伊藤英嗣の場合は...

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 よく誤解されるのだが、クッキーシーン編集人であるぼくは、愛知県に住んでいる。都内の大学に通っていた83~88年(5年かかった。でもあの学校は卒業しない人が多いから...:笑)を除いて、ずっと。97年にクッキーシーンをはじめて以来、東京にいる時間が一気にふえたとはいえ(通信環境が今ほど整っていない時代は、日本で音楽雑誌をやっている限り、必然的に「いなければならな」かった)、家庭の事情(単刀直入に言えば妻が地方公務員で、ぼくの収入が不安定かつ低い...)で生活のベースはあくまで愛知県西三河地方。

 だから苗場はかなり遠い。

 昨年までの10年以上、雑誌編集&運営で本当に忙殺されていたため、フジロックをゆっくり楽しむ余裕はなかった。基本的に「現地でしかインタヴューできないバンドが、そこに出る」ときしか行ってない。行っても取材で忙しくて、ゆっくりライヴを楽しんでる余裕もそれほどない、みたいな...。でも今年は、とりあえあずそこ(雑誌編集)からいったん解放され、(ぼくが自由に使える)お金はもう底をつきかけてるけど時間はある。ええい、行っちゃえ! というわけで、楽しんできました。

 初日は(過去と同じように)インタヴューばかりでほとんどライヴは見れなかった。2日めも午後イチくらいに「月曜夕方東京でインタヴューする」予定のバンドを(いっしょうけんめいメモとりつつ)見た。完全に「遊び」モードに突入したのは、2日目の夕方くらいから、でした。ヴァンパイア・ウィークエンドを「かわいーっ(はあと)」という感じで凝視しつつ(本当にかわいかった!)「ジジイ」たちの出番を待っていた。


ジョン・フォガティ~ロキシー・ミュージック

 クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)は多くの曲をそらで歌えるほど大好きだけど、ジョン・フォガティのソロは全然聴いてない(いわゆる「アーティストへの思い入れ」はない)し、ロキシーは高校生の頃『アヴァロン』直後のツアーも見てる(たしか再結成でも来日したよね? 見れなかったけど...)。だから「伝説の」と言われてもピンと来ない。むしろ、70年代の日本のロック状況が未だにインプリンティングされている身としては、「この組みあわせ、ファン層を考えたら、水と油じゃない?」などと気になってしまう。いや、いかん、今年は「楽しみに来た」んだ! と思い直しつつ、いい意味で「脳天気な(でもシリアスな精神を持っている)アメリカ人」そのものといったキャラのジョン・フォガティがステージに登場すると、もう一気に引き込まれてしまった。

 いや、彼の来ていたネル・シャツが!

 中学生のころ、ニール・ヤングのプロモーション・フィルム(当時はヴィデオじゃなかった)にしびれて、彼が着ていたそのパターンのヤツを、普段着としてはもちろん学生服の下にも着てたんだよな(笑)。グランジ全盛の頃にも、それが一瞬ファッショナブルなものになっていた。あれから10年以上。久々に見たよー(泣)。

 空模様が気になっていたから、「Who'll Stop The Rain(誰が雨を止められるのか?)」を早めにやってくれた段階で、もう一気にのめりこみ、そのあとはさんざん楽しめた。

 ちょっと前にいた、白人の集団(国籍はどこか、わからない)が、すっごく楽しそうに歌い踊ってた。ぼくもそれに負けじと暴れた。大学生の頃見た映画『トワイライト・ゾーン』で印象的に使われていた「Midningt Special」をやってくれたのも嬉しかったし、そのあと(やはり映画がらみである、ロイ・オービソンの曲)「Pretty Woman」をやったのも、それが彼のレパートリーになっているとは寡聞にして知らなかっただけに、盛りあがった。中年にさしかかっているであろう(でも、ぼくよりは若い?)先述の白人女性が「プリティ・ウーマン!? わたしのことよ!」とばかりに踊り狂ってのが、いい意味で笑えた。

