DANGER MOUSE AND SPARKLEHORSE『Dark Night Of The Soul』(Capitol)

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dark_night_of_soul.jpg このアルバムの発売を一度は見送ろうとしたレコード会社の人たちは頭がおかしいのかも。素晴らしい作品をどんなことがあってもリリースすることがレコード会社の役割だとしたら、なおさらだ。そして今、ようやく僕たちの手にこのアルバムは届いたけれど、それまでに色々なことがありすぎた。失ったものが本当に大きすぎる。このアルバムのメイン・ソングライターであるスパークルホースのマーク・リンカス、そしてゲストとして参加しているシンガー・ソングライターのヴィック・チェスナットの2人は、リリースを見届けることなく自ら命を絶ってしまった。僕たちの心を揺さぶった2つの悲しい出来事が、このアルバムに暗い影を落とすのも事実。でも、それ以上にここで鳴り響く13曲は美しくて、皮肉にも生命力に満ちあふれている。

 ゴリラズのプラスティック・ビーチへの冒険のように音楽ファンをワクワクさせるアルバムとして、この豪華なコラボレーションはもっと注目されるべき。ただし、冒険の行き先は南の島ではなく、「魂の暗夜」だけれども。『Dark Night Of The Soul』は、ナールズ・バークレイやブロークン・ベルズでの活躍も素晴らしいデンジャー・マウスが、映画監督のデヴィッド・リンチとスパークルホースことマーク・リンカスとスタートさせたユニット。デヴィッド・リンチが視覚化するビジュアル・イメージ、スパークルホースが紡ぐ優しいメロディ、そしてデンジャー・マウスによる繊細なプロデュース・ワークが呼応し合って、美しくも深遠な世界を描き出している。耳を澄ませてみよう。

 フレーミング・リップスが元恋人への復讐を歌い、スーパー・ファーリー・アニマルズのグリフがそれに続く。ストロークスのジュリアンにはローファイなサーフ・ポップがぴったりだ。ピクシーズのブラック・フランシスはいつもよりキーが低い。イギー・ポップはファズで歪んだギターと共に舞台へ登場する。音楽を聴きながら、ジャケットやブックレットを眺めてみる。自分の気持ちのコンディションによって深みが違う闇と生々しい原色が混ざり合う。それはデヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」や「ブルー・ヴェルベット」そして「マルホランド・ドライブ」での時間軸の歪み、観念の揺らぎを思わせる。どの曲も残酷なほどメロディは優しく、ハーモニーは儚い。ヴィック・チェスナットの歌はホラー映画の1シーンのよう。元グランダディのジェイソン・ライトル、スザンヌ・ヴェガのアコースティック・バラードも素晴らしい。

 僕はこのアルバムをCDショップで手に入れてから家に帰り着くまで、iPodでオアシスを聞いていた。「Whatever」とか「Live Forever」とか。ずっと聞きたかったアルバムなのに、2人の大好きなミュージシャンの死が重すぎて、びびっていたのだ。オアシスというバカみたいなバンド名、ほとんどの曲から漲る生命力に心を預ける。ベタだけど、僕はそうした。数年前、僕が同じように大切な人を失った時もそうだった。フレーミング・リップスが「Do You Realize??」で歌っていたように、幸せな時に泣きたい。でも、「知っている人だって、いつかみんな死ぬ」ってことを、僕はまだ「Realize」できていないから。

 もう一度、再生ボタンを押して『Dark Night Of The Soul』を聞く。マーク・リンカスがカーディガンズのニーナとデュエットしている「Daddy's Gone」がいちばん好きだ。「目を閉じて。夢がやって来るまで」と歌われる父と子の歌。僕はこの歌を、このアルバムをずっと聞き続けるだろう。デヴィッド・リンチ、デンジャー・マウス、スパークルホースと彼らのもとに集まった仲間たちの想像力(=創造力)こそが生命力だ。僕はそこに助けられた気がした。ひとりでも多くの人に、この音楽が届きますように。

(犬飼一郎)

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