ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ

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BLACK REBEL MOTORCYCLE CLUB

音源を聴いて叩いてみてくれないかって言われた
そして今私の夢が叶ったってわけね


ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ。このバンドを最近知った人もいると思うのでまずは簡単に説明しておこう。元々一緒にバンドをやっていたピーターとロバートが当時一緒に脱退し新バンドを結成するためドラマーを探していた。そこへイギリス人のニックが加入。3人はデモ・テープを作り、サンフランシスコからロサンゼルスへと移り住む。L.A.で本格的にバンド活動を始め、EMI傘下ヴァージンと契約。2002年にセルフ・タイトルのデビュー・アルバムを本国でリリースし、翌年日本でも東芝EMIからデビューした。同年フジ・ロック・フェスティヴァルにて初来日を果たす。ところが4thアルバム『ベイビー81』をリリース後ニックが脱退。今回の5thアルバムでは新たなドラマーを迎えレコーディングされた。

ピーターとロバートは声や風貌が似ているが、それ以外の部分では対照的な存在である。違う意見を持ち、違う立場を持っている。ニック脱退において重要だったのは、彼のことを客観的に見られるロバートと主観的に見られるピーターの彼に対するケアにあると思う。それがどこかでニックを閉鎖的にし、完全にオープンになれないまま脱退するに至ったのではないかと筆者は推測する。ニックは常に孤独だった。前途のフジ・ロック・フェスティヴァルで全員にお会いしたときも単独ツアーで日本に来たときも常にニックだけが単独行動をとっていたり、バンドの練習やツアーでのショウに一人だけ来なかったときもある。何が彼をそこまで追いつめたのか、それは今や永遠の謎である。

ここでお届けするのは今バンドの中立地点にいると言える新ドラマーのリアのインタヴュー。中立だからこそ見えてくる、そして新加入だからこそ言える、レアな内容となっている。

BRMC_2010_A_1.jpg

日本に来るのは初めてですか?

リア・シャピーロ(以下L):いいえ。数年前にボーイフレンドと一緒に旅行に来たわ。

仕事で? それともプライヴェートですか?

L:DJを少しやったのよ。大きなツアーじゃなかったけど。

以前、別のバンドにいたんですよね。

L:そうよ。その頃様々な違った試みをやってみようとしてた。でも今、何がベストなのか気付いたところよ。

何故ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブ(以下BRMC)に正式に加入したんですか?

L:ロブ(ロバート・レヴォン・ビーン/B. & Vo.)が私に電話をくれたの。音源を聴いて叩いてみてくれないかって言われた。そして今私の夢が叶ったってわけね。バンドを変えるのもスタイルを変えるのもものすごく難しかった。ツアーはすぐだったし、準備をする時間が少なかったのよ。私は混乱したわ。でも毎日ゆっくり練習して全てを解決していったわ。

BRMCは以前から好きだったんですか?

L:大好きだったわ。私はニュー・ヨークでバンドをやってたんだけど、一緒にプレイする機会があったの(注:彼女はザ・レヴォネッツのツアー・ドラマーとして活躍していた。彼らはデンマーク出身だが、ニュー・ヨークをベースのひとつにしている可能性もあるため、これがザ・レヴォネッツのことを指すかどうかは不明)。ステージ横でBRMCを観て、すごくショックを受けたわ。パワフルで、それはこの時代において珍しいこと。すごく特別だと思ったわ。

ちなみに、ザ・ドラムスのメンバーはリアと友達だと言っていましたが...。

L:私もニュー・ヨークに住んでいたから、彼らのことは何年も前から知ってるの。音楽シーンの中で出会ったんだけど、ジョンのことをニュー・ヨークで初めて知ったわ。よく一緒に出かけたりしたのよ。彼らはサマーソニックで同じ日に同じステージでプレイして、私はL.A.に移り住んじゃったからすごく久しぶりに会ったの。だからサマーソニックでまた一緒に出かけたりしたいわ。

新曲を作るために、都会を離れて田舎の方へ行ったんですか?

L:ええ。ゆっくり作業が出来るように、リラックスする場所が欲しかったの。リーズナブルな所で、どんなときでも曲作りが出来るように一緒に住んで一緒に曲を作ったわ。曲を作ったりプレイするのに、スタジオみたいな時間制限がないの。そこには家族もいて、大きい家に地下があって、みんな優しかった。L.A.から45分ぐらいの所よ。

あなた自身、プレッシャーは感じましたか?