 なんと1972年...CCR時代以来38年ぶりの来日ということも、ジョン・フォガティのMCで知った。

 なるほど、それなら「伝説」と言われても仕方ないのかな...。日本ではあまり見かけないタイプの、達人的アメリカン・ロック・エンターテインメント系ステージ・マナーも含めて、良かった。

 ただ、彼のセットが終わるころ、豪雨といえるほど本降りになってきて、一気に心配が増してきた。なぜなら、ロキシー・ミュージックは生涯で最も好きなバンドのひとつだから。できれば、少しでもいいコンディションでライヴをやってほしかった。もちろんMGMTも見たい。タイム・テーブル的には、ロキシーが終わってからでもギリギリ間に合う...と思っていたのだが、この時点で既に(MGMTがやる)ホワイト・ステージ入場規制の情報が...。ああ、どうせみんなロキシー・ミュージックとか興味ないんだな、俺もこれでMGMTは見れないのか...と悲しくなってきた。そのうえこの豪雨、たぶん帰ってしまう人も多いんだろう、人もどんどん少なくなっていく。

 彼ら、ロキシー・ミュージックの面々がステージに登場した頃には、正直かなり投げやりな気分になっていた。しかし、1曲目のイントロが流れたとたん、ぼくは我を忘れて駆けだしていた。一直線にモッシュ・ピットまで。だって、ファースト・アルバム1曲目「Re-make Re-model」だぜ!

"I tried but I could not find a way / Looking back all I did was look away / Next time is the best time we all know /But if there is no next time where to go?(やってみたけど方法はみつからなかった/くよくよしても無駄なこと/「次」が「最高」ってことは、みんなわかってる/だけど、その「次」がなかったとしたら、どこに行けばいい?)"

 こんな歌詞が、アホみたいな熱気(ヤケクソ的な楽しさ)をこめて歌われる。この曲を最初に聴いたときから、ぼくはずっとそう思って生きているし、なによりこのシチュエーションにぴったりじゃないか!

 モッシュ・ピットとはいっても人はまばら。暴れやすいのはいいんだけど、ちょっと踊るだけで泥だけになってしまう。大スクリーンの調子もおかしい(泣)。しかし、こんな寂しいシチュエーションに、ロキシーの音楽は最高にマッチしている。

 たとえば「A Song For Europe」。別れた恋人への嘆き節に仮託して(当時アメリカに比べて斜陽といわれていた)「ヨーロッパの没落」をクールに(しかし狂おしいほどの熱情を秘めて)歌った曲だ。表面的には演歌そのものだが、その裏には幾重にも織り込まれた複雑なメタファーが隠されている。ロキシー・ミュージック(やトーキング・ヘッズ)って、伝統的に『ロッキング・オン』ではあまり評価されていなかった記憶があるけれど、おそらく(当時の)彼らには、そういった複雑さが理解できなかったのか? それとも他の理由があるのだろうか?

"I remember / All those moments / Lost in wonder / That we'll never / Find again / There's no more time for us / Nothing is there / For us to share / But yesterdays(思い出す/あの日々を/霧散してしまった/そして二度と/戻ってこない/もう時間は残されていない/なにもない/ぼくらがわかちあえるのは/「昨日」だけ)"

 ブライアン・イーノが初期ロキシー・ミュージックのメンバーだったころ、その超ど派手なメイクや服装で「(男装ならぬ女装の)麗人」と呼ばれていた。「過去の再現という意味ではイーノの代わりにまったく遜色のない音を出していた」ゲスト・メンバーは、若い女性。身体をぴっちり覆った革のボディ・スーツ姿のルックスも含み、完全に(初期ロキシーにおける)イーノの現代風再現と言えた。彼女は、イーノと入れ替わりで加入したエディ・ジョブソンのヴァイオリン・パートも弾いていた。そして彼女と並んでステージに立っていた、若い男性ギタリストのキュートなルックスは、エディ・ジョブソンを思い出させるものだった。オールド・ファンとしては小躍りしたくなるほど嬉しい演出だったものの、それはあくまで過去...「昨日」あってのこと。

