ゴタン・プロジェクト『タンゴ3.0』(XL / Rambling)

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gotan_project.jpg「世界は人間なしに始まったからこそ、人間なしに終わるだろう」とは、レヴィ・ストロース「悲しき熱帯」でのフレーズだが、果たして初めから人間は在るべきなのか、「在る」からこそ、喪失の儀式付けを行なうべきなのか、と考えるときに、「ダンスと貧困と愛的な何かの連関的な切なさ」が演繹される。私的にスクワット・パーティー的な瀬戸際の場所でふとマッシュアップで流れたゴタン・プロジェクトの音の破片は何故か、とても優しく悲しく、冒頭のような言葉を想い出さざるを得なかった。

 タンゴとは、そもそも19世紀末頃に生まれた混血音楽で、港湾町の貧しい一角で、キューバのアバネラのリズムなどを援用しながら、ブエノスアイレスの娼家や酒場でのダンスの伴奏としての音楽だった。ブエノスアイレスという街は、南米でも大きい港で、貿易に使われるだけでなく、ヨーロッパからの移民が上陸する場所でもあった為に、兎に角、様々な人種が行き交った。しかし、当時、本当は「アルゼンチンの白人」と言えば、スペイン人を指した。勿論のこと、19世紀の移民にはイタリア人、ドイツ人、ユダヤ人も、そして黒人も多かった。また、港湾町にはよくあるヤクザや娼婦の溜まり場にもなっており、そこで粗雑に酒場で「踊るための、あくまで伴奏」としてタンゴという形式が形作られていった。なお、1910年代後半に初めてタンゴに「唄を持ち込んだ」のはカルロス・ガルデルというのは周知だろう。カルロス・ガルデルは所謂、「歌謡タンゴ」と言うような域を越えていないものの、民謡にもいかず西洋にも被れず、独自の歌唱でアンソロジーとして纏められるような始祖にもなった。

 タンゴというのは、ベースはフルート、ギター、ヴァイオリンを用いて、リズムはどちらかというと「前のめり」で、20世紀に入ってからドイツからアコーディオンの一種という「バンドネオン」が入ってきたのもあり、それこそピアソラのような巷間的に通じる「タンゴ」の形式の鋳型が取られることになる。そして、結果的にフルートはなくなり、ピアノが導入されるものの、基軸はバンドネオンが担う事となり、あの重厚で哀愁なリズム感が産まれることになる。それと呼応するように、ブエノスアイレスではその頃、ヨーロッパ諸国からの貧しい移民の流入が相俟って、移民の持つ「悲しみ」とタンゴの、バンドネオンの持つ「悲しみ」はシンクロした。

 そして、第一次世界大戦の影響でアルゼンチン自体が好況にもたらされる中、パリジャンがタンゴに興味を示し、西洋諸国でもタンゴが用いられるようになり、結果として、タンゴは1920年代から1930年の間で洗練化されることとなりながらも、よりヘビーになる。

 そんなタンゴの歴史を踏まえ、エレクトロニカ的要素を加え、クールに上品に折衷させたのがゴタン・プロジェクトだった。兎に角、センスの良さもあり、デビューしてから映画、CMまで世界中で引っ張りだこになったので存在は知っている人は多いだろう。前作の『Lunatico』に至っては世界で200万枚をもセルアウトした。今回、彼等の4年振りのサード・フルアルバム『TANGO 3.0』が届いたが、良くも悪くも相変わらずの流麗な内容に終始しており、抜本的な梃入れや冒険は為されていない。ファースト・アルバムの中の「Epoca」のような決定的な曲がない分、地味だとも言えるし、生粋のタンゴ・リスナーからは相変わらず拒否される表層性と、ダンス・リスナーからは無視されるファッショナブルさが仇にもなっている。挑発的なアルバム・タイトル含め、フェイクを意図したスノビッシュさに溢れている。例えば、「La Gloria」では一瞬、「スラム」のスタイルを思わせる部分があるし、ストリート・ミュージックへ目配せをしてみせた部分も間接的にあるのも確かだが、あくまで「借り物」を自覚したシックな諦めが初めから投企されている。

 今回のゴタン・プロジェクトの提示する音像はファッショナブルに消費されてゆくだろう。その消費される場所は、もはや以前のようにダンスフロアーでも、インテリア・ミュージックでも、BGMでもないかもしれない。つまり、この音楽は別に「客体を求めていない」からだ。個人的に聴いていて、これだけの空虚性を感じた音楽は久し振りとも言える、意味も残響も何もない「無ではない」音楽。以前にあった、狙い済ましたようなフェイクネスさえも自らの力で、メタ的にフェイクで捩じ伏せた「人間のいない音楽」として現代的なフォルムを描く。

(松浦達)

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