カエターノ・ヴェローソ論考

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caetano_veloso.jpg「僕の音楽は音楽が嫌いなジョアンという詩人の詩の音楽から来ている」(ポートレイト)

 アメリカ大陸の中で、ブラジルだけが何故、「8年も」遅れて発見されたのか、考える事がある。コロンブスでもカブラルの所作でもなく、偶さかポルトガルの漂着船に発見され、しかも当初はインドと間違われた、という歴史の認識はブラジル人のみならず、その音楽にも影響を与えてきたのはカエターノ・ヴェローゾの最初のソロ・アルバム『Alegria,Alegria』を聴けば明瞭に分かる。カブラルの船よりポルトガルの王様へ宛てた手紙のパロディー、シニシズムから、幾つもの暗喩的な暴力性と幾つものカット・アップ。

 今更、トロピカリズモというムーヴメントの説明は不要かもしれないが、60年代が終わろうとする頃、既に彼はジルベルト・ジルやガル・コスタなどと「ロック」はアメリカの帝国主義が不可避的に生み出した反体制的なムーヴメントという「ベタ」に認知していた。だからこそ、レフトフィールド≒ロックという狭い檻を破る為に、68年に彼は第三回国際歌謡フェスティバルで「E Proibido Proibir」を敢えて歌う。「禁じることを、禁じる」という歌。勿論、この歌は拒絶されることになるが、それは「禁じることに禁じられていた」些か無邪気な人たちには違和として響かなかった証左であり、それはグラムシ的に言う「有機的な知識人」が言葉を発した時に起こる影響の震度を明確にしていた。

 僕はいつも思うのだが、60年代のヌーヴェルヴァーグ、ファクトリー、などのマス・カルチャーとアンダーグラウンドな藝術と臨界点を解析して、ヴェルヴェッツやゴダールの「クールネス」を再評価していく波はいまだ尽きないのだが、本来、語り得るべきものはトロピカリズモだったのかもしれない、ということだ。カエターノは、公のバラエティ番組で"「バナナ」(ステレオタイプ的な熱帯)を持っていること"を歌うというオーバープロテストな行為を行なうが、これはオズワルド・ジ・アンドラージの捉えたブラジルを対象化する意味を含意した。"悲しき熱帯"で生まれ、ロックというモダンネスに魅かれたカエターノは案の定、非・モダンネスの反駁を受け、ロンドンへ亡命を余儀なくされる。

 71年の作品では、ポルトガル語を封じて、英語で内省的で悲哀に満ちた世界観をフォーキーなサウンドで提示する。ほぼ同時期のニック・ドレイクの『Bryter Later』との「共振」が今聴くと、感じられるのが興味深い。

 帰国してからの作品群の中で、やはり白眉なのは75年の『Joia』になるだろう。ビートルズの「Help」の弾き語りカバーを含めながら、混迷の時期を抜け、当時の妻であるデデーと息子のモレーノと映ったジャケット画も象徴するように、この時のカエターノはトロピカリズモで必然的に受けたスケアリーも過剰なまでの知的オブセッションも無くなっており、全体的に透き通った美しさが通底している。しかし、作品として評価していくならば、70年代~80年代の概ねの作品は実験精神が先立つというよりは彼の「日記」的な側面と不安定な音楽的な試みが同居した作品群が多いのは否めない。1985年の彼がNYでライヴを行なった際に知り合ったアート・リンゼイでの化学反応がとても良いものをもたらした。

 アート・リンゼイとは少し説明すると、1970年もほぼ終わるころ、ニューヨークのアート・シーンの中でハードコアバンドのDNAを請け負いつつ、ラウンジ・リザーズでのギタリストも受け持っていた「前衛の前衛」たるアーティストで、今でも坂本龍一との交流やソロ作品で見せる多角的な側面をして、マルチな才人だが、彼とカエターノが組んだ1989年の『Estrangeiro』は兎に角、素晴らしく、90年代以降のカエターノの躍進を「確約」させるに余りある内容だった。リズム・パターンの多様さ、「ネオ・トロピカリズモ」を表象した曲などこの先進性はベックなど90年代のオルタナティヴ・ミュージックの潮流を青田刈りしていたとも言え、更には指針にはなっていた。並列上に様々な音楽要素を並べ、位相を少しずつズラす「センス」の音楽。

 80年代以降のブラジル音楽の新進勢がもはやUSよりニューウェーヴ勢のキュアー、U2、ザ・スミスなどUKの音楽の影響を受けてきたものが多い中でのカウンターへのカウンター。そういう意味で言えば、カエターノという人は常に「カウンターへのカウンター」を意識している。ニルヴァーナ的なグランジへの解釈を00年代に確認してみたり、近年のライヴでは良い意味で「非・構成」的なものになっていたり、「出来あがったもの」には「出来あがってきてないもの」を、「出来あがってきていないもの」には「出来あがったもの」を配置する。オルタナティヴという音楽が『Odelay』によって、沸点を迎え、97年にレディオヘッドの『Ok Computer』で墓標を建てられようとした同時期の『Livro』という作品は、オルタナティヴの先を行くマルチ・カルチャリスティックでエクレクティックな内容であり、それは必然的に「代案は本案に回収される」というイロニーを脱構築する早さがありながらも、決してポストモダン的な小文字の音楽ではなかった。

 「退屈することにも退屈している」僕のような人間には、カエターノ・ヴェローゾという人の倦んだインテリジェンスはとても魅力的であり、今でも刺激的だ。05年の来日公演で観た彼はアンドロジナス的な風情を保ちながら、紡がれる音楽はとても蠱惑的で身震いするようなセクシーさがあった。それ以来、来日公演は残念ながらまだ叶っておらず、また、モレーノたちと組みだして、ラフなロックをやりだしてからの動きは僕は正直、乗り切れないところがあるのだが、今年、ボブ・ディランのライヴを観た時に、彼が今プリミティヴなロックへ戻った理由が分かった気もした。つまり、今彼はグローバリゼーション、帝国の時代において、総てが一瞬で皆と「共有」されてしまう磁場へ対抗する為、ライヴでこそ映える「一回性」のダイナミクスに賭けているのではないか、ということだ。事実、カエターノの最近のライヴ映像を画面越しに観ても、伝わるものは少なく、「現場」に居合わせることで漸く感じるパトスがあると思う。配信でイメージが大きくなっていくアーティストが多い中で、反・イメージの肉体性で挑む彼はまたしても、「カウンターのカウンター」に依拠する。自意識で凝り固まった音楽的なコロニアルを「内部」から拡張してくれるという意味で、ライヴという場の美しさを弁えているのは世界で今、有数のアーティストなのかもしれない。

 発見が「8年」遅れたからこそ、彼はその「8年」先を行く。この10年代に愈よ70歳を越えるにあたり、どのような在り方を示すのか、僕は常に追いかけていきたい。

(松浦達)

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