 バンドとファン、そのどちらにも向けられた自虐的メタファーのレイヤーが、「A Song For Europe」にまたひとつ加わった。

 そういった、新しい解釈という点で、もうひとつ。「In Every Dream Home A Heartache」を、ここで久々に聴いて、心底ぞっとするような感動を覚えた。

「どんな夢のような家にも、心の痛みはひそんでいる」。その曲名どおりの歌詞で幕を開けるこの曲の前半は、不気味な反復フレーズにのって、いくぶん病的な雰囲気のモノローグがつづく。その曲の主人公はプールつきの家に住み、金銭的にはなに不自由ない生活を送っている(と示唆されている)。しかし彼はメール・オーダー(通信販売)で買ったダッチワイフを心の支えにしている。あ、ダッチワイフってわかりますか? 南極探検隊が使っていた(と当時話題になっていた)等身大の男性性欲処理人形です。風船のようにふくらませて使う。この曲の主人公は、モノローグの最後で、"I blew up your body... / But you blew my mind(ぼくはきみの身体を膨らませる/そしてきみはぼくの心を吹き飛ばす...)"とつぶやき、あとはジェットマシーン(という70年代に流行ったサウンド・エフェクト)が激しく聴き手の心を吹き飛ばす「ノイズ」的なパートが延々とつづく。

 もともと大好きな曲なんだけど、この主人公が、平らな(ある意味、二次元状態?)のダッチワイフを膨らませている姿を想像していたら、今日の日本に存在している、ある情景が頭に浮かんでしまった。そう、萌えアニメのキャラの抱き枕、とか...。

 ぼくがそれを持っているかどうかは別として(一応「持ってない」と言っておきますが:笑)、激しい共感を覚えた。

 70年代のブライアン・フェリーが10年代の日本に蔓延している空気を予言していたとか、そんなくだらないことが言いたいわけではない。あの曲のメタファーに秘められた感覚は、今でも新しい解釈を許容し、充分リアルに響く。それが衝撃だった。

 だからこそ、フジから帰った直後、かつて子どもだったぼくに(雑誌の記事をとおして)ロキシー・ミュージック(やトーキング・ヘッズや、その他いろいろの素晴らしい音楽)を教えてくれた、今野雄二さんの訃報が信じられなかった。

 ぼくは子どものころから、音楽ライターとか編集者とか翻訳者に「なりたかった」わけじゃない。ただ音楽が好きだったし、大きくなって「音楽に関わること」ができたら嬉しいけど...とはぼんやり思っていた。今野雄二さんは、中村とうようさんや後藤美孝さん、中川五郎さんや小貫信昭さんと並んで「ああいう感じって、カッコいいよな」と子供心に感じたなかのひとりだった(どの雑誌を読んでいたか、年配の方にはバレバレですね。正直ぼくは70年代末~80年代初頭の『ニューミュージック/ミュージック・マガジン』が好きで、ときどき『音楽専科』、エアチェック情報のためFM雑誌のどれかを毎号購読、って感じだった)。

 そんなぼくが完全なZINE(自費出版簡易雑誌)として始めたクッキーシーンが10年以上も雑誌としてつづいたことは自分でも不思議だと思いつつ、とりあえず月刊最後の号を校了した昨年12月後半、なんとなく(当時の)編集部スタッフで『ミュージック・マガジン』の「音楽評論家/ライター、ミュージシャンが選ぶ2009年のベスト・アルバム」を閲覧してて、誰からともなく「今野雄二さん、最高!」という話になった。アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズ、アーケイド・ファイアー、デヴェンドラ・バンハート、ダーティ・プロジェクターズ、オヴ・モントリオール、ルーファス・ウェインライト、ヤーヤーヤーズなどがずらりと並ぶセレクションや、「グリズリー・ベアとアニマル・コレクティヴはまだ聞き込み不足、という状態だが...」なる素直/真摯な告白だけではない。輸入盤のスペシャル・パッケージが好きだから、日本盤が出ているものも(個人の推薦という意味で)輸入盤でたくさん挙げていた、という姿勢だけでもない。ぼくとしては、当時まだフル・アルバムの出ていなかったザ・ドラムスの「Summertime!」EPをわざわざ「10選」に入れたのみならず、「ザ・ドラムスが(この1年の)格好の締めくくりとなった」などとコメントしてしまうセンスに、心底参ってしまった。というか、驚いた。今野雄二さんって、今おいくつなんだっけ? ぼくって、自分が思ってる以上に今野雄二さんから影響を受けている(もしくは、それゆえかどうかわからないけど、趣味がとても近い)? クッキーシーンがこんな状態(「紙媒体」としては、とりあえずお休み)でなければ、とりあえず絶対会いに行きたい...。タイミング悪すぎ...。でも、ぼくはしつこいから、きっとまたクッキーシーンを「ご挨拶さしげても失礼じゃない状態」にできたら、そのときには本気で尊敬の気持ちを伝えつつ、とか思っていた。

