からやってきた(という設定の)彼女がフリッツ・ラングの『メトロポリス』を下敷きに創ったフューチャー・ソウル・アルバム『The ArchAndroid』は想像力と柔軟性に富んだ今年を代表する作品であるが、オブ・モントリオールもそのアルバムのなかで「Make The Bus」という曲を提供している。露骨にオブモン節溢れる楽曲はR&Bアルバムのなかではさすがにちょっと浮いていて初めて聞いたとき笑ったが、思えばリーゼント・スタイルのアンドロイドと白馬の王子様の邂逅はある意味で必然であり、妄想VS妄想の濃すぎる交友はケヴィンに多大なインスピレーションを与えたようだ(実際、あらゆるインタヴューで彼はモネイやWAS界隈について言及し、さらにツアーも一緒に周っている)。

 まさしくふたりの出会いを歌っているかのような、ボーイ・ミーツ・ガールのウキウキする悦びに満ちたこれぞオブモン! なファルセット・パラダイス「Our Riotous Defects」と、WASの面々に影響を受けて読んだというフィリップ・K・ディックらSF小説の匂いが色濃く反映された、インベーダーの襲来を喚起させるスリリングなシンセが美しいスペース・オペラ調の「Enemy Gene」の二曲でモネイとのセクシーな共演を披露している。また、モネイからの紹介で知り合ったという、ビヨンセの妹・ソランジュとも「Sex Karma」(スゲェ曲名...)で掛け合っている。素晴らしい歌唱力を誇る女性陣と、別にそうでもないというかむしろ音痴なケヴィンの危うい絡みは実にチャーミング。

 さらにアルバムを表情豊かにさせているのはジョン・ブライオン(最近はカニエ・ウエストなども手掛けたが、個人的には『マグノリア』などエイミー・マンの初期作での仕事が印象深い)のプロデュースだろう。バンド史上初の外部プロデューサーとなったブライオンはケヴィン制作のデモに手を加えまくり、前作にあった打ちこみの多用によるリズムのもたつき、ファンクなのに腰が振れないもどかしさを生ドラムや生楽器を前面に押し出し、ベース・ラインを今まで以上に太く強調することで解消させ、多彩なシンセ・ワークでアルバムに見事な音の凹凸をもたらした。これまでは上塗りでしかなかったブラック・ミュージックからの影響を、バンドの個性を殺すことなく完全に血肉化させることに成功している。イントロのサーフ・ロックを思わせるテケテケ・ギターからピート・タウンゼント風ギター・ストロークとヘヴィなリズムに雪崩れ込む、シングル曲「Coquet Coquette」(ぶっ飛んだジャケどおりの"ニワトリ戦争"を思わせる楽曲)も雷鳴のような鋭いシンセの音色で迫力を増しているし、歌のメロディだけ取り出せば1.5流のローファイ・ポップに落ち着きそうな「Godly Intersex」も執拗なまでにエコーやエフェクトをかけまくることで、終わりの見えないエロス地獄の粘り気と倦怠をうまく表現している。「Like A Tourist」の曲終盤で鳴るパイプオルガンみたいな響きは神々しい暴力性をもっているし、ケヴィンの一人多重コーラスもかつてないほど色気がある。

 アルバムはモータウン~マーヴィン・ゲイ調の「I Feel Ya Strutter」でミュージカルのオープニングのように華々しく幕を開け、前述の楽曲のほかにも、後半のうねるブリープ・シンセも気持ちいい洗練されまくったスムース・ソウル「Hydra Fancies」、カーズみたいなギター・ロックからいまやすっかりお手のものなエレクトロ・ファンクに急シフトする「Famine Affair」など、聴きどころは実に多い。終盤はやや曲調も重くなり、レディオヘッドの「Fitter,Happier」(『OK Computer』収録の)で朗読しているソフトにヴォコーダーを通させたような語り口で「兄弟姉妹より神が大事だなんて、君は間違っている~」とかブツブツ呟く≪強制終了≫の仕方(「You Do Mutilate?」)はセカイ系みたいで正直ちょっとイマイチだが、それも誠実さと受け止められるなら(もともとケヴィンの世界観って相当ウジウジしてるしね)本作が最高傑作だと言えなくもないほどの充実度である。

 最高傑作といっても、前作まで僅かながらあったエレファント6時代の残り火のようなものはいよいよ消え失せてしまった。人懐っこくビートリーなギター・ポップやぶっ飛んだ転調もここにはほとんどない。ひっくり返したおもちゃ箱はキレイさっぱり片付けられてしまったようだ。他のエレファント6界隈のバンドも、アップルズ・イン・ステレオはELOみたいになってアメリカを代表するポップ・バンドへと飛躍したり、逆にエルフ・パワーの新譜は炭酸が抜けたぬるいコーラというと表現は悪いが、相変わらずの捻りは見せるもののかつてあった煌めきは正直色あせていた。やめる人は消えていくし、残った人は次々変わっていく。

 そんななかでオブ・モントリオールが逞しいのは、これだけ音楽性が変わりバンドの人気やステージが巨大化しながらもDIYの精神を失わないところ。ツアーにおける多様なコスチュームのデザインもおカネの管理も移動の車もぜんぶ自前で、楽器スタッフもひとりしかおかず、コスト削減とチケット代の値下げに努めているそうだ。先日、彼らの地元アセンズで行われたライブのチケット代はなんと17ドル! この原稿を書いている時点で1,428円である。あんなマジカルなライブがそんな値段だなんて夢みたいな話だ。しかも、今行われているツアーではマイケル・ジャクソン・メドレーのオマケつき! CD不況と嘆かれるなか、前作の超変形ジャケットほどではないけどパッケージ・デザインは凝っていて厚みのあるブックレットもついてるし(「モノ」として欲しくなる)、バンドTシャツを買えばアルバム音源のmp3もついてくるし、一方でケヴィンはステージ上で脱ぎまぐるし、ヘンテコな踊りをかますし、どう考えても誰より信用できるじゃないか。やっぱり極端な人が好き! 一生ついていきたい。

(小熊俊哉)

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