タイアード・ポニー

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TIRED PONY

確かに、オレゴン...ポートランドは
アルバムに大きな影響をあたえてくれた


かつてベル・アンド・セバスチャンと同じジープスターからレコードを発表していたグラスゴーのバンドということで、いまだに彼らの弟バンド的にとらえる向きもあるかもしれないが、スノウ・パトロールは今や英米ではビッグな存在となっている。とくにUKでの人気はすさまじく「00年代にUKのラジオで最もたくさんオン・エアされた曲」は、スノウ・パトロールの「Chasing Cars」(2006年のアルバム『Eyes Open』収録曲)なのだ。ジェームス・ブラントやテイク・ザット、シザー・シスターズやシュガーベイブスよりも上(ちなみに、トップ10にコールドプレイが入ってないのは、ちょっと意外。彼らの人気って、アメリカ・ベースなんですね...)。

そんなスノウ・パトロールの中心人物ギャリー・バックが、R.E.M.のピーター・バックらと組んだスペシャル・バンドが、タイアード・ポニーだ。ほかにも、ベル・アンド・セバスチャンのリチャード・コルバーン、M・ウォード、彼といっしょにシー&ヒムをやっているズーイー・デシャネル、エディターズのトム・スミス、そしてザ・ヤング・フレッシュ・フェロウズ/ザ・マイナス・ファイヴ(R.E.M.へのゲスト参加でもおなじみ)のスコット・マッコーイなど豪華な面子が参加したデビュー・アルバム『ザ・プレイス・ウィー・ラン・フロム』は、感情の流れがダイレクトに伝わってきて、心にしみる傑作だ。ギャリー・ライトボディに聞いた。

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あなたは以前、レインディア・セクションという、グラスゴーのいろんなミュージシャンを集めた「スーパー・グループ」をやっていましたよね。フェスティヴァル出演のため日本にきたとき、質問作成者は大阪でみなさんとともに取材させてもらったことを、よく憶えているそうです。

ギャリー・ライトボディ(以下G):ああ! もうずいぶん前になるね...。

2002年のことみたいですから...。そこでも、そして今回の「スーパー・グループ」タイアード・ポニーでもドラムを叩いているリチャード・コルバーンは、所属するバンド、ベル・アンド・セバスチャンの一員として先週末、日本のフジ・ロック・フェスティヴァルに出演していました(笑)。

G:そう。彼は世界一いい人だと思うよ(笑)。

あ、でもタイアード・ポニーの話をするのに、レインディア・セクションのことから始めるのは、ちょっと変ですかね? あなたにとって、両者の共通点、そして(もちろん、メンバーの違いといったことを除いた)相違点は?

G:違いっていう点でいったら、レインディア・セクションはひとつの楽器がひとつのパートとして、別々に全部レコーディングしていったものだけど、タイアード・ポニーはバンドとして、僕ら7人全員が一緒にプレイしてライヴでレコーディングしたってことが一番大きな違いになるかな。レインディア・セクションはもっと、どっちかっていうとプロジェクトって感じが強かったから。タイアード・ポニーはバンドなんだよ。

それじゃ、「あなたを中心とするユニット」、もしくは「あなたと、R.E.M.のピーター・バックのふたりを中心とするユニット」、というよりも、完全に「バンド」って意識なんですね?

G:うん、そうだね。バンド。曲を作っていく際にもどんなアプローチをしていったらいいか、相当初期の段階からみんなで意見を出し合いながら作ってきたし。僕が別にひとりで「ここはこう弾いて」って頼んだような曲はないし、それぞれのメンバーがそれぞれの意見でプレイしてるし。

民主主義的にみんなが平等に意見を出し合ってるような感じなんですね。

G:うん、まさに。

ところで、そのメンバーのひとり、ピーター・バックとは、スノウ・パトロールとR.E.M.、どちらのアルバムもプロデュースしたジャックナイフ・リーの紹介で知りあったんですよね? もともとR.E.M.自体、そして彼のギター(やマンドリン)・プレイを、どうとらえていましたか?

G:彼は僕のヒーロー。実際、僕だけじゃなくてたくさんの人たちのヒーローなんだ。僕が生まれて初めてライヴをやったのは16歳で、学校の音楽祭みたいなイヴェントだったけど、そこで弾いた曲って、『Automatic For The People』の「Find The River」だった。彼らの音楽は本当にずっと僕が聴き続けてきた音楽だったし、彼らと一緒にプレイしたり、ましてやバンドを一緒にできるようなことって、本当にすごいことだと思ったよ。彼も個人的にすごく興味を持って、楽しんでやってくれているし、ハッピーだよ。

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ギャリー・ライトボディとピーター・バック。それぞれ「自分ではないほうの」名前を書いたボードを持っている(笑)。


アルバム『The Place We Ran From』、ちょっと普通とは違う、独特の時間が流れているようで素晴らしいです。そんな感想について、どう思いますか?

G:そうだね...。確かにアルバムを聴いてる45分間、違う世界に飛んでいけるような感覚はあるかもしれないね。なんていうか、聴く人の電源をオフするような感覚(笑)。

1曲目の「Northwestern Skies」というタイトルからは、ピーター・バックが住んでいる(らしい)シアトルのあるワシントン州や、レコーディングがおこなわれたオレゴン州ポートランドの、大きな空を連想します。いかがでしょう?

