ディアハンター『ハルシオン・ダイジェスト』(4AD / Hostess)

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deerhunter.jpg 80年代にR.E.M.(やラヴ・トラクターやガダルカナル・ダイアリー)を輩出したアメリカのジョージア州(州都はアトランタだが、学生都市アセンズも見逃せない)から、90年代には、オブ・モントリオール(やオリヴィア・トレマー・コントロールなど)が登場した。そして00年代以降は...ディアハンター(やデンジャー・マウスなど)だっ!

 ...なんて言ってもいいほどの存在感を、彼らは獲得している(ちなみに、デンジャー・マウスの件については、この8月におこなったブロークン・ベルズのインタヴューも参照してほしいのだけれど、まだテープ起こしも終わっていない...。うー、もうしばらくお待ちください。すみません...:汗)。

 彼らのニュー・アルバム『ハルシオン・ダイジェスト』は、まさにタイトルどおり夢の世界をさまようかのごとき甘美な感覚も、ポップ・ミュージックとしての強度も、見事に増している。

 ご存知のとおり、ハルシオンとは、医者に処方されればこの日本でも合法的に入手可能な(たしか、今もそうだよね? ちがったら、ごめんなさい...)睡眠導入剤。ちなみに、ぼくは数年前からマイスリーという薬を処方されているのだが、その際に医者と話したところ、ハルシオンは最近は(日本の医者が処方する薬としては)あまり流行りではないとのことだった。その理由は...まあ、あえてふせておくが、とりあえず、ハルシオンは決して「非合法ドラッグ」ではない(もしくは、なかった)ということを強調しておこう。それを薦めているわけではない。ハルシオンの大量摂取の習慣から、そっちのほうに入っていってしまい、結局亡くなってしまったという人も、かつての知り合いにいる。

 だから? いや、ドラッグ=クールなどという、わけのわからないイメージを持つ人には「だっせー」と言われてしまいそうなギリギリの位置にある、こういう薬の名前をアルバム・タイトルにもってくるのが、なんか彼ららしくてかっこいい...というか、素敵に今っぽいな、と。

 オルタナティヴ=アウトロウ(outlaw:法の外にあるもの)=クールといった、これまたくだらないイメージを持っている人が、この新作をどうとらえるかどうかはわからない。しかし基本的には「オルタナティヴ=常にそこにあるけれど見すごされがちなもの」と考えているぼくのような者にとって、この『ハルシオン・ダイジェスト』は明らかに彼らの最高傑作だ。

 ギター、ベース、ドラムスという伝統的な楽器をメインにしつつ、わざと焦点をぼかしたような(ときおり「本題にはなりえない」印象的サウンドが響くことも「焦点をぼかしている」ことにつながる)リヴァーブがかったサウンドと、あらゆる人の琴線にふれつつ心を浸食していくようなメロディーの融合は、(「瞬間のひらめき」を大切にするタイプの)職人芸的な輝きを、ますます増している。

 既にウィキペディアに掲載された記事(早っ!:笑)で、中心人物ブラッドフォード・J・コックスは、アルバム・タイトルについて、こんなふうに語っている。

「このアルバムのタイトルが示唆しているのは、ぼくらの大好きな思い出がここにたくさんつまっている、ってことかな。『ねつ造された記憶』も含めて。たとえば、ぼくとリッキー・ウィルソンが友だちだったときのこととか...。ヴィクトリアン・オートハープ工場だった場所の廃墟に住んでいたときのこととか...。そんなふうに、ぼくら人間が自分たちの記憶を書き換えたり、エディットして記憶のダイジェスト・ヴァージョンを作るのと同じように、このアルバムの曲を書いた。それで、ちょっと悲しい感じも漂っている」

 このリッキー・ウィルソンとは誰なのか? まあカイザー・チーフスのシンガーじゃないだろうし、もしかするとバスケットボールの選手? それとも...、いや、まさか...と思いつつ(実は上記の発言自体は、ほかのウェブサイトの記事で見つけた。オリジナルはどこなんだ? とググって、ウィキにも行きついた)、同じウィキのページに載ってる発言を見たところ、その「まさか」だった!

「70年代や80年代に、レコード屋さんが『アート・ロック』的なもので盛りあがっていたころのことには、いつもつい魅了されちゃうんだよね。アセンズのワックストリー(Wuxtry)とか。ぼくも子どものころに、よく行っていた。あと同じくアセンズのワックスンファクツ(Wax 'n' Facts:ちなみに、ワックスというのは、アナログ盤のこと。それをヴァイナルと呼ぶのと同じような感覚)とか。ルー・リードやXTCのポスターの隣に、もう完全に色あせた(おそらく70年代末とかの?)B-52'sのライヴのフライヤーがはってあったりしてさ...。壁一面が、もう『アート・パンク』のスクラップブックみたいだった。ぼくは『おい、このクソみたいな目玉の着ぐるみをかぶったレジデンツって、誰なんだ? あまりにアホらしくて最高じゃないか!』みたいな感じだったよ」

 リッキー・ウィルソンとは、R.E.M.と同じころアセンズの「アート・パンク」(アメリカにおいて「ポスト・パンク」という言葉を使わないのは当然正しい)界隈から登場して彼らより早く全米でブレイクを果たしたバンド、B-52'sの、ほかでもない1985年に亡くなったオリジナル・メンバーのことなのだろう。

 泣ける話ではないか...。

 そういえば、R.E.M.というバンド名の意味は「どのようにとらえてもいい」と当時から彼らは強調していたものの、「夢を見るときの眼球の動き」であるRapid Eye Movementを示している、という解釈もあったなんてことを思い出す。

 日本では、ディアハンターはシューゲイザーというカテゴリで語られることが少なくない。それを無視するのもなんなので、一応付加しておこう。ぼくとしては、そのカテゴリに入れられる90年代のバンドでは、やはりクリエイション・レコーズから出ていたものがとくに好きだ。そして初期クリエイション・レコーズの作品群は(主宰者アラン・マッギーのそれも含み)、80年代なかば当時、アメリカで「ペイズリー・アンダーグラウンド」と称されていたバンドたち...ドリーム・シンジケートやレイン・パレード、グリーン・オン・レッドやヴァイオレント・ファムズ、そして初期R.E.M.らの音楽に、かなり通じるものだった(アランは当時レイン・パレードをイギリスで出したがっていたという話も聞いた)。

 本作には、そういった80年代なかばのサイケデリックな音楽が、今まったく新しい意匠をまとって蘇ったようだと感じられる部分もある。

 シューゲイザーもポスト・パンクも、アート・ロックもアート・パンクも、レッテル系の「言葉」はすべて飛びこえて、このアルバムからは、こういった素晴らしい「音楽のつながり」さえぼんやりと見えてくる。

(伊藤英嗣)

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