 それなのに...。

 こちらの勝手な思い入れや(さらに勝手な)後悔、そしてぼく自身の20年後のこと...。いろんな感情がうずまいて、(もちろんフジでもやった)ロキシー・ミュージックによるジョン・レノンのカヴァー「ジェラス・ガイ」を深夜に聴いていたら、本当に涙や鼻水がたくさん出てきて困った(ぼくは基本的にドライな人間だと思うし、高校2年の時にジョンが亡くなったニュースを聞いたときも、なにより驚きが大きくて、泣くとかそういう感じじゃなかったのに...)。オリジナル・アルバム未収録のこの曲は、ジョンが殺された直後に出たトリビュート・シングル。たしか、ロキシー・ミュージックで唯一の全英ナンバー・ワン・シングルだったと思う(違ったら、ごめんなさい)。昔から本当に好きなヴァージョンだった。その割に、なぜこれほどいいのか? そして、なぜあそこまで大ヒットしたのか? 正直その理由はピンと来てなかった。だけど、もしかしてこのヴァージョンには、彼らのジョンに対する本当に真摯な「トリビュート」の気持ちが、ちょっとやばいくらい込められているからなのでは? と今さらながらに痛感した。

 たぶん、今年のフジロックを、ぼくは一生忘れないだろう。

 それよりなにより、今野雄二さんのことを。


アジアン・カンフー・ジェネレーション~LCDサウンドシステム~イアン・ブラウン~ベル・アンド・セバスチャン

 ああ、ここまでキーをたたきまくるのに精力を使い果たしてしまった...。もともと、フジロック3日目は(2日目午後以降以上に)「楽しむぞ!」って、感じだったし...。

 すみません、ここから一気に内容が軽くなります(いや、別にここまでも「重い」かどうかは、わかりませんけど...)。

 グリーン・ステージの場所確保もアジカンの開演に間にあって、この日のお昼前には昨夜の豪雨がうそのように晴れ上がっていた(♪山男よく聞けよ、娘さんにゃ惚れるなよー、娘心はよー、山の天気よー、とか子どものころに覚えた曲を思い出したり...)。真っ青な広い空が、驚くほど彼らによく似合っていた。申し分ないコンディションで、アジカンのライヴ、おおいに満喫できた。「今の彼ら」に合ったセットリストというか、「新世紀のラブソング」や「迷子犬と雨のビート」がものすごくジャストに響いて気持ちよかったのはもちろんのこと、ラストが「転がる岩、君に朝が降る」だった。これはマジで嬉しかったし、激しく感動した!

 そのあと本当はイェーセイヤーを見たかったんだけど(ファーストは、まあまあ好き、そしてセカンドは大好き!)、ジジイゆえの体力限界により断念、寝転がりながらオーシャン・カラー・シーンを見てたら(普段あまり日光にあたってないからか?)、まるで海に行ったように日焼けしてしまった...。