G:確かに、オレゴン...ポートランドはアルバムに大きな影響をあたえてくれた。僕はポートランドに着くまで、全く歌詞は書いてなかった。曲は結構できてたんだけどね。だから、アメリカという国が歌詞に大きな影響をあたえている。オレゴンの大空とかね。実際は特に空についてのことだけ歌った曲ってことでもないんだけど、僕が住んでいるところとオレゴンって、全く違う環境だから、そういう部分は影響になったよ。

一方で「The Deepest Ocean There Is」という曲もありますが、この「The Deepest Ocean」とは、なんのメタファーと言えるでしょうか?

G:これは...プレッシャーに関する曲。それで海の底に自分の人生を探し求めていくような...。まぁ、イメージってことだけどね。

ポートランドという土地には、基本的にグラスゴーと同じような...もしくはちょっと違った、すごくいいミュージシャン・コミュニティがあるというイメージを持っています。あなたは、どう思いますか?

G:グラスゴーには20年ぐらい住んでて...元々そこ出身ってわけじゃないんだけど(注:彼は北アイルランドからスコットランドに移ってきた)、確かにポートランドとは共通点があるね。すごくいいミュージック・シーンがあるし、そういうシーンの中のカルチャーにも似た部分はある。だからツアーで周ってきたときも、すごくいい街だって思って気に入ったんだよ。あまり知らない街だって感覚がなくて、すぐにホームみたいな気持ちになれた。実際、何度もツアーでは来ていたしね。今ではもっと好きな街になったよ。

そもそも、録音地をそこに選んだ理由は?

G:それは、スコットやスチュワート、ピーターのガールフレンドなんかが、みんなポートランドに住んでたからさ。僕もアメリカで録りたいって思ってた部分があったから、すぐに場所は決定したんだ。みんなの知り合いも街にたくさんいたから、何か誰かに弾いてもらいたいって時は、すぐに誰かと連絡を取ってスタジオに来てもらったりもできたしね。そんな感じでいろんな人たちが楽器を弾きに、スタジオに遊びに来てくれたんだよ。すごく快適な環境と状態でレコーディングができたね。

最初、カントリー・アルバムになる、というようなあなたの発言があったと聞いているんですが、このアルバムには、カントリー・テイストがある、と言っていいと思いますか?

G:いや、全然。1年ぐらい前にインタビューを受けたときに、タイアード・ポニーの話が出て、「どんなサウンドなんですか?」って訊かれたんで、当時自分が気に入ってよく聴いていたのがカントリーだったから、「カントリーっぽくなるかな」って答えたんだよね。でもバンドとして作ったものは、カントリー・ミュージックじゃなかった。まぁ、わからないけどね。そのうち、本当にカントリー・アルバムを作ることもあるかもしれない(笑)。

タイアード・ポニーは、今やビッグな存在になってしまったスノウ・パトロールではできなくなってしまったことをやっている、と言っていいのでしょうか?

G:いや、ただ、楽しいと思ったことをやってるだけだよ。それに曲を書いていたとき、全然スノウ・パトロールらしい曲に聴こえなかったから、ってこと。それで違う人たちと、違う経験をしてみたくなったんだよ。自分が安全だと感じていられるところから踏み出していって。あまり結果がどうなるかって考えてやったことじゃなく、そういうプロセスを楽しむことを目指して始めたことなんだ。

「Get On The Road」「Dead American Writers」「The Good Book」といった曲名などからは、ビートニク的な印象も受けますが...。

G:そういうのは、僕が特に成長期になじみながら育ったカルチャーってわけじゃないけどね。ビート詩人やケルアックやブコウスキーみたいなのは、強い影響って呼べるほど身近にあったものではなかった。でも大人として、読んだことぐらいはあるけどね。アメリカ文学でも、もっと違う作家の方が、よく読んでいた。ビート文学じゃなくてね。でも、このアルバムに関していったら、ちょっとロード・ムーヴィーっぽい雰囲気があるから、そういうのがビート文学のイメージに繋がったのかもしれないね。

アルバムを1枚制作するごとに、アーティストも成長することがあると思うのですが、このアルバムを制作したことで、あなたにとっては何が一番成長した部分になったと思いますか?

G:アルバム制作をするごとに、スピードが速くなってるよ(笑)。前のスノウ・パトロールのアルバムはあまりに時間がかかった。もうあんなに長い時間、スタジオにいるのは嫌だよ(笑)。タイアード・ポニーはどの曲も2回以上プレイすることなくレコーディングを終えた。ウィークエンドで出来上がるようなスピードで。別に次のスノウ・パトロールのアルバムが、同じような方法でレコーディングされるって言ってるわけでもないけど、前に比べたら多分、もっと早く出来上がるだろうなとは思ってるよ。もっと早く、もっと自然で、ゆるい音に仕上がるんじゃないかな。別にスノウ・パトロールが生っぽいロックバンドになるわけじゃないけど、僕はどこか生っぽい感覚が残るサウンドが好きなんだ。このアルバムはそういう意味で、将来に繋がるいいモデルになった気がする。

今日はありがとうございました。日本で近いうちにギグが見れることを期待しています!

G:うん、本当にできる限り早く、日本にギグをやりに行きたいね!


2010年8月
質問作成、文/伊藤英嗣
取材、翻訳/中谷ななみ

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