浅田有皆『ウッドストック』漫画(新潮社)

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 Zガンダム、マリオ。そして、今回は引用ではなく、ひとつの漫画について書くことにした。これで僕がどんな人間か、少し化けの皮が剥がれてきただろう。
 
 『ウッドストック』コミックバンチに連載されていた作品で(コミックバンチは、週刊から月刊となり、「@バンチ」という名で、2011年の1月21日に新創刊するそうで、『ウッドストック』もそこで連載が続くらしい)、浅田有皆という漫画家が書いているロック漫画だ。僕と『ウッドストック』の出会いは、とあるコンビニの漫画コーナーに置かれていたコミックバンチがキッカケだった。表紙に「新連載スタート!」というフレーズと共に、『ウッドストック』の名があった。まずは立ち読みで試しに読んでみた。すると、凄く強烈な熱が、僕を襲ってきた。なんていうか、熱気バサラの、「俺の歌を聞け!」という熱気に近い「俺の絵を見てくれ!」という感じ。立ち読みだけで済ませられず、オレンジジュースと一緒にレジに直行して買ってしまった。家に帰っても、何度も読み返してしまった。それ以来僕は、『ウッドストック』の虜になってしまった。
 
 僕は『BECK』が苦手だ。もちろん「ハロルド作石はロックを分かってない」とか言うつもりもないし、ハロルド作石は、ロックが好きだからこそ『BECK』という漫画を描いたのだろう。ただ、僕は、『BECK』で描かれているロック観が苦手だというだけの話。僕にとって、『BECK』というのは「波乱万丈の物語」だ。仲間が集まってバンドを結成して、夢に向かって突っ走るけど、挫折を味わったりして、それでも、力を合わせて困難を乗り越え、立ち上がり歩いてゆく。でも、現実ってそう都合良くできているわけでもなくて、一回の挫折で終わってしまうことが多いし、最初ギターを抱えて大きな音を鳴らすと、「俺もロックスターになれるんじゃないのか?」と思うけど、大概はすぐに、ハッピー・マンデーズが歌ったように「誰もが英雄になれるわけじゃない」と悟ってしまう。僕もギブソンのレスポールを抱えて歌ったり、ローランドのJUNO106とTB-303でダンス・ミュージックを作ったり、ジェフ・ミルズに憧れて、ターンテーブルを3台買って、「リトル・ウィザード」を名乗ったりしていたけど、その全てが趣味に終始している。僕がひねくれているだけかも知れないけど、僕には、『BECK』がどうしても綺麗事だらけに見えてしまって、読んでいて息苦しくなる。
 
 もちろん『ウッドストック』にも、挫折から立ち上がって困難を乗り越えるみたいな物語はあるんだけど、たまに「無」が訪れる。本当に退屈な、何も面白くはない場面が『ウッドストック』にはある。「それって漫画としてどうなの?」という声も聞こえてきそうだけど、僕はそこに「リアル」を感じる。ロックとは瞬間風速的に突然降って来るものなのだ。ジーザス・アンド・メリーチェインのリード兄弟は、5年間無職という何もしてないなか、美しいノイズを鳴らした。ロックとは、鳴らすものではない。ロックのほうから、「俺を鳴らせ」と囁いてくるのだ。だからこそ、僕にとってロックというのは、特別な存在なのだ。
 
 僕は、音楽について書いているとき(今回はロック漫画だけど)、劣等感に苛まされる。その劣等感は、「ライターは基本的に、音楽界においては負け犬」という僕自身の考えからきている。僕がこうして、音楽について書いているのは、「この音楽を聴いてほしい。もっとこのアーティストを知ってほしい」という思いがあるから。しかし同時に、音楽について書くということは、「自分の音楽観を、他人の作品を借りて主張すること」だと、僕は思っている。この行為は、僕にとってズルイことでしかない。謂わば、アーティストがゼロから作り上げたものを、後出しジャンケン的に好き勝手解釈するものだから。もし、「今の音楽界はクソだ。こんな音楽があれば、音楽界も良くなるのに」と思ったら、自分で曲を作り、詩を書いて歌う。しかし、僕は、何かを生み出す才能がない。だけど、それでもあきらめきれず、僕はこうして言葉を紡いでいる。劣等感に苛まされながらも、自分の音楽観を主張するために。だけど、「文字」という形で、どれだけ頑張っても、「音楽そのもの」には敵わない。何故なら、「音」という形あるものではないものを聴いて、自分の心に浮かぶ風景や匂い、それこそが、音の立派な主張であり告白だからだ。つまり、究極的に言って、音楽というのは「言葉」なのだ。嫌味なインテリ風の奴らは、「それは自己矛盾であり思考停止だ。何故書き続けるのですか?」と言うかも知れない。もしそう言われたら、僕は、「音楽が好きだから」としか言えない。未練タラタラなのである。しかし、その未練が、そんなに悪くないのだ。
 
『ウッドストック』は、僕の考えとシンクロするところがたくさんあって、感情移入してしまう。というか、僕みたいに、音楽に夢を見て、日々音楽について考えている人ならば、心の中にある純粋なものを掻き毟る何かが、『ウッドストック』にはある。浅田有皆自身は、劣等感から『ウッドストック』を描いているわけではないと思う。自身がリアルタイムで体験したと思われる、80・90年代の日本インディ・ロック・シーンを背景に、純粋に「こんなバンド居たらいいな」という思いで描いている。しかし、その「こんなバンド居たらいいな」という思いを、漫画という形で主張しているところに、僕は自分と同じ匂いを感じてしまう。
 
  「主人公の成瀬楽が作り上げたバンドである『チャーリー』は、マイスペ世代的な成り立ちをしていて、若者に受け入れられやすいだろう」「"4REAL"や"ロウパワー"など、ロック・ファンならニヤリとしてしまうバンドが登場する」とか、ウィキペディア的にレビューを書くことも出来たけど、『ウッドストック』には、そんな陳腐な説明を不要とする、感情に訴えかけてくる力がある。音楽に夢を見たものならば、一度は体験するであろう喜びや快楽、挫折や受け入れ難い現実。そして、希望なき退屈。その全てがある。ぜひ読んでみてほしい。読み終わった後、こう思えるはずだ。「音楽を信じてきてよかった」と。
 

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