 それから(昔、モグワイ~グレアム・コクソン~ニュー・オーダーでそうしたように)LCDサウンドシステム~イアン・ブラウン~ベル・アンド・セバスチャンの流れはずっとホワイト・ステージに居すわると決めていた(すみません、やはり体力の問題と、トム・ヨークは個人的に全然興味がないので...)。LCD開演前にホワイトのコンソール・ピット横に陣取ってたら、隣に旧友、クルーエル瀧見憲司がいて超びっくり! いや、彼とLCDの組みあわせはわりと自然だけど、むしろ彼とフジロックの組みあわせが意外だった(笑)。そして内容、最高だった! もう踊りまくった。瀧見もちゃんと(笑)LCDのラストまでそこにいたようだ。汗だくになって、「いやー、よかったねー(笑)」と言ったら、にこにこしてうなずいてた。

 そしてイアン・ブラウン。実は彼のソロ、最初の数枚しかちゃんと聴いてなかった(モリッシーと同じパターンだな...。一応、仕事柄、反省...)。だけど初めて聴く曲もすごく良かった。ぼくは96年のレディングにおける「ストーン・ローゼズ最後のライヴ」を見ている。そのときは「ラテンやレゲエなどのリズムを導入したいのはわかるんだけど、これじゃダメじゃない?」って感じで、心底寒かった。しかし、あれから約15年たってソロになった今回は「それができてる!」。すごく説得力のあるパフォーマンスが好印象だった。でもって(1曲目が「I Wanna Be Adored」だったのには、あまり驚かなかったとはいえ)最後が「Fools Gold」だったのに感激! LCDのときのように、つい踊り狂ってしまった。というか、ほんの1時間前かなり久々に瀧見に偶然会ったことや、96年のレディングや、瀧見が90年代初頭にクラブで(たしか)この曲をかけていたことなどが走馬燈のように頭をよぎり、ちょっと船酔いみたいな感覚に陥った。

 もともと「体力的に負担にならないと思われる、最も『楽しめる』位置でベルセバを見る」(および、LCDで思いきり体力を使い果たしてもOKであるように)という目的で、ずっとホワイト・ステージにいたのだが、まだ20代の若い友達が偶然やって来て、「俺は前に行きますよ! とにかく前に!」と大騒ぎしはじめた(笑)。ぼくもいい気分になっていたから、ついいっしょに「ごめんなさいねー」とばかり人をかきわけ、ずんずん前に行ってしまった(ニュー・オーダーの年と同じだ。結局あのときも、最終的には激しく前に行ってしまったことを思い出す)。

 もうステージから5列目くらい(笑)。いやー、フェスで「好きなバンドを前で見る」ってのも楽しいですねー! スチュアートがスコットランドの旗を最初は高々と掲げたあと(わざとらしく「ふん、こんなもの」って様子で)落としたとき、(まるで近所のおばさんのごとく)「おおおーっ」って(「あなたは、なんてことを...」というニュアンスで)大声あげたら彼ら苦笑いっぽく反応してたし(スチュアートは、ちょっと「しまった」って顔してた? あんな声あげて反省...というか、これはぼくの妄想?:笑)、スティーヴィーがビートルズ「A Hard Day's Night」イントロの変な和音を弾いたあと、周囲の聴衆仲間(見ず知らずの人がほとんど)と、あくまで自然に「♪It's been a hard day's night!」とか歌ってた(がなってた)ら、彼らがニヤっと笑いつつ(同じくビートルズの)「Ticket To Ride」をやりはじめたときは(たとえ既定の流れだったとしても)なんか嬉しかった(笑)。

 新曲も聴けて嬉しかった。とか冷静っぽいことを言う以上に、本当に大好きな「Like Dylan In The Movies」をあの場で(一応、まわりの聴取仲間の邪魔にならないくらいの声量で)口ずさみながら見られたことがなにより楽しかった。

「ファン精神」丸出しのこと言ってますが、フジロックには、いい意味でそんなノリを鼓舞するような磁場がたしかにあるような気はする。

 ぼくは基本的に「ミュージシャンと聴衆」の相互作用も、ライヴの醍醐味のひとつだと思っている。それは、別にダイレクトなものではなく(つまり前で騒ぐ、とかだけではなく)後ろのほうも含めた聴衆全体の「雰囲気」とか、そういう点に関しても。だから「ファン精神」を(いい意味で)発揮することは悪くない。これで、いいのだ(←バカボンのパパの口調で)。

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