「踊る」は我々の中に存在する未来への道か?

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先日このコーナーの「Shall we talk more about "Radiohead Syndrome"?」トピックにも投稿してくださった近藤真弥さんから、さらに興味深いお便りが届きました。

ダンス・ミュージックとは、いったいなんなのか? それに対する答えは人それぞれだと思いますが、みなさんもそれを考えていただくきっかけとなれば幸いです。

ちょっと前から(4、5年前からって感じかな?)、おもしろいと思うミュージシャンにインタヴューすると「音楽にのめるこんだきっかけは、両親のレコード棚」といった応えが返ってきたりして、当年とって47歳のぼくにとってはけっこう面食らってしまうことがよくありました。最近はさすがに慣れましたが。

なにせぼくらくらいの世代にとっては、まだまだロック/ダンス・ミュージック/ポップ・ミュージックといったものが親(の世代)に対する反発と直接結びついたりしてたから(でも、まあぼくの場合、エキゾチックな50年代以前の音楽も好きなのは、そういうのをよく聴いてた両親の影響なのかも...と、あくまでおとなになってから気づいたり...)。

彼の文章からも、そんな新世代感覚がバリバリに伝わってきます(俺も歳をとったものだわい、という:笑)。

では、どうぞ!

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 最近クラブに行くと、僕のダンス・ミュージックに対する捉え方と違うダンス・ミュージックが多く鳴らされている。速いBPMのキックの4つ打ちに、ひたすらズカズカ行くような、前のめり気味な、グルーヴとはほぼ無縁な曲。こうした曲で踊っている客を見つめながら、僕はちょっとした疎外感を抱きつつも、「それじゃあスポーツセックスと変わらないじゃない。ダンス・ミュージックってのはもっとソウルで踊る、スピリチュアルなものじゃないのか?」と疑問を持っていたりする。

 僕の親父とお袋は、セカンド・サマー・オブ・ラブというムーヴメントに影響を受けた人達で、小さい頃から、様々なダンス・ミュージックのレコードを聴かせてくれた。幼稚園児のときには、808ステイト「Pacific」や、クリスタル・ウォーターズ「Gypsy Woman」を鼻歌で歌えたりもした。そして、成長するにつれて、自然と親父とお袋のレコード棚を漁るようになり、ジャンルを問わずに、様々な音楽を聴くようになった。Kanoなどのイタロ系クラシックに寄り道をしつつも、僕がもっとも興味を惹かれたのは、アンビエント・ハウスと呼ばれていたレコードの数々だ。ここにたどり着く前には、Hardfloorによってホワイトトラッシュされる前のシカゴ・ハウスやアシッド・ハウスを聴いていたから、僕の目は点になった。「なんだこれは! 全く踊れないじゃないか! こんなのがハウスなのか?」と、僕は親父とお袋に対して憤慨したのを今でも覚えている。確かそのとき僕は、中学に入学する直前の頃で、アンダーワールドやケミカル・ブラザーズが「デジタル・ロック」なる、今や死語の言葉と共に持て囃されていて、僕の耳も「ロック的なダンス・ミュージック」に、ある種偏見的な形で捕われていた。話を戻すと、憤慨した僕に対して、まずお袋が、黙ってDJセットを用意し始めた。次に親父が、レコード棚からレコードを幾つか取り出してきて、お袋が用意したDJセットでプレイを始めた。BPMは100の曲を基本としたそのプレイは、初めのうちは理解もできず、退屈しのぎのあくびを連発していたのだけど、デリック・メイ的な、テクノに少しのアフロ・テイストを加えた謎の曲を、親父がスピンした瞬間に、僕の中の何かが「パン! パン!」と、次々と弾けていって、ほぼ全てのことが理解できた(「ほぼ」としたのは、そこにアシッドがなかったから。まあ、後にこの「ほぼ」は、僕がイギリスに旅行へ行ったときに外れるのだけど、それはまた別の機会に)。

 黄色いリンゴ、緑の空、オレンジ色の水道水、天井を歩くまま、僕は宇宙にいた。そこはまるで、Zガンダムのコックピットみたいに、360度見渡せる場所。そこで僕は踊っていた。いや、正確には「揺れていた」かも知れない。

「どうだい、汗ひとつかかなかっただろ?」

 親父のこの問いかけで、僕は現実に戻ってきた。まるで、宇宙から帰還した宇宙飛行士みたいな気分だった。そして、僕の「踊る」の概念が更新されていた。僕にとってダンス・ミュージックは、宗教音楽のようなものだ。つまり、踊りというのは、祈りであり願いであり、未来を生きる上での希望である。まあ、この概念自体は、アフリカ文化に精通している人からすれば、当たり前かも知れない。サイモン・レイノルズによる名著『ポストパンク・ジェネレーション1978ー1984』によると、「当地の部族たちにとってはダンス音楽と宗教音楽の間に違いがない」だそうだから。あらためて親父のセットリストを思い返すと、ハウスやテクノよりも、ガムランやケチャなどの、民族音楽を多くスピンしていたように思う。親父も当地の部族の価値観に影響されていたのだろう。ブライアン・イーノやデヴィッド・バーンのように。クラブを、西洋文明が支配した世界以降における、儀式の場だと思う僕は間抜けだろうか? 確かに、この考えは極めて主観的な、自らの体験と経験がかなり入っている。だから、答えにはなりえない。しかし、疑問を呈することは許されるはずだ。僕は、現在のダンス・ミュージックの役割には、少しばかりの退屈さを覚えてしまう。それは、ロック・アゲインスト・レイシズムの音楽の利用手段に対して、幻滅をしたポストパンク・バンドの感覚と似ているかも知れない。「明日の現実を生きる為のストレス発散の道具」としてのダンス・ミュージック。そんなその場凌ぎ的なダンス・ミュージックはつまらない。踊ること自体が目的化したところで、そんなものはその場限りのものだし、先程も書いたように、ダンス・ミュージックは未来を生きる上での希望である。つまり、「踊る」というのは、未来へ行くための手段に過ぎず、ダンス・ミュージックとは、未来へ行くための魔法の音楽なのだ。もっと言うと、「踊る」というのは、激しく体を動かすことではない。「飛ぶ」「ハマる」など、人によってはもっとあるかも知れないけど、これらも僕にとっては、立派な「踊る」だ。ダンス・ミュージックとは、生物が心臓を手に入れて、鼓動というビートを獲得したときから存在する。ダンス・ミュージックとは、我々の外部に存在するものではなく、我々一人一人の中に存在する。そういう意味では、何一つ同じものがないのが、ダンス・ミュージックだ。だからこそ、画一的な、ただ皆と興奮を共有する為だけの手段としてのダンス・ミュージックに、僕はNOを突きつける。

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