伊藤ゴロー『Cloud Happiness』(Commmons)

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goro_ito.jpg 自宅録音="宅録"の匂いを持つ作品がとても好きだ。例えばポール・マッカートニーの初ソロ作『マッカートニー』や、細野晴臣の初ソロ作『HOSONO HOUSE』、エミット・ローズによる同名のファースト・アルバムに、中村一義『金字塔』、それからトッド・ラングレンの『サムシング/エニシング?』やレニー・クラヴィッツ『レット・ラヴ・ルール』、ベニー・シングス『ベニー・アット・ホーム』に、R.スティーヴィー・ムーア『Phonography』等々、それこそ数え上げたらキリがない。いわゆるプロ・ユースの大きなスタジオを使わず、ベッドルームの傍らでカセットMTR(さすがに今はラップトップが主流だが)を駆使しながら、作詞・作曲はもちろん全ての楽器を自分で演奏しつつ、エンジニアリングやミキシングまで自前で行なった、そんなアルバムにたまらなく惹かれてしまう。もちろん、上記の作品の全てがそのような手法で完成されたというわけではないのだが、どのアルバムにも共通して流れているのは、まるでアーティスト本人から個人的な手紙をもらったような、親密でパーソナルな空気である。そして、伊藤ゴロー名義での初のソロ・アルバム(サウンド・トラックは除く)となる本作にもまた、そのような空気が濃密に流れているのだ。

 伊藤ゴローという名前に聞き覚えがなくても、ナオミ&ゴローの"ゴローさん"と言えばピンと来る人は多いかも知れない。そう、彼は「世界的に見ても、今、最もジョアン・ジルベルト直系のサウンド」と絶賛されるボサ・ノヴァ・デュオのギタリストであり、これまでにMoose Hill名義で2枚のアルバムをリリース、World Standardこと鈴木惣一朗やKAMA AINAこと青柳拓次、高田漣といった名うての音楽家から熱烈なラヴ・コールを受けて、様々なコラボレート・アルバムを作り上げてきた日本屈指のミュージシャン/コンポーザーである。またプロデューサーとしても、原田知世やtico moonのアルバムを手がけ、原田郁子への楽曲提供(「鳥の羽、鳥の影」)や映画『雪に願うこと』(根岸吉太郎・監督作品)の音楽担当など様々な分野で活躍しているので、彼の音楽を一度はどこかで耳にした人もきっと多いはずだ。筆者が彼の音楽に初めて触れたのは、2001年にリリースされたMoose Hill名義のファースト・アルバム『wolf songs』だったのだが、ほぼ全編アコギによるシンプルなインストゥルメンタル・アルバムでありながら、豊潤で濃厚な彼の音楽性にすっかり魅了されてしまい、以降の作品はことあるごとに追い掛けてきた。そんな熱心なファンにとって本作は、まさに「待ちに待ったアルバム」なのである。

 まず驚くのは、アルバム全編にわたって伊藤本人がヴォーカルを取っていること。それもナオミ&ゴローのときのように、ヴォーカリスト布施尚美の後ろでウィスパー・ヴォイスを聴かせているのとは訳が違う。まるで1つ1つの言葉を確かめるような誠実で繊細な歌い方は、例えばショーン・レノンやエリオット・スミス、ギルバート・オサリバンそして初期のハリー・ニルソン辺りを彷彿させる。また、転調を繰り返すヒネリの効いたコード進行や、ポップで洒脱なメロディ・ラインからは、レノン=マッカートニーへの強い憧憬が伺える(「ボサ・ノヴァのギタリスト」というイメージを強く持っている人は意外に思うかも知れないが、彼は熱心なビートルズ・ファンでもあるのだ)。中でも冒頭曲「Happiness」や「Down In The Valley」における、メジャー・コードとマイナー・コードを行ったり来たりしながらふわふわと彷徨うメロディ・ラインは絶品。シンプルで室内楽的なバンド・サウンドも、本作の色合いを決定付けている。

 日本とロンドンで録音が行なわれ、高橋幸宏やショーン・オヘイガン(ハイ・ラマズ)、ビョークのエンジニアとして知られるヴァルゲイル・シガードソンら多彩なゲストが参加した本作。しかし冒頭で述べたように、決してゴージャスなアルバムではなくて、"宅録的"とも言えるような親密でパーソナルな空気が流れている。例えば『Cloud Happiness』というタイトルからは、大きくて広い空を独りぼっちで漂い続ける雲を連想させる。満ち足りているが、同時に深い孤独を抱えているような。それは、このアルバムが持つハッピー・サッドな雰囲気や、開かれていながらも緻密で箱庭的な世界観を見事に象徴しているのだ。

(黒田隆憲)

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