L:少し感じたわね。でも皆が感じていたかもしれないけど誰もそれについては話さなかった。ショウは既にやっていてグレイトだったしね。ライヴでの曲を構築するのは難しかったけど、順調にいってたわ。私は新メンバーだから未来のことはわからないけど、今はただ仕事をこなすだけ。他のメンバーはその心配を私に隠しているんじゃないかしら。

音楽が以前より良くなって、ショウがもっと強力になっていると思います。

L:私もすごく楽しかった!

『ビート・ザ・デヴィルズ・タトゥー』というアルバム・タイトルはどこから来たんですか?

L:ハイスクールのとき私が読んだエドガー・アラン・ポーの短編集があって、バンドがシカゴにいたとき本屋に行って買ったのよ。L.A.に行ってからはスタジオでミックスをしていて私とロブはアパートをシェアしていたの。それでロブがその本を読み始めて、"ビード・ザ・デヴィルズ・タトゥー"っていうタイトルを彼が気に入ったのよ。

今回は自分たちのレーベルからリリースしていますよね。

L:レーベルとは言えないわ。アブストラクト・ドラゴンは既にあったもので、いろんな小さなレーベルと連動してリリースされるものなの。でももっとコントロールできる、もっと支配できるものと言えるわね。

以前はもっとアコースティックになった時期もありましたが、今回はすごくロックですよね。それはあなたが新ドラマーになったからですか?

L:いいえ。ただそういうふうになっただけよ。計画じゃなかった。たぶん今度のレコードはまた違ったふうになるんじゃないかしら。音楽は自然と発展していくものだからね。

女性ドラマーと男性ドラマーの違いは何だと思いますか?

L:特にないと思うけど、女性ドラマーは少ないわ。でもグレイトな女性ドラマーもいる。L.A.のバンドにカーラっていう女性がいるけど、彼女はグレイトで、創造性があるの。彼女のドラミングを観るのはすごく好きよ。

あなたにとって一番大切なドラマーは誰ですか?

L:T.J.フォンタナ。彼はエルヴィス・プレスリーと一緒にプレイしている人で、信じられないぐらいかっこいいのよ。何度も聴いたわ。エネルギーとスタイルが最高で、大きな影響を受けたの。

何故レヴォネッツのツアー・ドラマーを辞めたんですか?

L:2週間のツアーが終わってからバンドはクレイジーになって、最後のショウのあとはもはやバンドはグダグダになってしまった。そして私は最後のショウのあとL.A.までの空港券を買ったの。もう彼らと一緒にバスに乗るのは嫌だった。だけど今は大丈夫よ。クールでいい友達だわ。

このあとは何をしますか?

L:今夜は東京でライヴして(注:インタヴューはリキッドルーム公演の直前に行われた)、1週間の休暇をとるわ。明日は京都へ行くの。そのあとロブと私はバイクを借りて富士山に行く予定よ。アメリカでは車は右で日本では左だから、ぶつからないか心配だわね。それからヨーロッパでフェスとライヴがあって、それからアメリカ・ツアーがあるの。それから更にショウをやるためにヨーロッパに戻って、それで今年の予定は全て終了よ。

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photo by Hagino Tiger

 サマーソニックでのショウは、SEにドアーズやウォーターズを使い、一気にBRMCモードへ。白黒のBRMCのロゴに、赤く点灯するライトがより一層の"危機感"を上げていた。出てくると1曲目に「ビート・ザ・デヴィルズ・タトゥー」をプレイ。場が一気に白熱する。その次にプレイしたのはなんと1stの1曲目「ラヴ・バーンズ」! これで盛り上がらないわけにはいかない。そのほか「ストップ」「スプレッド・ユア・ラヴ」「エイント・ノー・イージー・ウェイ」などなど、新譜の曲に過去のシングルを織り交ぜたフェスらしいヒット・パレードとなった。最後に新譜からの曲をかなりアレンジする形で轟音ノイズとともに終了。途中ではお馴染みの通称パンク・ソング、「ホワットエヴァー・ハプンド・トゥ・マイ・ロックンロール」でモッシュが更に過激する一面も。次に出演するヨンシー待ちの人たちさえも拳を振り上げる圧巻のステージであった。

 その翌日はインタヴューの日。リキッドルームでの単独公演は終演後ロブが物販セクションに上がってきて、ファンのすぐ近くでストーン・ローゼズの「アイ・アム・ザ・リザレクション」のカヴァーを含む数曲をアコースティックでプレイ! 彼らは1stアルバムのショウの頃、終演後にステージに出てきて皆にサインするのが定番だった。その頃を思い出す。彼らはいつまでもファンの近くにいるのだ。


2010年8月
翻訳、文/吉川裕里子
取材/中谷ななみ
翻訳/Simon Bartz

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